【彼のコイビト】
十四連勤の疲れがたまっている筈だが、エリックは何となく眠れずにベッドの上をゴロゴロと転がっていた。明日は休暇だ。
そして昼近くになって起き出し、メッセージをチェックして、彼は家を飛び出した。
電車で二駅のアランのアパートの前で、もう一度メッセージを確認する。
『エリックさん、聞いてください! ジャッキー、俺のこと覚えてました! 両想いだって分かったから、一緒に住むことにしたんです。一番にエリックさんに紹介したいから、よかったら暇なとき遊びに来てくださいね』
続けざまに、『幸せ』『嬉しい』といったスタンプが送られていた。
――アランの選んだ道なんだから、祝福してやらなきゃな。
エリックは一度深呼吸してから、チャイムを鳴らした。
『あ、エリックさん。いらっしゃい! 今開けますね』
思わず会う前にリサーチと、どんな靴を履く男だろうかと見回すが、几帳面なアランの玄関には、サンダルしか出ていない。では、香水は? 鼻をきかせるが、やはり綺麗好きのアランの部屋には、いつもの芳香剤の香りがほのかにただようだけだった。
「その……ジャッキーは?」
「今、おトイレです。座っててください。お茶いれます」
「お……おう」
ソファに腰を下ろし生返事をするが、ハッと気付く。
――アランが茶をいれている間にジャッキーがトイレから出てきたら、初対面でふたりきりになっちまう! それは避けたい!
「ま、待て! ここに居てくれ!!」
アランのサマーカーディガンのすそに、伸びるほどすがりついてしまい、彼は目を丸くする。
――ザッ、ザッ、ザッ……。
数瞬、目が合って間抜けに過ぎた空白に、ふたり以外の立てる音が混じった。
――ん? 何の音だ?
「ジャッキー、おトイレ出来たの~?」
「……へ?」
――にゃあん。
福々しい顔をしたグレイの毛並みのマンチカンが、リビングのすみに置かれた個室タイプの猫トイレから、出てくるのが見えた。後ろ足についた猫砂が気になるのか、ピピッと振って、気まぐれな猫にしては珍しく沢山『お喋り』するのが確かに『可愛い』
――にゃあうん。
「そうなの~。偉いでちゅね~」
アランは猫撫で声で応え、その短い前脚の付け根から抱き上げて、頬ずりをする。
「エリックさん、この子がジャッキーです!」
「おう……良かったな。両想いで……」
「そうなんです! 駅前で譲渡会をやってて、あんまり可愛かったから、一時間もお喋りしちゃいました」
「店っていうのは?」
「保護猫カフェの子なんです。お店の外で写真を見つけたときは、運命だと思いました」
語尾にハートマークを散らして、アランは語る。その間ずっと、ジャッキーはうにゃうにゃと喋り続け、アランは頬ずりをやめなかった。
「はは……は。なるほどな」
ひとの恋路にもの申すつもりはなかったが、可愛い後輩にいきなり同性の恋人が出来た戸惑いから解放されて、エリックはソファに深く沈む。
それとは別に、自分の中にすでにあった感情に、気付いてしまった。
「……アラン、コーヒーが飲みたい」
「え? だって、「ここに居てくれ」って……」
「何でもねぇ。緊張したら、喉が渇いちまった」
「変なエリックさん」
アランはクスリと笑って、キッチンでお茶の準備を始めた。彼が動く度に、ジャッキーは片ときも離れずその足元にまといつく。
今までふたりきりだったお茶の時間にプラス一匹ジャッキーが加わって、会話の隙間を埋めるように、にゃあにゃあと賑やかに飾り立てた。
ブラックコーヒーで目を覚まし、エリックは喉の調子を整える。
――何から話そうか。昨日眠れなかったこと? いや、新人研修で初めて出会ったときからにしようか。
長い長い昔語りの先に、ふたりの関係性が変わる告白が待っている。
End.
そして昼近くになって起き出し、メッセージをチェックして、彼は家を飛び出した。
電車で二駅のアランのアパートの前で、もう一度メッセージを確認する。
『エリックさん、聞いてください! ジャッキー、俺のこと覚えてました! 両想いだって分かったから、一緒に住むことにしたんです。一番にエリックさんに紹介したいから、よかったら暇なとき遊びに来てくださいね』
続けざまに、『幸せ』『嬉しい』といったスタンプが送られていた。
――アランの選んだ道なんだから、祝福してやらなきゃな。
エリックは一度深呼吸してから、チャイムを鳴らした。
『あ、エリックさん。いらっしゃい! 今開けますね』
思わず会う前にリサーチと、どんな靴を履く男だろうかと見回すが、几帳面なアランの玄関には、サンダルしか出ていない。では、香水は? 鼻をきかせるが、やはり綺麗好きのアランの部屋には、いつもの芳香剤の香りがほのかにただようだけだった。
「その……ジャッキーは?」
「今、おトイレです。座っててください。お茶いれます」
「お……おう」
ソファに腰を下ろし生返事をするが、ハッと気付く。
――アランが茶をいれている間にジャッキーがトイレから出てきたら、初対面でふたりきりになっちまう! それは避けたい!
「ま、待て! ここに居てくれ!!」
アランのサマーカーディガンのすそに、伸びるほどすがりついてしまい、彼は目を丸くする。
――ザッ、ザッ、ザッ……。
数瞬、目が合って間抜けに過ぎた空白に、ふたり以外の立てる音が混じった。
――ん? 何の音だ?
「ジャッキー、おトイレ出来たの~?」
「……へ?」
――にゃあん。
福々しい顔をしたグレイの毛並みのマンチカンが、リビングのすみに置かれた個室タイプの猫トイレから、出てくるのが見えた。後ろ足についた猫砂が気になるのか、ピピッと振って、気まぐれな猫にしては珍しく沢山『お喋り』するのが確かに『可愛い』
――にゃあうん。
「そうなの~。偉いでちゅね~」
アランは猫撫で声で応え、その短い前脚の付け根から抱き上げて、頬ずりをする。
「エリックさん、この子がジャッキーです!」
「おう……良かったな。両想いで……」
「そうなんです! 駅前で譲渡会をやってて、あんまり可愛かったから、一時間もお喋りしちゃいました」
「店っていうのは?」
「保護猫カフェの子なんです。お店の外で写真を見つけたときは、運命だと思いました」
語尾にハートマークを散らして、アランは語る。その間ずっと、ジャッキーはうにゃうにゃと喋り続け、アランは頬ずりをやめなかった。
「はは……は。なるほどな」
ひとの恋路にもの申すつもりはなかったが、可愛い後輩にいきなり同性の恋人が出来た戸惑いから解放されて、エリックはソファに深く沈む。
それとは別に、自分の中にすでにあった感情に、気付いてしまった。
「……アラン、コーヒーが飲みたい」
「え? だって、「ここに居てくれ」って……」
「何でもねぇ。緊張したら、喉が渇いちまった」
「変なエリックさん」
アランはクスリと笑って、キッチンでお茶の準備を始めた。彼が動く度に、ジャッキーは片ときも離れずその足元にまといつく。
今までふたりきりだったお茶の時間にプラス一匹ジャッキーが加わって、会話の隙間を埋めるように、にゃあにゃあと賑やかに飾り立てた。
ブラックコーヒーで目を覚まし、エリックは喉の調子を整える。
――何から話そうか。昨日眠れなかったこと? いや、新人研修で初めて出会ったときからにしようか。
長い長い昔語りの先に、ふたりの関係性が変わる告白が待っている。
End.
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