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「おおじいちゃまー!」
暖かい日差し、気温もよく、縁側に腰をかけて夢の中へ漕ぎ出そうとしていた成実を呼び戻す幼い声が聞こえた
すっ、と目を開けると成実の曾孫の瑠璃丸が目の前にいた
「おお、瑠璃丸、どうした」
「おおじいちゃまにおよばれしたから、きたんだよー?」
あぁそうだったか、と成実は瑠璃丸を膝に乗せる
「あぁっ!瑠璃丸!走らないでと⋯ッ」
「おばばさまおそいんだもん」
庭の奥からやってきたのは年齢を重ね皺が増えた京だった
京が伊達の家臣に嫁いではや四十数年、嫁ぎ先では子ども、孫に恵まれ日々暮らしている
「お前も歳とったなぁ」
「と、父様にはいわれたくありません」
確かに、と成実は頷く
若い頃と違い落ちた筋肉、シワの増えた顔、白髪の多くなった髪は老いを感じる。けれど元々の顔立ちがいいうえ、全盛期ほどでは無いが鍛えている成実はそこまで老人という感じはない
「で?父様、どうしたんです、珍しく父様から呼び出しなんて」
成実は腰をあげ、二人に部屋へ上がるように言う
「そういえばこの間本邸に行きましたよ、成之(成実第二子)が一緒に暮らしてくれない⋯って嘆いてたけど」
「俺はこの家がいいんだ、隠居の身で本邸なんていたくないね」
「そんな事言って⋯いくら女中がいるとはいえ、父様は」
「ここは凪が最期まで暮らした家だ、離れるつもりは無い」
──────成実の正室、伊達凪は半年ほど前に病で逝去した。病死だった。
伊達成実、凪夫婦は生涯で七人の子どもと、12人の孫、5人の曾孫に恵まれた。子どもは誰一人夭折することなく、また孫、曾孫も健康そのものであったが故に、凪の病死は晴天の霹靂そのものであった
「またそんなこと言って⋯政宗様だって去年お亡くなりになっているし、何があるか分からないお歳なのですから成之と暮らすべきでは?」
「京、お前そういうところ匡二に本ッ当に似てきたな」
「師ですから」
「けっ」
───────凪が息を引き取った時、成実は涙が枯れ果てるまで泣いた。子ども達に見せたことがない姿だった
───────妻を心の底から愛していた事を知っている子ども達は、凪を喪った成実の気落ちっぷりがとても心配で、子ども達それぞれが成実に一緒に暮らそうと誘っている
───────けれど成実は首を縦に降らなかった。最初の頃は放っておけ、とそれだけだった
───────成実がこうして憎まれ口を返せるようになったのは本当に最近のことだった
成実の足がようやく止まる
止まった部屋は凪の部屋だった
成実は京に座ってろ、と言い桐の衣装入れを押し入れから取り出しそれを京の前にだした
「開けてみろ」
「これは?」
「⋯凪の形見、というかお前にとってはもう1人の形見だ」
箱を開けると綺麗な打掛が入っていた
黄色の、鮮やかな打掛
「まぁ⋯綺麗な打掛ですね」
「大阪城が焼け落ちる前、1人の女中がこれをこっそり持ち出した。そして、竹中が亡くなったあと、前田慶次経由でこれが届いた」
「どういう─────」
「これは凪が竹中から受け取った婚礼の贈り物だ」
─────それが意味するのは
「大体のものは焼けてしまったし、あの国で過ごしていた間のものは見つかるとまずいからと焼いたし、形見という形見は残ってなかったんだ。残った形見はお前自身、って凪は思ってたんだけどな」
あの戦の前、凪の女中はこっそりその打掛をもって城を脱出していた。兵士や女中が逃げ出していた当時、きっと負けるに違いないと思った女は、そんな行動にでたのだ
短い間世話をしただけだった、それでも自分達に最期まで共にいろとは言わなかった主に、恩を感じていたらしい
打掛はあわよくば売っぱらって自分の生活費に、と思ったらしいが、戦火を逃れしばらくした後その打掛を女はまじまじと見た
黄色地に、蝶や扇や菊の美しい刺繍がしてあり、金糸銀糸がふんだんに使われている
よく見ると柄の中に丸に9枚笹の紋まで刺繍されていた
女は考えた
竹中半兵衛がこれを贈った意味を
そして女はそれを売るのを止め、凪の家族に渡そうと決めた。風の噂で焼け落ちる前に逃げ落ちたが、逃げ落ちた先で死んだと聞いていたから。女は豊臣秀吉ゆかりの誰かが大阪に現れないかと、待って、待って、待ち続け、そこで前田慶次と出会った
