星シリーズ
夢想また空想
―コハクとクロム、ふたりはひとりのために―
「クロム、空を駆ける星を見たことがあるか」
突拍子もない問いかけだった。クロムは薬草をすり潰す手を止めてコハクを見たが、視線が彼女とかち合わない。
昼下がりの青空を呆けた眼で眺めたまま、コハクは独り言のように言葉を続けた。
「なんの前触れも無く、突然スルリと流れていく。先刻まで夜空に留まっていたのに、だ。空の神の仕業か、悪戯か、不思議でならん」
彼女が話しているのはおそらく、時々地面のほうへ降りてくるよくわからない星のことだろう。
見たことくらいはある。けれどそれがどうした。おれのほうを少しも見ずにつらつらと話しやがって。そもそも夜空の話を昼にするのかよ――。
クロムの頭には文句がポンポンと浮かんでは消えていった。
「もし、あれほど美しいものをルリ姉と見られたならば、なんでも叶ってしまいそうだと思わないか」
そんなはずは無いのにな、と後から自身を嘲(あざけ)る言葉を付け足すのを、クロムは黙って見ていた。
いつもより元気のない笑いがコハクから漏れる。
「ハ! いまのは忘れてくれクロム。下らない事を言ってしまった……」
「下らなくなんかねえよ」
それまで黙って話を聞いていたクロムが、立ち上がってコハクに詰め寄る。つまんねえ自虐してんじゃねえ、と突き出した唇をへの字に曲げてから、ニッと歯を見せて笑った。
「悪くねえな。今度あの星つかまえてルリにやろうぜ」
こう、スッ! て具合に閉じ込めてよ、やって見なきゃわかんねえだろ、と意気込むクロム。困った顔で、コハクが見つめている。
「だが願いは、所詮願いに過ぎないじゃあないか」
クロムは言い返そうとしたが、力のないコハクの瞳を見て争う気が失せた。
「なんだよ、きょうはずいぶん落ち込んでんな。よくわかんねえけどよ……」
願いだってじゅうぶん薬になるだろが、大事だろ、そういうのもよ、とこぼすクロムの手は、薬草を構う作業に戻っていた。
*
「なァ、やっぱり行こうぜ」
「何処に」
「星をつかまえにだよ!」
三日後の夜、クロムは準備万端の出(い)で立ちでコハクの前に現れた。早く来いよと急かすクロムを、呆れた目で見つめる。
「いまから行く気なのか」
「おぅ」
「こんな真冬の夜にか」
「おぅ!」
テコでも槍でも動く気配のない様子のクロム。彼のやる気に押し負けて、コハクも身支度を整えた。
防寒具を羽織るさまをルリに見られ、外出を止められそうになる。少し出るだけだと嘘をついて、足早に家を出た。
「待たせてすまない」
「おれが誘ったんだからよ。謝んなよ」
二人仲良く肩を並べて、森へ向かって歩き出す。
それにしてもどうして急に、とコハクの頭に疑問が浮かんだ。数日前に終わった話なのに、どうしていまごろになって蒸し返すのか。
クロムがそこまで空気の読めぬお子ちゃまではないと、コハクは思っている。横を歩く彼に声をかけて、足を止めさせた。
「なんだよ」
「クロム。何か策や心あたりといったものがあるのか?」
その質問を待ってましたとばかりに、クロムの表情が明るくなった。
落ちた星は実となって樹の上にでも留まっているのでは、と仮説を立てていることを教えてくれた。
空から時々、星は滑り落ちる。その行く先をこの三日間、頭をひねって考えていたようだ。
「落ちてんのにどっかに行くわけねえだろ? きっと高いとこで引っかかってんだよ。わかんねえけど。この前ヤベーくらい降ったから、ひとつくらいあんだろ」
いわば、自身の考えを確かめるための探検。コハクの顔が浮かんできたという理由だけで、彼女にも声をかけたのだろう。
「まあ、普段からきみには世話になっているしな。ひと晩くらいならいくらでも協力しよう」
「なんだよそれ、ヤベーな」
ひと晩をいくらでも、という言葉がクロムの心を揺らした。
彼の口元がほころび、進む足はスピードを増す。コハクも何か言うわけでもなく、機嫌よく横を歩く。
雲ひとつない、澄んだ夜空。星の探検にはうってつけだった。
かすかに吹く風の流れに乗るように、二人は奥へと歩を進めていく。鬱蒼(うっそう)とした茂みを抜けると、視界が開けて空が見えた。
「おい、コハク!」
興奮した面持(おもも)ちで、互いに目を合わせる。
「ああクロム、あれか!」
満月が映える夜空の下に、大きな樹がズン、とたたずんでいた。
葉を落とした裸の枝の先に、小さな白い玉が見える。
「確かに何かがついているぞ! 丸いな。本当に星のようだ……!」
「おぅおぅ、ヤベーな! 早いとこ採(と)ろうぜ!」
「任せろ。クロムは松明(たいまつ)を持っていてくれ」
クロムに火を預けると、コハクは持ち前の運動神経であっという間に五メートルほど幹を登った。クロムは目を輝かせて、彼女の様子を見守る。
「どうだ! こっちに投げれそうか?」
「……ああ、少し待て」
声が重い。白い玉を間近で見た彼女の表情は暗かった。うつむいて、ゆっくりと首を横に振る。
コハクは枝に生(な)るそれをいくつか手のなかに収めて、下にいるクロムのほうに投げた。
炎を守っていないほうの手で、クロムが難なく実を受け取る。
「クロム、見てくれ。わかるか? 遠くからは暗がりでハッキリしていなかったが、これはただの白い木の実だ」
