【彼のコイビト】

 アランは最近、どうにもぼうっとしがちだった。諸経費の精算の締め切りを間違える、大急ぎでまとめたその領収書をシュレッダーに通しかける、それをウィリアムに叱責されている最中にふらふらとデスクに戻ってしまう。
 回収課のみなが心配して、心療内科を勧めるほどだった。
 いつもランチを一緒に摂るエリックも、そのひとりだ。今日もアランは一見まともに見えて、アイスティーの氷をストローでつつくばかりでちっとも食べてはいないのだった。

「アラン。アラン!」

「えっ? すみませんエリックさん、聞いてませんでした」

「まだ何も言ってねぇよ」

 エリックはわざと、大仰に溜め息をついてみせる。

「本当に、どうしたんだ? まるで恋わずらいだろ」

 今度は、アランが溜め息をついた。細く長く。

「はい。そうかもしれません」

「えっ。 マジか? 派遣協会の連中か!?」

「いえ。駅前で、一時間くらいお話して」

「逆ナンか?」

「違います。俺が一方的に一目惚れして、声かけたんです。すっごく可愛いし、沢山お喋りしたし……でももう逢えないんだろうなって思ってたら、偶然お店の写真で見つけて」

「あ~……」

 みなまで聞かず、エリックは察して眉尻を下げる。
 アランとエリックは、共に三百歳オーバーだ。
 『年下』の『可愛い』『キャバ嬢』に引っかかってしまったんだろうなあと同情のまなざしを送る。
 キャバレークラブの外に貼り出してある写真を見比べて、誰を指名するかなんて値踏んだことはあったが、結局一度も入店はしたことがなかった。アランは金で愛が買えると思うほどポンドが余っていなく、エリックは合コン三昧で出会いに金を払おうとは毛頭思わないからだ。

「店には、入ったのか?」

「いいえ。入ったら、もう離れられないと思って、恐くて……入ってないです」

「じゃあ……行っとくか?」

 主語はなかったが、その問いかけにアランは顔を輝かせた。

「……はい!」
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