このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

GA社による被害の報告


「デイビット、何か分かったか?」

 人気の失せたガソリンスタンドの片隅にある売店のカウンターに凭れながら、テスカトリポカは奥で資料を漁っているデイビットに視線を向けた。
 相変わらず人の姿も気配も相棒のそれ以外が見当たらない。

 二人が居るのは、本土より幾らかの離島であり、とある事情によりフェリーに揺られて辿り着いたのがつい一時間ほど前の話だ。
 本来なら案内の人間が来るのだと説明されたものの待てど暮らせど案内が現れないばかりか、連絡も通じない始末で、フェリーもすでに離れてしまった。それ故に、島を道なりに入ってきたのだが、どうにも人影が一向に見つからない。
 テスカトリポカとデイビットの認識では、この島は人口自体は少ないものの一つの町として確かに存在する場所のはずだった。人口の少なさだって、一人二人しかいないほぼ無人島と言うわけではなく、フェリーも二日に一度は来るほどには賑わった島なのだ。

「……分かったことが二点ある」

 人が居ないのを良いことに、売店に置かれた島内広報のバックナンバーから何から、島に関係がありそうな情報を漁っていた男が戻ってくる。
 その手には島で発行されているのだという新聞が握られていた。
 無表情に見えつつも些か顔を顰めている彼に、テスカトリポカは煙を吐き出しながら問いかけた。

「悪い知らせか?」
「……お前にとっては……微妙だな。取り敢えず、オレたちは事件に巻き込まれている。というよりは、オレたちは被験者として選ばれたようだ」
「ほお?」

 差し出された新聞紙には、謎の獣による傷害が発生しているという見出しが一週間ほど前の日付で書かれていた。
 テスカトリポカはそれを受け取り、流し見つつデイビットの言葉を待つ。

「この島では、その時期を皮切りに特殊な傷害事件が多発している。人を襲い、その肉を食らう人間大の大きさの獣が出現するようになっているらしい」
「なるほど?面白くなってきたな」

 新聞には獣の詳細は載っていないが、と思えば新たに渡された広報紙には監視カメラか何かの解像度が低い写真を載せられていた。
 そこに映る獣とされたものは歪な二足歩行で、背丈は確かに人間大だ。しかしこれは。
 テスカトリポカが眉根を寄せたところでデイビットから回答が贈られる。

「この獣だが、元は人間だ。科学的に死徒……いや、グールか、それに近いものを再現したもののようだ」
「……どういうわけだ?」
「オレたちをここに呼び寄せたのは大元が製薬会社なんだが、この島も実質的にその会社の持ち物に近い」

 デイビットの言葉にテスカトリポカは合点がいったとばかりに頷いて煙草を噛む。

「被験者ってのはそう云うことか。オレに対していい度胸だなぁ?で、デイビット、首謀者は?」

 サングラスの奥の青い瞳に獰猛な色が宿る。テスカトリポカの正面に立ったデイビットはそれを受け流しながら求められた答えを口にせず、首を振るった。

「流石に此処では情報がない。ただ、実験には観察が必要だ。だから、この島の観察、もしくは実験施設を探す。それでいいか?」

 この島のものだろう地図をカウンターに広げてデイビットは、幾つかの地点に丸を着ける。
 島の四方と中央にある建物。およそ監視地点としては有用だろう位置だ。等高線を見るに島の外縁は全て山だが奥側、北に向かって標高が上がっており、中心は盆地のようで低めにある。
 この実験が露呈しても最悪は中心部を爆破なりすればある程度の証拠隠滅は望めるだろうつくりだった。

「ふむ……本命は?」

 テスカトリポカの視線に、デイビットはボールペンで一箇所を指し示した。北の山腹にある地点だ。

「此処だ。だが、最後に向かうのが望ましい」
「ギミックか?ゲームじみて来たが、悪くはないな」

 デイビットが何を根拠に答えたのかはテスカトリポカの握る情報では判別は付かないが、だが外れてはいないだろう。デイビットという男の天才性をテスカトリポカは識っていた。

「テスカトリポカ、今武器は?」
「あ?いつも通りだが」
「お前の身体は人間のものだろう。変性要因が分からない。噛まれてグールになってしまう可能性がある。なるべく遠距離攻撃をするべきだ。だが、お前の射撃はどうしようもないからな…………アトラトルにしてくれないか」

 投石器でも良い、と売店にあったのだろう太いロープを手渡して来るデイビットに悪意はない。悪意はなかった。ただ純粋に効率の話をしている。だからこそテスカトリポカはその発言に腹を立てるわけにはいかなかった。ただただ己に対する認識が悲しかった。
 要は銃を撃つなと言っている。

「オマエ、オレだって傷付くんだけど、分かるか?」
「オレはお前のアトラトルの腕前を素晴らしいと思っている。弾の用意も比較的楽だ。銃弾は予備がない」

 何処から見つけてきたのかテスカトリポカに工具を押し付けてくるデイビットは投槍を作れと言わんばかりだった。そんなものナイフ一本あればどうにでもなるとは思うものの、文句を言うには向かい合う男の瞳が輝いていて、言葉を呑み込んだ。
 望まれたら答えたくなるのが神だった。それも、今一番のお気に入りの戦士だ。

「……しっかたねえなぁ…………おら、オマエも作れ。教えてやる」
「分かった。ああ、あと島の中央まで行けば診療所がある。そこまでいけば最低限抗体を作れる可能性がある。弾はそこまで持てば十分だ」
「OK、なら量はいらんな」

 人間の形をしているなら脊椎を破壊すればある程度動きは封じられるだろうし、投槍は回収可能か。作るべき本数は多くなくて良い。テスカトリポカはそんな試算をしながら近くの茂みに手頃な木を探して視線を滑らせる。

「……お?おい、痺れを切らしたらしい。客だ」

 テスカトリポカが顔を向けた方向に人影が一つ。身体を揺らしながらふらふらと歩いてくる様は千鳥足と呼べるだろう。
 何もしらないままなら具合の悪い人間だと思ったかもしれない。しかし、すでに彼らはあれが獣同様であること、人間の身体保護のための制限を取り払った動きが可能であることを知っていた。
 擬態は失敗だ。だが、グールとなったあの獣たちの本能は獲物が自身の間合いに入るまではあの様子を貫くようだった。

「やはり遠距離なら危険性は薄いな」

 ガシャ、とデイビットが手に持つベレッタのセーフティーレバーを上げ、スライドを引いた。

「おい、オマエは使うのかよ」
「オレは外さない」

 テスカトリポカが唖然としたところで、デイビットは引鉄にかけた指を引いた。有言実行するように、銃弾は真っ直ぐとグールの首を貫き、頭が跳ね上げる。
 あれなら一応生き物としての体裁をとっているなら死んだだろう。

「……ナイスショット」
「ああ。一体ならば問題はないが……人口を考えるにこれから乱戦が増えると思う。囲まれないように立ち回る必要がある」
「オマエってやつはほんとにマイペースだな……。まあ、それには同意だ。で、考えは」

 検分にと死骸に近づいていくデイビットを見守りつつ、こちらもアトラトルの準備を始めたテスカトリポカはそう問いかける。
 デイビットは売店から持ってきたゴム手袋で飛ばした頭を回収しながら応えた。

「基本狙撃と奇襲でいこう。第一目標の周辺は開けている。辺りを一掃してから向かったほうが安全だ」

 まあいいだろう。テスカトリポカは頷いた。
2/3ページ
スキ