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―·······a few months later····―
(…数ヶ月後…)
暖かな日差しの下、緑の木々に囲まれて洗濯物を縁側で畳む一人の女子(おなご)がいた
女子の腹は膨らんでおり子供が腹にいる事が分かる。時折、腹に優しく語りかける表情は既に母親のものである
「…ぉ―――ぃ」
遠くから不意に呼び掛ける声がし、そちらの方向を見ると、二人の男性がこちらに向かって歩いて来ていた
「成実さん、匡にぃ」<
そう言うと彼女は下に置いてあった藁草履を履き、二人に近寄った
「具合は?」
「お腹の中で蹴ってますよ?」
触ります?と腹を見せれば成実は優しく撫でた。日に日に大きくなって行く腹の中の子供が愛しいのか、最近はお手製の玩具等作り始めた成実
赤ん坊はまだそんなのじゃ遊べませんよ?と匡二に言われたら、成実は「遊べる様になった時玩具が沢山あれば楽しいだろ?」と、まだ産まれていないのに子供の先の先を考えてしまっているらしい
「でも…」
凪が口ごもる
成実と匡二が縁側から直ぐの、障子が開け放たれた部屋を見ると銀髪の男が布団で眠っていた。最近は寝る事が多くなってきたその男は、竹中半兵衛―――その人だった
武将として活躍していた面影は無いのでは無かろうか、と言う位痩せた身体。病魔が確実に彼を蝕んでいるのだろうと、いやでも分かる
―――ここ、加賀の国
連合軍の中から、色々工作等をして逃げ加賀の国に至った
慶次らの優しさで、目立たない古い農村の外れの昔は武士が住んでいたと言う屋敷を借りた。丁度色々落ち着いた時、一緒に行動していた半兵衛は「僕は違う家を借りたい。監視なら前田の誰かにでも頼めばいい」と申し出た。しかしそれを成実が許さなかった
許さなかった理由は色々あるのだが…
「ちょっと診て来ますね」
匡二は荷物を成実に預け半兵衛の元へと走って行った
成実は凪の隣りに立ち、頭を無理矢理横に傾がせた。凪は目を閉じる
「―――終わりはいつか来る」
それは誰に向かって言った言葉なのだろうか。―――終わりはどんなモノにも訪れる。それは確かな事だ
「いつか…」
ビュウウウウウウッ
凪が何か言おうとした時、突風が吹いた
木々が音をたてて、あまりにも強い風に凪は顔まで手を持って来て、目をぎゅうっと閉じた
ビュウウウウウウ…
やや風が治まったと思い、ゆっくりと目を開けた。突風のせいで木の葉が、はらり、はらりと舞い落ちるのが見える。そして家の方を見ると、時間が止まったかの様に思えた
いや、止まったかの様ではない。止まった
「あれは…」
「…っ」
その止まった時の中で
・・
三人はある場所に目を奪われる
どうして、何故、ここに…と思う
三人が今見ているもの。半兵衛の枕元に正座して座っている―――――既に自分の世界に帰っている筈の人物、北斗だった
北斗は柔らかいほほ笑みを顔に浮かべて、死の間際にいる半兵衛を見つめている
不思議な事にうっすらと光ってた
「お、にいちゃん…」
「ちょ…、あいつ帰ったんじゃ…」
家へと駆け寄ろうとしたが、足が動かない
腕や手は動くのに、足だけが動かない
「なんで、どうして?帰ったん―――――」
そしてそこで、気がついた
「いや―――」
「凪?」
「匡にぃっ!匡にぃっ!」
匡二の名前を呼ぶ
しかし匡二も動けずにいた。立ちたくても足が動かないのだろう
『半兵衛』
北斗の声が、優しく響く
「北斗―――」
親友である彼は、この場で起きている事を理解した。何故帰った北斗がこんな形で今現れているのかを
「君は――――――――」
北斗は匡二の方を向いて静かに頷いた
そして立ち上がり、北斗は匡二に何かを渡した。手のひらに乗せられたソレは、見覚えあるものだ
北斗を見やると、彼は小さく頷く。渡されたもの意味を知ってしまったから
北斗は半兵衛の方を再び向いて最初に居た位置に戻った
『―迎えに来たぜ―』
迎えに来た
それが意味する事は、たった一つ
「あいつ―――死んだのか」
成実の言葉よりもはやくにそれが分かっていた凪は、瞳から大粒の涙を流して泣いていた
「だめ…!まだ死んじゃ、駄目…っ!半兵衛さんっ…!!赤ちゃん、あと少しで生まれるのに…!顔見ないで死んじゃうのは駄目です…!!一か月前生まれるのを楽しみにしてるって言ってくれたじゃないですか…!」
私の言葉、聴いて!
