3
あなたの名前
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
空も、花も、
草も、土も、
風も、石も、
苔も、木も、
全て、俺の目には白黒に見えていた
「…」
アイツが前田慶次と旅に出て一か月が過ぎた
アイツが居た生活は、アイツが居なくなった途端に白黒な世界に色を変えた
凪の部屋の障子戸を、すっ、と開放つとガランとした生活していた後すら無い部屋となっていた
その部屋を見回すと、成実は何をするでも無く部屋の中央まで足を運び座った
畳みをなぞる
い草の匂いと、微かに残ったアイツの匂いがした
「…どうして、あんな事いったんだろう」
最愛だと思っていたアイツがココからいなくなった事で徐々に頭が冴えてきた
考えを張り巡らせば、彼女がそう言った理由が分かったはずだ
だってアイツは、独りの道を選ぶのが癖なのだから
「好き、なのに」
ザラリとした畳みの感触
「愛、してるのに」
──今頃は、笑っているだろうか
「全部、が」
──怪我はしてないだろうか
「愛しい、のに」
──泣いていないだろうか
──誰かをもう好きになっただろうか
ぎゅぅっと手を顔の前で握った
そのまま顔を隠す
「あれは、本心じゃないくせに、…言わせた」
嫌いと言わせてしまった
それで、アイツが傷ついた事なんて今なら分かるのに
俺の痛みなんてアイツの痛みに比べたら、なんてことは無い
アイツは、俺を傷付けたと思っているだろうけれど
「凪」
なぁ
「凪、凪」
···なぁ
「凪…」
別れがいつか来てもいいよ
だけどそれさえ受け入れて、俺はその時まで一緒に居たい
その時が来ても、帰らない様に頑張って止めてみせる
それでも駄目なら、別れるから
─────────おまえを、忘れるから
「愛してる、愛してる、愛してる」
凪、早く
早く、早く帰って来てくれ
俺は、お前が居ないとやっぱりだめなんだ
討伐の時そう思ったよ
お前に触れたい
お前の声がききたい
お前の笑顔が、みたい
ただそれだけで良かっただろが、と自分を責める
そんな思いにふけっていると、騒がしい音が聞こえた
バタバタ…!
バタバタ…!!
足音をこんなに大きく立てて走るなんで、誰だろうと思ったと同時に部屋の襖が勢いよく開く
「あ…!!し、成実殿!!いた!!!」
「…どうしたんだ、宗時」
走っていたのは宗時だった
彼がこうも慌てているなんて珍しい
「浅井が······っ!!」
「浅井が落ちました···!!」
何かが動き出して居た
――――――――――――
「Shit!豊臣め…!いよいよ本格的に進軍か…!!」
「まずいのは、そこではありません。まずいのは慶次殿です」
慶次と言えば今凪と旅をしている
何故彼がやばいのか
小十郎は政宗や成実に説明し始めた
「次に狙われるとしたら、中国・四国・加賀です」
「っ―――!!」
そう
加賀は前田藩の領地だ
慶次の家でもある
お家が大事な時、呼ばれない筈が無い
豊臣が加賀に攻めて来たら、彼は彼の意思関係無く領地を守らなければならない。前田利家・まつ夫妻と共に
それが今起きたとしたら?
「チッ…!凪か!!」
「豊臣には腕利きの軍師“竹中半兵衛”がいます。もし、加賀の戦が起きたとして、もし凪が戦に巻き込まれて、もし豊臣に落ちたら…落ちた後、凪の事情がバレたら…?」
ぶるりと身震いが起きた
「今、我々が危惧していた事が起こりうる可能性があります」
「梵!!」
アイツをそんな目には合わせない
もし事情を知ったら竹中は、何をするだろうか
それだけでも居ても立ってもいられない
「…だがそれだけの為に人は動かせねぇ。第一まだ加賀が攻め入られるとは決まってねぇ」
「だけど、そうなったら!?アイツはどうなるんだよ!!」
戦に勝てば大丈夫だろうが、もし負けたら?
