前
「待て!」
「今年は天気が良いから、雑草も多くて困るわいねえ!!」
アンダーテイカーを追いかけようとしたエリックに、齢九十は超えていると思われる年寄りが、丸ノコタイプの草刈り機の刃を振り下ろす。
「小包のお届けでーす!!」
アランには、重そうな段ボールが投げ付けられた。だが元より少数精鋭の死神派遣協会英国支部、その中でも抜きん出ているふたりには効かなかった。
『何でも斬れる』のが売りのデスサイズで、紙のように草刈り機と段ボールを切り裂く。あとはもう、滅茶苦茶だった。
アンダーテイカーという司令塔を失った彼らは、少しデスサイズで威嚇したり向きを変えてやることで、互いに攻撃し合い、勝手に自滅していった。
累々と屍が倒れる中で、エリックとアランはひとりひとり、魂が回収されていることを確認する。
「やっぱりみんな、きちんと魂が回収されてるよ」
「豪華客船で、死体に偽のシネマティックレコードをつなぎ合わせた……確か、肉人形(ビザール・ドール)って呼んでたな」
「うん。だから、あまり複雑なことは出来ないんだ。でも、リュウはまだ生きているみたいに自然だった」
「一度肉体が死んではいるが、正真正銘の魂が入っているから、自然なんだろうな」
ふたりは、これ以上ここに用がないことを確認し、溜め息をつく。
「まんまとアンダーテイカーにゃ逃げられたが、黒幕が奴だと目星がついた。それだけでも、俺たちが来た甲斐はあったと思わないとな」
「そうだな」
「そう思わなきゃ、やってられねぇな。アンダーテイカーの奴」
アランは、今日付けのファイルを開いて、『Completed』ではなく日本支部から預かってきた『調査中』の赤印を押す。
鳴り物入りで駆り出された出張だけに、帰ったら管理課のウィリアムから、チクリと嫌味のひとつでも言われそうだ。
「アンダーテイカー……彼は一体、何を考えているんだろうか?」
「奴にとっては、『面白れぇこと』なんだろうよ」
エリックが答える。だがそれは思わず漏れた心の声だったようで、アランはファイルと首っ引きだった。
何ごとも真面目に突き詰めるアランだが、ときにそれが悪い方に働くこともある。
エリックは顔を傾け、アランの形の良い耳をペロリと舐めた。
「ひゃっ!?」
そこが性感帯のアランは、跳び上がって耳を押さえる。その手からファイルが落ちた。
「い、いきなり何するんだよエリック!!」
真っ赤になっているアランをよそに、エリックはファイルを拾い上げ、それを次元の隙間にしまった。デスサイズなども、そうやってしまってあるのだ。
「何ごとも、ほどほどが良いんだぜ、アラン」
「君のは『ほどほど』じゃなくて『いい加減』!」
「そうそう、『よい加減』が一番」
「違ーう!」
甘く拳を振り上げるアランに恐れをなしたように、エリックは笑いながら早足で逃げる。その後ろをアランが追いかけるが、コンパスの長さが違うのでどうしても追いつけない。
真剣に走って追いかけようと気合いを入れた途端、振り返って抱き締められた。
「わっ」
「さ、帰ってスシ食おうぜ」
広い胸の中に抱き込まれ、やはり赤くなっていたアランだが、その内小さな声で呟いた。
「……回るおスシが良い。新幹線に乗って、注文が運ばれてくるとこ」
「了解!」
エリックはアランの前髪に軽く口付けて、身を離す。並んで歩く帰り道、アランが消え入りそうな声音で言った。
「……ありがと。エリック」
「おう」
こういうときのエリックは、返事はしていても、全く意に介していないことの方が多い。恩に着せようなどという考えが、一切ないのだ。
(いつもありがとう。エリック)
上機嫌に『スキヤキソング』を口笛で吹き出すのに、何て脳天気なんだろうと、茜色に燃え始めた夕焼け空にアランの笑い声が響いていった。
Continued...
