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「なーるみさんッ」
秋の終わりが近付いたある日、凪は成実の元を訪れていた
「あーお前か。ていうかいい加減ソレ止めろ。なるみじゃなくて『しげざね』だってんだろうが」
「だって漢字がそう読めちゃうんですよ~。『しげざね』って読みにくいですし」
「さり気に人の名前否定してんじゃねぇよ」
成実は執務をこなして居たが、筆を置いて凪の方を向いた
着物を一人で着られる様になってからだいぶ経った
制服と呼ばれるものを凪から取り上げ着物に慣らさせ、むしろソレしか着ない様にさせた
色や柄にまだ抵抗をする時もあるが、俺たちが折角買った着物を無駄になんてさせない。
普段着として着るのなら木綿でいいです、と言うので木綿の着物をあの後また揃えたが。
「で?何?」
「えっと、用はないんですけど…暇だったんで成実さん何してるかなーって。ついでにお茶持ってきました!」
「何だそれ。まぁいいけど…」
着物事件以来以前より更に懐かれ、会わない日は殆ど無かった。最近は執務ばかりで戦がないからなのだが…
奥州は冬、雪に閉ざされる
真っ白な雪は、そろそろ降るだろう
冬に戦に出る事は滅多にない
故にこうして執務を冬は主として行う
急須に茶葉を入れ、慣れた手つきで凪は茶を湯のみに注ぐ
入れ終わると成実にそれを差し出した
「お。玉露か」
「そうです」
入れたてのお茶をズズッと飲む
「そういえば真田さん来ないですね~」
その話題に成実は、お茶を飲む動作を止めた
「それでも近々来るだろう。手合わせなんか外じゃ無くても道場でも可能だしな…」
コトン、と湯呑みを机に置いた
「でもお城にいるとつまらないですよ~息が詰まるって言うか。旅とかしたいです~」
「仕方ないでしょ、こればかりは。南への旅は今の情勢では危険だ。甲斐、越後なら安全かもしれないけど…北条、今川、織田が支配する国は何考えてるか分からないから危険だし近寄れないし…てゆうかお前金無いんだから旅はそもそも出来ないだろ」
凪がこちらの世界に来てからの各国の動きは静かな方だと言える
異国語を話す人物の噂はよほど脅威なのか(密偵からの話しだと、異国の戦術や言葉を伊達にもたらして居るのではと流れて居るらしい。)伊達を狙う国は今のところ無い
「異国語を話す人物が異世界の人でこんな奴だって知ったら各国驚くだろうなぁ。異界から来たってのは特に」
再び茶を飲もうと成実は湯呑みを持ち上げた
「あ」
凪が何かを思い出した様に言った
「あー…一つ、一つだけ私が異界から来たって知ってる国あります…てゆうかバラしました少し前に」
ゴトッ
「……………」
成実は持っていた湯呑みを床に落とした
中身の茶が畳に染み込んでいく
「なななな!何してんですか成実(なるみ)さんッ!!染み出来ちゃいますよ!!!!!」
「お前こそ何してんだ――――――――――!!何!!何処の国!!なんでバラしてんの!!何!!俺ら必死で秘密厳守してんのに何自分から《かみんぐあうと》しちゃってんだよ――!!水の泡!!俺らの苦労水の泡!!まじで何処の国にばらしちゃってんだよ!てゆうか、他国の使者とか会わせて無いよな!!??何で、何処でいつ!他国の人間に会っちゃった訳――――――――!!!!」
「お、落ち着いて下さい!成実《なるみ》さん!」
「だから《しげざね》だって!!じゃなくて!!何処の国にばれたの!?」
「国と言うか佐助さんにばらしちゃいました」
…佐助というのはもしかしなくても…
「夜になんか偵察っぽいのされてばらしちゃいました。佐助さんって真田さんの部下ですよね?だとすれば多分信玄公にもバレてる可能性が大きいです」
信玄公…つまりは甲斐の国
甲斐の国に凪の事はバレてると言う事か
「何でばらしたんだよ」
「偵察に来て手ぶらで帰すの可哀相だったんですもん。だから帰る間際に教えちゃいました。でも彼らなら私が異界から来たって事漏らさないだろうし、私を悪用するなんて事もないだろうって思うんです」
凪の読みはおおよそ正しい
いつ出会ったのかは知らないが、まだ他国にその情報が流れていない。それは武田が黙っているという事
「ばれたのが信玄公だけで良かったぜ…」
もし凪が異界から来たと知れ渡れば、
戦云々の前に凪を一目見ようと誰かしらが使者として送られて来るだろう
そして、最悪戦になる
否。使者を送って来る前に戦を仕掛けて来る国もあるだろう
