【六月の花嫁】

 身ごもったように急速に腹が膨れ上がり、ウェディングドレスを裂いて、数十本のシネマティックレコードが噴出した。回収されなかった魂は、時間をかけて少しずつ成長していく。『モンスター』へと。それが人間界に干渉して、ポルターガイストと呼ばれるのだ。エリックとアランは直ちにデスサイズを顕現させ、襲い来るそれを受けて立つ。

「アラン、援護を頼む!」

「はい、エリックさん!」

 正面からの攻撃を力任せにエリックが叩き切っていき、後ろに回った数本をアランがさばく。時間が経って『憎しみ』の塊になってしまったイレギュラーは手強かったが、まだ『悲しみ』の方が強い彼女の魂は、比較的簡単に御することが出来た。シネマティックレコードの『記憶』を強制的に奪われた魂は、断末魔の悲鳴を上げたあと、白く輝く小さな球形となって降りてくる。エリックは、それを握り取った。

「リューシー・ヤン。一九九七年五月二十二日生まれ。二○二一年六月一日、転落死。備考」

 特になし、と続くのが慣例だったが、エリックは敢えて付け加えた。

「パートナーによって突き落とされた、殺人」

 彼女が大人しくファイルに収まらなかった無念を、晴らすように。アランの開くファイルの紙面に、自動書記でエリックの言葉が焼き付いていった。『Completed』の赤印をアランが押して、今回の任務は果たされたことになる。だがエリックは手のひらに力を集め、鐘に向かって衝撃波を放った。ウェディングベルが、ゴゴ……ンと荘厳な音を立てて揺れる。まるで、リューシーへのはなむけだった。

「……エリックさん」

「ん?」

「優しいんですね」

「は? 俺のどこが?」

 エリックはノコギリ型のデスサイズを肩に担ぎ、片頬を上げて嘯いてみせる。でも、アランは知っていた。死神派遣協会でパワープレイの劣等生扱いされているこの男が、存外こまやかに、部下に気を配っていることを。

「俺……エリックさんとパートナーになれて、良かったです」

「何だよ、いきなり」

「君みたいな死神になるのが、夢なんです」

「何も出ねぇぞ」

 そう言いつつも、照れ隠しか、エリックはアランのブラウンの短髪をクシャクシャに乱す。

「や、ちょっ、やめてくださいよ!」

「好きだろ。頭撫でられるの」

「好きですけど……好きですけどーっ」

 ふたりは笑い合いながら、死神界への帰路に着く。誰ともなれ合おうとしないエリックには、人事課も手を焼いていた。最初はただ爛々と黄緑の瞳を昏く光らせて、ニコリともしなかったエリックが、日に日に暖かい感情を取り戻していくのが密かに嬉しいアランなのだった。
 ――恋は、まだ、芽吹いていない。

End.
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