いや、戦に巻き込まれてしまったら既に遅い
戦で死ぬかもしれない…
豊臣の手に落ちれば何をされるか分からない
豊臣が何処の国に攻め入られるかによってなんて動けやしない
助けられるなら、助けるべきだ
「…お前は大丈夫なのか」
政宗は独眼竜の眼で成実を見た
別に以前の成実なら行っても良いと言えたが、今の成実を助けに行かせる訳にはいかなかった
迷いが少なからず心に有れば、戦場では死んでしまう可能性が高い
成実は、ぎゅぅっと掌を握った
呼吸を一つすると、政宗と瞳を合わせる
その瞳は、とても澄んでいた
「行けるよ。それに守るって約束したし」
約束は守らなきゃ、男が廃るってもんさ。と成実は言った
政宗には不安な要素がまだあった
だが、多分行くなと行ったところで成実には無駄だろう事は分かっていた
行くなと言ったら、こいつは城を抜け出してでも行くだろう
そんな瞳だった
「…」
「あのね梵。俺はアイツの事すっごく好きなんだ」
笑ったり泣いたり起こったり
それらが全て愛しい
「アイツが戦に巻き込まれて怪我をしたり、豊臣の手に落ちたり、最悪死んじまったら……俺ずっと後悔する事になる。死ぬまで多分引き摺ると思うんだ。それぐらいアイツを好きなんだ」
だから、行かせてくれ
絶対大丈夫だから
ついでに仲直りしてくるからさ!
そんな心の声が聞こえた
「ぼ…………筆頭。お願い」
彼女の為に、彼は動くと言う
彼女の為に、彼は“伊達政宗”からの指令を望んでいる
筆頭と呼んだ事がその証明だ
「…I understood it.思うが儘にやればいい成実」
「ッ…!!ありがとう梵ッ!」
成実は立ち上がると部屋を出ていった
それを小十郎と見送ると、小十郎は政宗を見て「良いのですか」と言った
これが一国の主としての最良の選択だとは思わない
だけれど、成実にとっては最良の選択だと思う
─────後悔がないように、してくれればいい
■■■■■■■■■■
肌寒く、そして海は荒れていた
春日城に滞在していた二日目最終日、忍のかすがが謙信にある事を耳打ちした
それは豊臣が万を超える兵力で浅井を囲んだと言う事だった
こんなにも早く事態が動くとは流石の軍神も想定外だったらしく、ついでに天候が荒れて、海が時化て船が出られなくなったと言う状況になり止められてしまった
つまり二人はまだ越後なのである
豊臣は浅井を囲んでから数日はたった
そんな戦況に慶次は眉を顰める
彼が遠く見てるのは遥か彼方だと思った
「京都まで行くのに時間掛かっちゃいそうですね」
「…もしかしたら」
「え?」
ハッとして慶次は凪を見た
「何でも無いよ!あー早く天気回復しないかなぁ。冬になっちまうよ」
いつもの慶次に戻っていた
だけどさっきまで見せていた表情は、今まで見た事も無い表情だった
―――――――――――――
「けいじ。まえだけにいきなさい」
「は?」
その夜の夕餉にて謙信は前田家に行けと言い出した
何故今前田家に帰らなければならないのかと凪は思った
「俺…家の為とかは」
「ではとしいえどのとまつどのをなくしてもいい、と」
なくす…?
無くす…?
亡くす…?
余りよくない事だと思った
よくない事が、前田家に来ようとしているのだと推察出来た
「…」
「わかっているのでしょう?もしかしたら…いえ。つぎはまえだがとよとみのつぎのもくてきになると」
「―――――!!」
それは豊臣が、前田を倒すと言う事
最悪、彼らは豊臣の凶悪な刃の前に倒れるという事
「…俺は、凪を置いて利達の所には行けない。約束は破れない」
「…」
ぎゅぅっと目を瞑って拳を握る慶次
葛藤に満ちた表情だ
「私、別に良いですよ」
そう言うしかないと思った
「凪…?駄目だ、もし戦になったら」
「迷っていたら、道は消えますよ?」
「………」
凪は、慶次の前に座りその大きな拳を柔らかく包み込む様に触った
「今、道は二つあります。謙信さんが言う通り“前田夫婦”の所に戻る道、もう一つは“前田夫婦”の所に戻らない道。後者を選べば、後悔すると思います」
だから行くべきです
家の為に動くのでは無く、貴方は“家族”の為に動くの
だったら気持ちは少し軽くなりませんか?
「やらない後悔より、やった後の後悔は重みが違いますよ」
もし戦が起きて、巻き込まれても私は構いません
誰かが側で後悔するのは見たくないから
「行きましょう」
慶次は瞑っていた目を開けて、凪の澄んだ瞳を見た