織田
豊臣
この勢力なら使者云々の前に攻め入る位はするだろう
「おい」
「なんですか」
成実は先程迄の軽い雰囲気を消し、真剣な顔をした
「今後一切、異界から来たという事を俺らが居ない時、誰にも話すな」
え…
「命大事だろう?」
「意味が分からないんですが…」
「悪い。分からなかったならちゃんと説明する」
凪がこの世界に来てから、情勢は流れる様に動いていたらしい
大きな戦こそ無いものの、各地の戦力の情報等は密偵等から聞くことが出来る
そしてどの密偵に聞いても口を揃えていう
と
その勢力の事を頭に焼き付けて
成実は目を閉じながら、凪に言った
「自分の命が、体が惜しければこれ以上自分の事に関して喋るなという事だ」
「じ、自分の体?」
成実は体を凪に近付けて、凪の右側に手を置いて、耳に息を吹き掛ける
「ひゃ…!」
そして、いつもとは違う…低音の声で言った
「無理矢理、男に股を開かされて犯されたいのかって事」
ゾクッとした
成実はその言葉を吐いた後、ゆっくりと体を離した
その言葉は、酷く冷たくて怖くて
この間襲われそうになった時を思い出した
「…有り得ない話しじゃない…最悪の場合だが。犯されて、監禁、終いには孕まされるかもな」
凪に背を向けて成実は執務を再度始める
「…」
「…悪い。脅し過ぎたな」
「いいえ…。…あの…仕事頑張って下さい」
スーと襖の締まる音がしたのを聞いた
成実は、暫く筆を紙に走らせるとため息をつく
怖がらせた
まだあの恐怖を忘れた訳では無いだろう
そこに塩を塗りこんだようなものだ
一度焼き付いた記憶は消えにくい。それが嫌なものであればあるこそ…
(でも事実だ。その話し聞いて興味の沸かない野郎…武将はいないだろう…。ヤバい野郎に捕らえられた女がどういう道を辿るかなんて分かりきってる)
そうならない為にも警告をしなければならない
事前に防げるものは防がねばならない
「あ―!!もう!!」
あの傷付いたような、悲しんでいる様な、あの顔が焼き付いて離れない
筆を硯に置くと、成実は立ち上がって部屋を出た
■■■■■■
トボトボとおぼつかない足取りで自室に向かう凪
自分の事を軽く考えていた事について馬鹿だと、思った
成実が言った事は殆ど正しいだろう
自分の立場がどれほど危ないものなのか改めて自覚出来た。あの時だって自分の自覚の無さのせいで犯されかけた。
成実さんが、来なかったら
凪の初めては見知らぬ男に奪われていた
「私馬鹿だよ…本当」
昔から馬鹿だけど、今も馬鹿
そんな自分に笑えてしまう
そういえば、兄は幼い頃の私によく
『馬鹿だな』と笑いながら、困った様な顔をしながらそう言っていたっけ
「…」
違う世界に飛ばされていて
自分の馬鹿な振る舞いのせいで自分の身を危険に晒しそうになって
あと先考えないで、馬鹿だなぁ…
自分をそう責めていると
「お前は馬鹿じゃねぇだろ?」
と、後ろから声がした
この声は先程まで話していた人
まだ執務は終わって無い筈だ
成実は、困った様な顔をして頭を掻きながらゆっくり近付いた
ギッ…と廊下が音をたてる
「確かにどっか抜けてる所は有るけど、そう言うのは馬鹿とは言わねぇ。あー…‥怖がらせて悪かった。余計な考え始めさせちまったな」
「いいえ。成実さんが謝る事なんて無いです…。成実さんが言った事は本当なんだろうなって分かってますから」
「でも怖かっただろ?傷口に塩塗る様な真似して悪かった。お詫びに今度団子食いに行こうぜ」
成実なりの気遣いなのだろう
怖がらせた事についての
「それから」
成実は凪の肩に手を置いて
凪を見ると優しい笑みを見せた
「もし、敵がお前を奪おうと戦を仕掛けてもお前は守って、無事な場所迄逃がすから安心しろ」
だから最悪の事態なんて起こさせない
「奪われたら奪い還してやる。だからそんな顔止めてくれ」
肩からゆっくりと頬に手が上がる
そして頬に手を添えると、凪は目を閉じた
「成実《なるみ》さんって、優しいですね」
「優しい?違うね。俺は自分の思った事通りに生きてるだけ。お前の傷付いた顔みたら謝らなきゃって思ったから追いかけたの。それにそのせいで会う度に気まずいのって嫌じゃん?」
それでも
人の事をこんなに心配する人はそうはいない
「ううん…成実さんは優しいですよ…」
凪はギュッと成実の着物を掴んだ
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