前
* * *
そうしてエリックとアランは、山あいの集落に来ていた。僅かな平地に五~六軒の古民家が点在し、家よりも田畑やビニールハウスの方が確実に広かった。
間を縫うようにして砂利道が続くが、ひとっこひとり見えない。だが、何処か遠くで草刈り機の稼働音がするので、かろうじて無人ではないのだなと分かった。
何故だろう。何だか、嫌な感じがする。そう思って口を開こうとしたら、エリックが先んじた。
「何か、空気が悪りぃな。こんなに山の中なのに」
「俺もそう思う。瘴気みたいなものが、漂っている気がする」
「どうする? 聞き込みしてみるか? それとも俺たちだけで何とかするか?」
そのとき、犬の吠える声がした。ふたりが振り返ると、砂利道を、犬を連れた老婆がほっくりほっくり歩いてくるのが見えた。
「あのひとに聞いてみよう」
老婆の歩みはひどく遅いので、ふたりは足早に歩み寄った。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。見ない顔だねえ。何の用だい?」
「実は、先日亡くなった、ハナムラ・リュウさんのことをお訊きしたくて。彼はどんな方でした?」
アランは声をやや高くした。警戒心の強い日本犬が、烈火のごとくふたりに吠えているからだ。
「これ、ペスや。黙らんか」
老婆が叱ると、違和感を感じるほどピタリと、犬は鳴きやんだ。やはりふたりは、嫌な感じがすると、改めて強く思うのだった。
「花村さんとこのお孫さんかい。長くわずらっとってねえ。挨拶代わりに「早くお迎えが来て欲しい」なんて言っとったから、今頃安心しとるんでないかい」
「おひとり暮らしでした?」
「いんや。親御さん夫婦はふもとの町へ引っ越しとるけど、爺さん婆さんと、確かひい婆さんも住んどるよ」
「ハナムラさんの家に、行ってみたいのですが」
するとそれまで和やかだった老婆が、スイッチでも切り替わったように、急にまなじりをつり上げた。
「それはいかん! 見ない顔だねえ。何の用だい!? よそ者はお断りだよ! 出ていきな!」
火がついたように、再び犬も吠え出した。
「ハルヱさん。どうしたい?」
近くのビニールハウスから、大きな鎌を持った年寄りが出てくる。不穏な空気を感じ取り、エリックとアランは日本式に頭を下げた。
「ありがとうございました。では、失礼しますね」
そうしてエリックとアランは、山あいの集落に来ていた。僅かな平地に五~六軒の古民家が点在し、家よりも田畑やビニールハウスの方が確実に広かった。
間を縫うようにして砂利道が続くが、ひとっこひとり見えない。だが、何処か遠くで草刈り機の稼働音がするので、かろうじて無人ではないのだなと分かった。
何故だろう。何だか、嫌な感じがする。そう思って口を開こうとしたら、エリックが先んじた。
「何か、空気が悪りぃな。こんなに山の中なのに」
「俺もそう思う。瘴気みたいなものが、漂っている気がする」
「どうする? 聞き込みしてみるか? それとも俺たちだけで何とかするか?」
そのとき、犬の吠える声がした。ふたりが振り返ると、砂利道を、犬を連れた老婆がほっくりほっくり歩いてくるのが見えた。
「あのひとに聞いてみよう」
老婆の歩みはひどく遅いので、ふたりは足早に歩み寄った。
「こんにちは」
「はい、こんにちは。見ない顔だねえ。何の用だい?」
「実は、先日亡くなった、ハナムラ・リュウさんのことをお訊きしたくて。彼はどんな方でした?」
アランは声をやや高くした。警戒心の強い日本犬が、烈火のごとくふたりに吠えているからだ。
「これ、ペスや。黙らんか」
老婆が叱ると、違和感を感じるほどピタリと、犬は鳴きやんだ。やはりふたりは、嫌な感じがすると、改めて強く思うのだった。
「花村さんとこのお孫さんかい。長くわずらっとってねえ。挨拶代わりに「早くお迎えが来て欲しい」なんて言っとったから、今頃安心しとるんでないかい」
「おひとり暮らしでした?」
「いんや。親御さん夫婦はふもとの町へ引っ越しとるけど、爺さん婆さんと、確かひい婆さんも住んどるよ」
「ハナムラさんの家に、行ってみたいのですが」
するとそれまで和やかだった老婆が、スイッチでも切り替わったように、急にまなじりをつり上げた。
「それはいかん! 見ない顔だねえ。何の用だい!? よそ者はお断りだよ! 出ていきな!」
火がついたように、再び犬も吠え出した。
「ハルヱさん。どうしたい?」
近くのビニールハウスから、大きな鎌を持った年寄りが出てくる。不穏な空気を感じ取り、エリックとアランは日本式に頭を下げた。
「ありがとうございました。では、失礼しますね」