女は前田慶次に全てを話した
かつての主の家族に渡して欲しい、というその願いに慶次は頷いた
そうして竹中半兵衛が凪に贈った打掛は、女中の思いと共に凪の元へ奇跡的に戻った
「これが届いた日はな」
打掛を取り出し成実は娘の手にそれを渡した
「お前が生まれた日の朝だ」
「本当なら嫁入りの時に渡そうと思ったんだが、流石に俺と違う家紋入りはまずいし、ってことでな───────、俺か凪、どちらかが死んだら渡そうって決めてた」
「その頃にはきっと禍根なんてないし、きっと世の中は泰平の世だろうからって」
「渡すのはもう少し先、のことだと思ったんだがなぁ⋯」
すり、と成実は左手左指をなぞる
「貰ってやってくれ、正真正銘、形見だから」
「このあとそれをどうしようとお前の好きにしろ 」
「ただ、一度だけ、袖を通してここで見せて欲しい」
頼む、と頭を下げる成実
普段と違う成実の様子に、瑠璃丸は、おおじいちゃま?と頭を傾げる
京はすくっ、と立ち上がりその打掛に袖を無言で手を通した
凪より背も高く、手足の長さも違うので少しだけ丈が足りないが、それでも
「──────凪」
顔も、声も、君に似ている娘
──────あぁ、 あぁ、わかってる
「とうさま?」
わかってる、お前は、凪は、もういない
─────わかってる
成実の目から大粒の涙が静かに流れる
「あ、あぁ⋯っ」
────────凪が遺してくれたもの
────────凪がいた証
────────凪
「ああああああああああっ!」
小十郎がいなくなって、
匡二がいなくなって、
梵がいなくなって、
凪がいなくなって
お前がどこにもいないことをまだ認めたくなくて
お前と暮らしたこの家にはまだお前の残したあとがあって
───────だけど凪との指輪だけはどこかに消えて
「凪⋯ッ、凪⋯ッ!!」
きみがいないことがどれだけかなしいか
■■■■■■■■■■
「すまん、とんだ醜態みせた」
「いや別にいいですけど⋯」
「打掛、本当に好きにしていいからな」
「───大事にします。父の想いも詰まった贈り物ですし、何より母様が遺したものです。受け継げるところまで受け継いでいきます」
一刻ほど泣いた成実は正気に戻り涙を着物の袖で拭いて、京の言葉にほっとした
「ねぇ、やっぱり、私たちの誰かと暮らした方がいいとおもうけど」
「いや、いい」
成実は首を横に振る
「この家で捜し物しないといけないしな」
「指輪を?」
「なんだ気づいてたのか」
こくん、と頷く京
京は布に包んだ打掛をなぞる
「かあさまが⋯亡くなって、お支度してる時にね。指輪がないことに気づいたの。指からあれだけ抜けなかった物なのになんで?って」
「まぁ⋯あれはその時が来るまで抜けないもんだったからなぁ」
「え?」
「いやこっちの話。まぁうん、そうだな、アイツが死んで埋葬する前に指輪をと思ったけどもう指にはなくて、埋葬して一晩あけたら俺の指にハマってたやつも消えちまってたし⋯」
「多分どこを探してもないと思うけど⋯」
「どうしてそう思う?」
「かあさまが、ね」
───────いいなぁ、かあさまのそれ
────どうしたの?京
───────その指輪わたしもしたい
────これはね、かあさまがとうさまのお嫁さんっていう意味のものだから京にはさせてあげられないなぁ
───────えええ、じゃあいつかかあさまが要らなくなったらちょうだい!
─────多分あげられないかも
───────なんでーーー!?
─────この指輪はね
「多分母様が持っていったんだと思う」
─────────私が成実さんの運命の人っていう証。私だけの物だから誰にもあげられないから、そうだなぁ⋯私がいなくなる時も持っていっちゃうかもね
「そんな事、いってたから」
「────そっか」
「あ、そろそろ行かないと」
「あぁ寄り道するなよ」
「もう子どもじゃありません!」
「わかってる」
「────また明日きます」
「待ってる」
そう言って京と瑠璃丸は屋敷を出ていく
二人の後ろ姿を成実はずっとみていた
昔の、幼い京と手を繋ぎ歩く凪の後ろ姿にその様子がよく似ていて、成実は思う
────もし来世があるのなら
────来世でも凪と巡り会うことが出来るなら
────またお前の運命の人となり
────最期までまたそばにいたい
俺が
俺は永遠に君を愛し続ける
~[完]~