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【六月の花嫁】

 六月の花嫁は、幸せになれるという。六月のはじめ、エリックとアランはまさに、ロンドン郊外の豪奢な教会の内に居た。ステンドグラスはとりどりの色彩で柔らかくふたりを照らし出し、開け放たれたヴァージンロードの先の扉からは初夏の爽やかな風が吹き抜ける。

 だがふたりは別に、結婚式を挙げに来た訳ではなかった。ファイリング漏れの魂がひとつ見つかり、戦闘能力の高いふたりにお鉢が回ってきたのだ。チェルシー地区は音楽アーティストに人気のある高級住宅街で、そこにある教会に相応しく、何処からか細く美しい賛美歌が聴こえていた。

 ――いや。死神の精度のいい耳は、その歌声がこの世のものでは無いと告げている。歌声は、吹き抜けの天井の方――ウェディングベルの辺りから聴こえていた。

「アラン」

「はい、エリックさん」

 ふたりは目を見交わして頷くと、ウェディングベルへと続く螺旋階段を登っていった。ひとが居なければ一足飛びにジャンプすることも可能だったが、観光客がチラホラ居た為、正規の手続きを踏んで狭い階段を上がる。頂上に着くと、果たしてそこには、マーメイドタイプのウェディングドレスに身を包んだ白い花嫁が、大きな鐘に片手を着いて立っていた。後ろ姿だ。繊細な刺繍入りのヴェールが、風を巻き込んで緩やかにたなびく。

「リューシーさん?」

 そうアランが声をかけると、ふと賛美歌が止んだ。ゆっくりと、ゆっくりと花嫁が振り向く。彼女は、声もなく泣いていた。リューシー・ヤンは、六月一日に結婚式を挙げ、幸せになるはずの花嫁だった。アーティストとしても大成功し、一般男性と入籍を済ませ、挙式の予定だった。

 だが、朗報は悲報に変わる。式の前にウェディングベルを見たいと言って、パートナーと共に階段を上がったリューシーが、転落死したのだ。白かったウェディングドレスは、真っ赤に染まっていたという。アランが、優しく囁く。シネマティックレコードが、暴走しないように。

「リューシーさん。貴方は、亡くなったんです。輪廻の輪に、戻らなくてはいけません」

「死んだ? ……違うわ」

 初めてリューシーが口を利いた。涙がひっきりなしに頬を伝い、だが何も残せぬ死者に相応しく、床に落ちるまでに空気中に儚く消える。アランは辛抱強く声をかけた。

「いいえ。信じたくないのは分かりますが、貴方は結婚式の日、ここから落ちて亡くなったんです」

「死んだんじゃないわ」

 ふいに、悲しみに暮れていたリューシーの眉がしらが、怒りの形相に寄せられた。柳眉が逆立ち、眉間に深いしわが刻まれる。

「殺されたのよ!」
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