【彼のコイビト】

 そうしてその日の終業後、ふたりは柔らかい間接照明の室内で、テーブルを挟みひとりの女性と向き合っていた。そこは、優柔不断のアランが何かに迷う度に来る、タロット占いの店だった。

「ではアランさん、恋占いのお相手のお名前を教えてください」

「ジャッキーです」

 占い師は神妙な面持ちで、並べられたタロットカードを開いていく。

「すみません、プライベートなことをお尋ねしますが……おふたりは、お付き合いしていないんですよね」

「あ、はい。俺が一方的に好きで……」

「ジャッキーさんは、男性で間違いありませんか?」

「はい」

「えっ!?」

 思わずエリックが大声を上げ、アランにシーッと制される。LGBTの友人も居たから偏見はなかったが、エリックが新人研修を務めて以来、一度も同性に興味があるそぶりのなかったアランの発言に、肝をつぶす。

「二種類の恋人のカードが、逆位置で出ています。おっしゃった通り、アランさんの中に、ジャッキーさんに対しての強い気持ちが芽生えています」

「はい、忘れられません」

「お二人の恋愛はこの先あるのかどうか、ジャッキーさんの、アランさんに対する恋愛感情をみてみました」

 またカードを開いていく。

「ジャッキーさんの中でも、アランさんは大好きで特別なひとなんですけど、恋愛感情ではないんですよね。キーワードは、塔のカード。根本的なとか、破壊とか、そんな意味のカードです。つまり、ジャッキーさんが持つ固定概念を壊す。恋愛は異性、女性が恋愛対象という意識を根底からひっくり返し壊した時、幸せの岸辺に辿り着くのではないかと思います。恋愛運は、これから作り上げていくのだと思いますよ」

「そうですか……ありがとうございます。ジャッキーも大好きって思ってくれているのなら、俺、勇気を出してお店に行ってみます!」

「いつもありがとうございます。上手くいくと、いいですね」

 すでに常連のアランに、占い師はにこやかにエールを送った。

 その足でジャッキーに逢いに行くというアランを、エリックは心配で止めてしまう。

「ちょ、ちょっと待てアラン。よく考えたのか? 店って、男が行ってもいい店か?」

「安心してください、エリックさん! ジャッキーも、俺を想ってくれているんです! 恐いものなんかありません!」

 占いの結果が良いことが、アランの気を大きくしていた。すでに妄想の中では告白してオッケーを貰っているのか、小さくガッツポーズなどしている。

「じゃあ、俺も……」

「ダメです! エリックさんも絶対、ジャッキーを好きになると思うから! ひとりで行きます!」

「いや、俺は……」

「ダメ! 絶対にダメです!」

 普段あまり自己主張せずエリックに合わせるタイプのアランが、両腕で大きくバツの字を作って声を張り上げる。
 流石のエリックも迫力に負けて、その日は仕方なくアランと分かれた。
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