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指輪

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一方、宿屋の一室。
ルックに宛がわれた部屋での事だった――。


陽の光がカーテンの隙間から射し込まれ、ルックは微かに眉を寄せたが、それも一瞬の事。
起きていたにも関わらず、ベッドの上に横になりがら、ただボンヤリと天井を見上げながら物思いに耽っていた。



あれから3年――。
彼はいつまで経ってもトラン共和国にも帰省せず、僕の元へも戻っては来なかった――…。


その事実が何よりもルックを哀しませる。
3年も音信不通で、只待たされ続けるだけというのは虚しく、何よりも心に空洞が出来たかの様に感じられる程に辛いものだった。



ルック「…もう…、逢えないのかい…?」



心に溜まったモノを吐き出す様に声に出して呟くと、ルックの胸は鈍く痛んだ。

逢おうと思えばルックなら移転魔法を使えば容易い。彼の元へ一瞬で行けるだろう――彼がその気配を消しさえしていなければ…。

実の所、何度か彼の元へ自ら赴こうとした事がある。
自分も人間。我慢の限界だってあれば、狂おしくさえ感じてしまい、感情のままに行動を起こそうとしてしまう。

しかし、それが未だ未遂で終わっているのは、頭の何処かに理性が残っていたからである。

そして…、一番の理由はきっと彼と交わした約束だろう。


彼ーティアとの約束をルック自身が受け入れ、待つ事を誓った。
それを自分から破る訳にはいかないと、微かに残っている理性と忍耐で堪えつつ3年と数ヵ月という時間が過ぎてしまった。


何と哀しいかな…。
ティアという存在が、ルックを強固な鎖で縛り、引き攣る様な痛みで彼を苦しめ身動きの取れない状態を作り出してしまっていた。


ならば逸そ、誓いを覆して仕舞えば良い――……。
だがしかし、それは出来ない。
何故なら、その行いはティアの意志に反するものだからだ。


ルックには最早どうする事も出来ない……。


3年という月日は、ルックにとっては10年にも思える程長く感じた。

四季が過ぎ去るのを静観し、ティアとの思い出に馳せる時間が虚しさを倍増させてはいたが、それでもルックはただボンヤリと過ごす事だけはしなかった。

ルック自身も魔法について詳しく学び、レックナートと魔法の修行に精をだし、真の紋章についても古い文献を読み漁り調べた。

全てはティアを守れるように――。


自分の弱点を克服する為に紙に書き出し、それを元に日々の鍛練メニューを作った。

ルックは、自分が体力が無い事も力が弱い事も嫌と言う程把握していた。
だからこそ、そこを重点的に修練した。


過去3年前と今じゃあ、大分違う自分が居るという事を、ティアに魅せたい…。
自分を頼って欲しい――…。



ルック「――キミを…守りたい…。」




心の底からそう思った。

幾多の命をその細く小さな肩に背負い、戦場を駆け回った彼…。
数多の命を守ってきた彼を、今度は僕が守りたい。支えたい――と、ルックは切望した。



しかし、一人で悶々と悩み苦しんでいると、隣に居て欲しい存在が無い事実に虚無感が襲ってくる。



“ 帰って来る ”と約束してくれたティアを信じ、彼の想いを受け止めた筈なのに…。
今更ながらに後悔の荒波が押し寄せて来て。


『行かせなければよかった』

『引き止めておけばよかった』



そう思わずにはいられなかった。

焦燥仕切ったルックは、堪らず悲痛な声を上げた……。



ルック「――…僕はっ、もう耐えられないっ…!」


両腕で顔を覆い隠したルックの表情は窺えないが、その声色と掌をきつく結んだ様子が全てを物語っていた――……。



哀しみの渦に引き込まれそうになるのを必死に耐え忍び。
帰って来た彼を笑顔で迎えてあげられる様、平静な態度を装おうとしているルックも、3年は長過ぎた――……。




*******


「………」


木々が覆い茂る道筋を無言で突き進んでいる最中、突然に強い風が吹いた。

少年が纏う外套が、バサバサッと音を発てて揺れた。
その拍子に、目深に被っていたフードが擦り落ち、少年の風貌が露になる。


柔らかな闇色の髪、血の色を連想させるかの様な紅い眸――…。
陽に焼けていない肌は白磁の様で、それらを美しくは映えさせる。
彼自身が、一つの生きた芸術品の様に思わずにはいられない位だった。


何よりも目を惹くのは、その深紅の眸。

それが静かに上空に注がれ、静止した



「――風が…」



そこで結び、暫し沈黙してしまった少年。
彼の頭には深緑と紫の二色仕様のバンダナが巻かれており、バンダナの端と闇色の髪が風に遊ばれ吹き上げられる。


風に煽られ続ける髪を片手で抑え、少年は今来た道を振り返った。



「……ルック……?」




彼はかつての仲間であり、最も大切な風の申し子の名を口の端に乗せた。


その眸は、どこか懐かしげにしかし少しの哀しみを含んでいる。紅の眸は空を仰ぎ見た。



過去にも、彼の風を感じながら空を見上げた記憶が巡る。
あの時は、ルックの暖かな体温も感じていた。今となっては、懐かし過ぎる過去と認定されてしまってはいるが。それでもあの時は確かに倖せだった。

常に彼が傍に居て、いつも見守っていてくれていた。



「…僕も…キミに逢いたい…」





そう呟いた少年は、左手の手袋の下ー薬指に填めた指輪に口付けた――。



――この指輪が今の僕らを繋ぐ唯一の絆…。









『いつかきっと…逢えるよね――?』





互いの想いが、風と空に捧げられた――。

そして、指輪は哀しく光る……。






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