後
先月、エリックとアランは日本支部に出張に向かった。攻撃力の高さを買われて鳴り物入りで出かけていったものだから、対象者の魂も肉体も取り逃がしたとあっては英国支部の名折れだった。だが報告書に『アンダーテイカー』の文字を見出した管理課のウィリアムは、二人を責めることをしなかった。
「そうですか……お疲れ様でした」
「あ、あのっ」
そのまま管理課に踵を返してしまいそうになるウィリアムを、アランが止める。エリックは、嫌な予感がした。つまり、『厄介』で『面倒臭い』仕事の予感。
「何ですか。アラン・ハンフリーズ」
「乗りかかった船です。それにアンダーテイカーは、豪華客船のときにも取り逃がしました。このケース、俺たちに任せて貰えませんか」
エリックはアランと並んでスラックスのポケットに手を突っ込んでいたが、思わず眼球だけで天を仰いだ。これ以上、『厄介』で『面倒臭い』仕事は考えられない! 歪んだ表情は、そう言いたげ――いや、そう叫んでいた。
「良いでしょう。……エリック・スリングビー、異論は?」
「ハァ……。ないです。ございません」
普段は人当たり良くあまり自分を主張しないアランだが、そんなアランがこうと決めてしまったら、絶対に引かないのは嫌と言うほど身に染みていた。ウィリアムは『調査中』の赤印が押された死亡予定者リストと、その後の報告書を一冊にまとめたファイルを、再びアランに手渡した。
「では、よろしくお願いします。今のところ死神的被害はありませんが、彼は実技・倫理評価共にAAAの死神です。……いえ、でした、と言うべきですね。貴方がたが強いのは知っていますが、相手は命を奪うことを何とも思っていませんので、くれぐれも油断しないように」
「はい、分かりました!」
ハキハキとアランが答える。ウィリアムは一歩距離を詰めて、うつむいているエリックの逞しい二の腕を二度、ポンポンと慰めてから管理課に戻っていった。
* * *
それから二人は、リュウ・ハナムラの魂の波動を求めて、各地のイレギュラー情報をしらみつぶしに当たっていた。人間の魂には、ひとりひとり全く違う波動がある。指紋や声紋と一緒だ。ごく僅かな時間だったが、二人はリュウの魂と対峙した。そのときに触れた感覚を道しるべに、世界中の情報に貼り付けられた波動の欠片と照らし合わせる。
これまでの調査で、ビザール・ドールを維持するには大量の血液が必要らしいと分かっていた。二人だけではなく、周囲を巻き込んだ異変がある筈だと、噂レベルまでさかのぼっての記録を調べる作業は、静かに二人を消耗させていった。
「……お」
作業を始めてから十時間後、定時をとうに過ぎて死神もまばらになった夜半に、エリックが不意に声を上げた。
「どうしたんだ? エリック」
「これ。読んでみろ」
英字新聞の見出しには、『現代の吸血鬼か? 赤十字センターの血液が、一夜にして五百リットル盗難される』とあった。記事を読むと、もちろん監視カメラがついていたが、何らかの力によって盗難のあった夜の映像は砂嵐となって乱れ、何も映っていなかったという。警察の科学捜査でも侵入者の痕跡は発見されず、記事は『年頃の娘が居る家庭は、ニンニクと十字架を用意した方が良いだろう』と、いささかオカルティックに結んでいた。
「これは……! もう、手段を選んでいる場合じゃなくなったって訳か」
「ああ。吸血鬼じゃなかったら、奴しか考えられねぇな」
「日付は。四日前だ」
「とどまっているとは考えにくい。だが、その赤十字センターに行けば、ひょっとしたら鼻を利かせられるかもしれねぇ」
「そうだな。行こう!」
勢いよく立ち上がったアランの勢いに押されながらも、エリックは慌てて手首を掴む。
「ま、待て。今からか?」
「うん!」
「待て待て待て、アラン。俺たちゃ悪魔と違って、睡眠が必要だ。忙しくなる前に、今日は鋭気を養った方が良い」
アランが、何だか複雑な角度に眉根を寄せた。こういうときのエリックは、本当にそう思っているのか、単に楽をしたいだけなのか、判別がしがたいからだ。
「ホントにそう思ってる?」
「もちろんだ」
「サボりたいんじゃなくて?」
「寝不足で、アンダーテイカーに敵うと思うのか?」
その真剣な黄緑の眼差しを見て、ようやくアランはエリックを信じる気になった。