「今年は天気が良いから、雑草も多くて困るわいねえ!!」
アンダーテイカーを追いかけようとしたエリックに、齢九十は超えていると思われる年寄りが、丸ノコタイプの草刈り機の刃を振り下ろす。
「小包のお届けでーす!!」
アランには、重そうな段ボールが投げ付けられた。だが元より少数精鋭の死神派遣協会英国支部、その中でも抜きん出ているふたりには効かなかった。
『何でも斬れる』のが売りのデスサイズで、紙のように草刈り機と段ボールを切り裂く。あとはもう、滅茶苦茶だった。
アンダーテイカーという司令塔を失った彼らは、少しデスサイズで威嚇したり向きを変えてやることで、互いに攻撃し合い、勝手に自滅していった。
累々と屍が倒れる中で、エリックとアランはひとりひとり、魂が回収されていることを確認する。
「やっぱりみんな、きちんと魂が回収されてるよ」
「豪華客船で、死体に偽のシネマティックレコードをつなぎ合わせた……確か、肉人形(ビザール・ドール)って呼んでたな」
「うん。だから、あまり複雑なことは出来ないんだ。でも、リュウはまだ生きているみたいに自然だった」
「一度肉体が死んではいるが、正真正銘の魂が入っているから、自然なんだろうな」
ふたりは、これ以上ここに用がないことを確認し、溜め息をつく。
「まんまとアンダーテイカーにゃ逃げられたが、黒幕が奴だと目星がついた。それだけでも、俺たちが来た甲斐はあったと思わないとな」
「そうだな」
「そう思わなきゃ、やってられねぇな。アンダーテイカーの奴」
アランは、今日付けのファイルを開いて、『Completed』ではなく日本支部から預かってきた『調査中』の赤印を押す。
鳴り物入りで駆り出された出張だけに、帰ったら管理課のウィリアムから、チクリと嫌味のひとつでも言われそうだ。
「アンダーテイカー……彼は一体、何を考えているんだろうか?」
「奴にとっては、『面白れぇこと』なんだろうよ」
エリックが答える。だがそれは思わず漏れた心の声だったようで、アランはファイルと首っ引きだった。
何ごとも真面目に突き詰めるアランだが、ときにそれが悪い方に働くこともある。
エリックは顔を傾け、アランの形の良い耳をペロリと舐めた。
「ひゃっ!?」
そこが性感帯のアランは、跳び上がって耳を押さえる。その手からファイルが落ちた。
「い、いきなり何するんだよエリック!!」
真っ赤になっているアランをよそに、エリックはファイルを拾い上げ、それを次元の隙間にしまった。デスサイズなども、そうやってしまってあるのだ。
「何ごとも、ほどほどが良いんだぜ、アラン」
「君のは『ほどほど』じゃなくて『いい加減』!」
「そうそう、『よい加減』が一番」
「違ーう!」
甘く拳を振り上げるアランに恐れをなしたように、エリックは笑いながら早足で逃げる。その後ろをアランが追いかけるが、コンパスの長さが違うのでどうしても追いつけない。
真剣に走って追いかけようと気合いを入れた途端、振り返って抱き締められた。
「わっ」
「さ、帰ってスシ食おうぜ」
広い胸の中に抱き込まれ、やはり赤くなっていたアランだが、その内小さな声で呟いた。
「……回るおスシが良い。新幹線に乗って、注文が運ばれてくるとこ」
「了解!」
エリックはアランの前髪に軽く口付けて、身を離す。並んで歩く帰り道、アランが消え入りそうな声音で言った。
「……ありがと。エリック」
「おう」
こういうときのエリックは、返事はしていても、全く意に介していないことの方が多い。恩に着せようなどという考えが、一切ないのだ。
(いつもありがとう。エリック)
上機嫌に『スキヤキソング』を口笛で吹き出すのに、何て脳天気なんだろうと、茜色に燃え始めた夕焼け空にアランの笑い声が響いていった。
Continued...