駄目、おにいちゃん…!まだ連れて行かないで…!!
『半兵衛、迎えに来たから…一緒に秀吉の所へ行こう。きっと待ってる』
「半兵衛さんっ!」
───────待って、いたよ
凪は、はっ、とする
涙が一瞬止まった
「竹中…?」
「半…」
成実と凪は半兵衛の方を見た。相変わらず死んだように眠る彼から、声が聞こえる
君なら、迎えに来ると思っていた
世界を越えて、僕を迎えに来てくれると
待たせたかい―――?
いや、そんなに待ってはいないよ。さぁ、行こう
北斗の身体が光始める
ここで漸く足が動く様になった。転ばない様に成実が凪の身体を支えながら、家へとたどり着いた
「半兵衛さん!赤ちゃん生まれるのを見ないんですか?!楽しみにしてるって嘘ですか!!??ねぇっ…!何か………言って下さいよ…っ」
「…凪さま、もう…竹中は···っ」
半兵衛の身体を揺すりながら、泣きながら訴える
成実は凪の後ろに座り、肩に、腰に手を回して凪を半兵衛から引きはがした
声は届いているだろう筈なのに、答えない半兵衛。いや、答えれないのはもう終わりだからなのだろうか
分かっているのは半兵衛は今“死んでしまう”と言う事だ
凪
半兵衛の声だ
凪の名前を、呼んだ
聞こえるかい?凪
聞こえている
聞こえているよ、と頷いた
匡二は半兵衛の手を握る様に促す。布団から出された手。それを握った
低い体温が“死”を連想させる
ぎゅうっと目を瞑ったけれど、
「…一緒に最期まで暮らすと決めた時からこんな風になるのが分かっていただろ?最期を、看取ってやろう」
成実の言葉を聴いて、眠る半兵衛を見た。枕元には北斗がまだ居た。半兵衛に答えねばいけないと握った手の力を強める
「き、こえてますよ」
短い間だったけど側にいてくれて、…ありがとう
色々言いたい事があったけれど、今はその言葉しか無いよ。君と夫婦になれた事は、僕の人生の中で二番目に僕が良かったと思える
凪にとっての、運命の人とやらが伊達成実だったら、僕の運命の人は君だった。そう、思う
子供は、…見れそうも無いな
だけど僕が居なくとも君には、伊達成実や石動匡二が側にいる
そこの二人が居るなら、生まれ来る子供は―――きっと幸せだろうし、僕という武将、人間を知らない方がその子にとっては良いだろう
生まれ来る子はどんな子なのか
ただ子に僕が願うのは―――
優しくて強くもあり弱い君を守れる位強い人になって欲しい
君の子として一生を穏やかに過ごしてもらいたい
竹中と言う名前を知らずに―――
僕らは死んだ事になっているけれど、世の中に絶対は無いからね
…凪…
手を強く、強く握った
涙で視界が歪む
泣いて、いるのかい?
僕は…、僕の死ぬ間際に泣いて貰える程には君に好かれていたと、思ってもいいかい?
こくり、と頷いた
寝ている彼にそれが見えるはずがないから、嗚咽しながら言葉を紡ぐ
「す、き でした よ…」
それは確かな真実
偽りは存在しない真実
そうか……
ありがとう
僕は、君を、
―――凪を―――
そこで半兵衛の声が途切れる
匡二が右腕の方の手首、そして首の脈を見て自分の首を横に振った
風は吹いて
草木はそれに合わせて、ざわざわと音を立てる
昼の穏やかな日差しから夕闇に変わり、やがて闇が訪れる
闇夜に浮かぶ月は満ち欠けを繰り返して
時間は止まらない
嘆いても
暴れても
無気力になっても
生きる限り人は時間に抗う事は許されない
「…凪」
泣きやまない凪
骸となった半兵衛に成実は眉を寄せて、ただただ泣き伏せる凪の背中をさする
匡二は北斗の…あれは幽体なのか幻なのか分からないが先程の北斗が匡二に渡したものを見た
チャリ、と音を立てるソレに彼は涙を静かに流した
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