「そうだな。君の言う通りだ。疑って悪かった。今夜は、慣れたベッドでよく眠ろう」
そうして二人は、アパートへの帰路に着くのだった。
「そうですか……お疲れ様でした」
「あ、あのっ」
そのまま管理課に踵を返してしまいそうになるウィリアムを、アランが止める。エリックは、嫌な予感がした。つまり、『厄介』で『面倒臭い』仕事の予感。
「何ですか。アラン・ハンフリーズ」
「乗りかかった船です。それにアンダーテイカーは、豪華客船のときにも取り逃がしました。このケース、俺たちに任せて貰えませんか」
エリックはアランと並んでスラックスのポケットに手を突っ込んでいたが、思わず眼球だけで天を仰いだ。これ以上、『厄介』で『面倒臭い』仕事は考えられない! 歪んだ表情は、そう言いたげ――いや、そう叫んでいた。
「良いでしょう。……エリック・スリングビー、異論は?」
「ハァ……。ないです。ございません」
普段は人当たり良くあまり自分を主張しないアランだが、そんなアランがこうと決めてしまったら、絶対に引かないのは嫌と言うほど身に染みていた。ウィリアムは『調査中』の赤印が押された死亡予定者リストと、その後の報告書を一冊にまとめたファイルを、再びアランに手渡した。
「では、よろしくお願いします。今のところ死神的被害はありませんが、彼は実技・倫理評価共にAAAの死神です。……いえ、でした、と言うべきですね。貴方がたが強いのは知っていますが、相手は命を奪うことを何とも思っていませんので、くれぐれも油断しないように」
「はい、分かりました!」
ハキハキとアランが答える。ウィリアムは一歩距離を詰めて、うつむいているエリックの逞しい二の腕を二度、ポンポンと慰めてから管理課に戻っていった。
* * *
それから二人は、リュウ・ハナムラの魂の波動を求めて、各地のイレギュラー情報をしらみつぶしに当たっていた。人間の魂には、ひとりひとり全く違う波動がある。指紋や声紋と一緒だ。ごく僅かな時間だったが、二人はリュウの魂と対峙した。そのときに触れた感覚を道しるべに、世界中の情報に貼り付けられた波動の欠片と照らし合わせる。
これまでの調査で、ビザール・ドールを維持するには大量の血液が必要らしいと分かっていた。二人だけではなく、周囲を巻き込んだ異変がある筈だと、噂レベルまでさかのぼっての記録を調べる作業は、静かに二人を消耗させていった。
「……お」
作業を始めてから十時間後、定時をとうに過ぎて死神もまばらになった夜半に、エリックが不意に声を上げた。
「どうしたんだ? エリック」
「これ。読んでみろ」
英字新聞の見出しには、『現代の吸血鬼か? 赤十字センターの血液が、一夜にして五百リットル盗難される』とあった。記事を読むと、もちろん監視カメラがついていたが、何らかの力によって盗難のあった夜の映像は砂嵐となって乱れ、何も映っていなかったという。警察の科学捜査でも侵入者の痕跡は発見されず、記事は『年頃の娘が居る家庭は、ニンニクと十字架を用意した方が良いだろう』と、いささかオカルティックに結んでいた。
「これは……! もう、手段を選んでいる場合じゃなくなったって訳か」
「ああ。吸血鬼じゃなかったら、奴しか考えられねぇな」
「日付は。四日前だ」
「とどまっているとは考えにくい。だが、その赤十字センターに行けば、ひょっとしたら鼻を利かせられるかもしれねぇ」
「そうだな。行こう!」
勢いよく立ち上がったアランの勢いに押されながらも、エリックは慌てて手首を掴む。
「ま、待て。今からか?」
「うん!」
「待て待て待て、アラン。俺たちゃ悪魔と違って、睡眠が必要だ。忙しくなる前に、今日は鋭気を養った方が良い」
アランが、何だか複雑な角度に眉根を寄せた。こういうときのエリックは、本当にそう思っているのか、単に楽をしたいだけなのか、判別がしがたいからだ。
「ホントにそう思ってる?」
「もちろんだ」
「サボりたいんじゃなくて?」
「寝不足で、アンダーテイカーに敵うと思うのか?」
その真剣な黄緑の眼差しを見て、ようやくアランはエリックを信じる気になった。
「そうだな。君の言う通りだ。疑って悪かった。今夜は、慣れたベッドでよく眠ろう」
そうして二人は、アパートへの帰路に着くのだった。