運命を掴むまで
「その仮面は外せないのかい?」
メディカルチェックが一通り終わったところで、計器を覗き込んでいたダヴィンチが顔を上げてそう告げた。
「この霊器では無理だな」
その言葉にオセロメーの衣装に合わせて誂えたであろう仮面を触りながらバーサーカーは首を振った。触ってみても?というダヴィンチの言葉に外そうとしているらしいと気が付きながらも拒否はしない。
案の定仮面を引っ張りだすダヴィンチの好奇心をバーサーカーはそのまま受け入れていた。
「えっ、固……固すぎない?君一応生きてる人間なんだろ。このままだと生活に不便じゃないかな」
「一種の呪いだからな。加護と言ったほうが適切ではあるが。だからこそ衛生面の心配はない」
「えー君の祭神、過保護だね?」
「……この仮面の意図は、選択肢を与えるためのものでオレ自身のために着いているわけではないからその感想は少し違うな」
バーサーカーは、どこまで言っても律儀な神の様子を思い起こして微笑んでそう告げる。
メディカルチェックのためにと口を覆った部分だけが外された仮面からはその口元がよく見えた。
そうすると、ダヴィンチが面食らったように調子狂うなあと呟いた。
「君、デイビットにびっくりするくらい似ているけどところどころに違いが出るね。というか、似ているところがテスカトリポカ神の趣味なのかな?」
「……なんと返すか困ることを言わないでくれないか」
困る、と言うバーサーカーの顔の上半分は仮面に隠れて伺えない。だが、きゅっと口元は結ばれ、瞳は雄弁に感情を物語っていた。そこのところが、たいてい無表情で無感動なデイビットとの大きな違いだとダヴィンチは思う。
根本的なところは酷く似ていて、テスカトリポカ神のことを聞くまでは相性召喚であることを疑わなかったのも、この差異を彩るのを手伝っていた。
「うん、済まないね。取敢えずメディカルチェックは終わり。問題はない、全くの健康体と言ってもいいね。とうもろこしを捏ねたって言うのに、遺伝子から何から人間そのものなのは神の奇跡ってやつなのかな」
イネ科人間じゃなく、ヒト科人間だねえ、とダヴィンチは興味深そうに呟いた。
「そうか。ありがとう。もう確認することはないだろうか」
「もう大丈夫さ。検査結果はどうする? 必要なら紙で出すけど」
「マスターのところに送れるか? データだけあればいい」
バーサーカーの言葉にダヴィンチは首を傾げながらも了承してくれる。
「良いとも。しかし君、だいぶ現代慣れしてるね。大抵のサーヴァントは知識はあっても感覚は追いつかないのだけど」
「慣れているからな。テスカトリポカは新しいもの好きでね、領域内で電子機器は当然のように使われる」
「それはなんともリベラルな神様だ。その衣装もそういう感じなのかい?だいぶ宇宙服っぽいよね」
それ、と指し示される霊衣はバーサーカーにとってはテスカトリポカが身にまとうジャガーマンの装束だった。確かにアステカを調べて出てくる絵文書や壁画とは随分と様相は違う。
史実はどちらかと言えばジャガーの生皮を被った人間、もしくはジャガーのキグルミを着た人間の姿か。
それを思えばダヴィンチの指摘は最もだった。
「これか。確かに言われてみればそうだな。テスカトリポカの霊衣のデザインをそのまま流用したものだが、詳しいことは聞き忘れた。そうなのかもしれない」
「それ君の衣装じゃないんだ?」
「本来のオレはオセロメーではないからな」
「あー、そう言えば。じゃあなんでその姿なのかは聞いても構わないかい?」
神官なのに。と言うダヴィンチにどう答えたものかとバーサーカーは首を捻る。
バーサーカー自体が把握している衣装についての要素は顔を隠せるものであること、テスカトリポカを連想できるものであることくらいだ。しかし、今は顔を隠すというところに注目して欲しくはない。
「オレ自身の霊器を補強するためだな。オレと言う個人は英霊足り得ない。それをテスカトリポカの神官、もっと言えばテスカトリポカに仕える者としての概念でまとめることでサーヴァントとしている。そんな概念の中でオセロメーはテスカトリポカの戦士として有名だから、と答えようか」
嘘ではない。それもこの霊衣の意味ではあった。この場合顔を隠すのは個人ではなく集合の総体としての没個性という意味合いも生まれる。
そう説明すれば、ダヴィンチはなるほどと頷いた。
「っと、そろそろ20分だね。君のマスターは時間厳守のきらいがある。君を借りているのはここまでとしよう。興味深い話をありがとう」
タイマーの音が鳴り響く。メディカルチェックの前に仕掛けたおよそ20分のそれはつい話し込み過ぎるとダヴィンチ自身により設けられたものだった。
ぱた、と書き込みが終わったノートパソコンを閉じてダヴィンチは立ち上がろうとする。カルデアに来たばかりのバーサーカーを案内してくれるつもりなのだろう。その善意をバーサーカーは手で制した。
「もうそんな時間か。いや、こちらこそ君と話すのは楽しかった。良ければまた時間がある時にでも誘ってくれ」
カルデアの施設マップは確認済みだ、というバーサーカーは簡単にデイビットの部屋までの道順を唱えた。
「おや、完璧だ。流石はデイビットってことかな?あの短時間でカルデアの案内まで済ませるなんて。なら問題なさそうだね。それじゃあバーサーカー、私も楽しかったから、また付き合ってくれ給えよ」
「ああ、それじゃあ」
ひらひらと手を振るダヴィンチに見送られてバーサーカーは去っていった。足早に歩く後ろ姿は直ぐに医務室の扉に遮られる。
そこまで確認してから、ダヴィンチは座り直してもう一度ノートパソコンを開いた。
「…………デイビットに兄弟がいた記録はないんだっけねえ……」
先程までのメディカルチェックの基礎項目それから血液検査の結果などが並ぶ画面にダヴィンチはもう一つのデータを呼び出す。
並べたそれらは基礎項目のほとんどが綺麗に揃っている。後から出したそれは先程のバーサーカーのマスター、デイビットの定期検診の検査結果だった。
「でも明らかに近親だよね、この結果……」
デイビット自体にアステカ文明や神々との関わりがないとして、その近しい血族に少しでも縁があれば召喚に干渉してきてとおかしくはない、かも知れない。
ただ、どうにもそれに当てはめられる相手はカルデアのデータベースに登録されたデイビットの唯一記録のある血縁、血縁関係があるということだけしか分からない父親だ。
ダヴィンチは神に愛された父親からその神の寵愛を引き継ぐことが出来た息子のことを知っている。
推測は全くの荒唐無稽という訳でもなかった。
「どうしようかなあ。流石に天才の私でも扱いに困る……。まあ、デイビットなら自力で把握できそうでもあるし、あのバーサーカーの様子なら蟠りを生んだりはしなさそうだよね」
デイビットによく似ているが、端的になりやすい彼とは違って比較的言葉数が多いバーサーカーの話しぶりを思い返す。
お喋りというほどではないが不足がないように説明をしてくれる言葉は誤解を生むことは多くないだろう。そんな彼とダヴィンチの認める天才であるデイビットの理解力であればすれ違いが起きたりはしないという信用があった。
「自分と同じくらいの歳の父親か……あー、デイビットよりショックを受けそうなヤツがいるかも……」
とある人物を思い浮かべてダヴィンチは苦笑する。取り敢えず今のところデイビットたちは問題がないだろうとダヴィンチは結論づけたのだった。
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