コハクから受け取った物を、クロムは松明で照らした。
「スゲー真っ白だな」
「ああ」
「根元のほう、なんか植物みてーだな」
「そうだろう」
月が雲に隠れ始めて、コハクの顔にかかる影が濃くなっていく。それが空から来たものではないことは、もはや一目瞭然だった。
身体を動かしていないと凍えるほどに寒い、真冬の森。指先が冷えるなか、時間を費やして得たものはただの木の実。コハクは大きく息をつきたい衝動を我慢して、下唇を噛んだ。
胸の奥底が鉛のように重たくなった。無駄な時間を過ごしたからではない。実を摘んでクロムに見せてしまった、その後悔だ。
コハクでさえ、照らすものが松明と月明かりのみでは、樹に登って近付かないとはっきり詳細が見えなかった。クロムの視力ならなおさら、至近距離で確認しない限り、正体が木の実だとはわからなかったはず。
自分が余計なことをしなければ、クロムは夢をひとつ失(うしな)わぬままでいられた。
コハクはみずからの心臓がつぶれていくような感覚を覚えた。悟られると気を遣わせてしまうからと、必死で憂鬱を押し殺す。
こんなところにいつまでも居たって、これ以上の収穫は無い。そう思いながら、コハクは樹から下りるために右足を一歩下げた。
ずるり、と足が滑る。考え事に気を取られて、バランスを取るのに使う意識をおろそかにしていた。
下で見守るクロムが大声を上げる。
「コハク!」
とっさに上の枝を掴んだお陰で、落下せずに済んだ。しかし、少し前まで足場にしていた枝に膝を打ち付けた。
鈍い痛みに眉をひそめながらゆっくり下りて、地に足を着ける。焦った表情で、クロムが駆け寄った。
「おい、大丈夫かよ! 戻ってすぐ手当てすんぞ」
「平気だ。見てみろ、大したことは無い傷だ。これくらい」
言葉の先を横切るように、クロムはブンと松明を振った。
細められた目の奥にたたずむ、茶色の瞳に炎が映る。
「バカ言うなよ。ルリが心配する」
コハクと話すとき、大概は明るい声音でしか言葉を交わさないクロムが、珍しく声のトーンを落とした。明かりを持った手を強く握り締めている。
「クロム。危ない真似ばかりしているきみがそれを言うのか」
「おれはいいんだよ。テメーは妹だろがよ」
平時は見せないクロムの厳しい表情に、コハクは声をつまらせた。
「……すまない」
「だから謝んなって」
慣れた手付きで、クロムは傷口の泥を水で流す。傷に染みているのか、コハクは終始苦しそうに唇を噛んでクロムを見ていた。
「あとは帰ってからにすんぞ」
傷口の細かい泥を、きれいに流し終わった。耳を澄ませば、動物たちの眠り声が聞こえる。
「ありがとう、助かる」
「おぅよ」
礼を言うコハクの顔に笑顔が浮かぶが、彼女の瞳は夜更けの海のように、ほの暗くよどんでいた。その理由をクロムは何となく感じ取ってはいたものの、黙って笑い返すことで気付いていないふりをした。
「……ところで、それはどうするんだ?」
クロムの手のひらに乗る木の実に目線をやって、コハクが問う。クロムは荷物入れを漁り、麻でできた小さな袋を取り出した。
「やっぱこれ、元々は流れ星だったと思うんだよな。見たことねえ質感だし、有り得なくはねえだろ。ちょっと調べてみるぜ」
もしかしたら、ヤベー妖術とかできるかもだかんな――。コハクに松明を任せ、クロムはその場に腰を下ろした。
地面に置いた麻袋に、いくつか玉を詰めていく。コハクは小さく咳払いをした。言いづらそうに顔をしかめて、慎重に口を開く。
「クロム」
「おぅ止めてもムダだぜ」
寒いしとっとと帰ろうぜ、ケガに響くぞ、と面倒そうな声音で返事するクロム。振り返りコハクと目を合わせたところで、何かを思い立ったかのように立ち上がった。
コハクから明かりを預かって、彼女の身体を頭から足先まで松明で照らす。
「どうした?」
「ん。なんでもねえ。行くぞ」
クロムは気が済んだのか、大木(たいぼく)とコハクに背中を向けズンズンと歩き出す。あわててコハクも後を追った。
「結局のところ、流れ星のことはよくわからぬままか……」
入手できればルリ姉が喜ぶと思ったんだがな、とコハクは肩を落とす。その肩をパシ、とクロムは叩いて、コハクに前を向かせた。
「おぅ、外に出られねえルリにはよ、デカい樹のことだけでもいい土産話じゃねえか! あんま気落ちすんなよ」
「ハ! クロム。そんなに私が落ち込んでいるように見えるか?」
「わかんねえ!」
「そうか!」
声を弾ませながら帰り道を歩く、クロムとコハク。真夜中にはそぐわぬ楽しげなマーチ。
二人の後ろでひとつの星が、村へ向かってつるりと流れていった。
―コハクとクロム、ふたりはひとりのために―
「クロム、空を駆ける星を見たことがあるか」
突拍子もない問いかけだった。クロムは薬草をすり潰す手を止めてコハクを見たが、視線が彼女とかち合わない。
昼下がりの青空を呆けた眼で眺めたまま、コハクは独り言のように言葉を続けた。
「なんの前触れも無く、突然スルリと流れていく。先刻まで夜空に留まっていたのに、だ。空の神の仕業か、悪戯か、不思議でならん」
彼女が話しているのはおそらく、時々地面のほうへ降りてくるよくわからない星のことだろう。
見たことくらいはある。けれどそれがどうした。おれのほうを少しも見ずにつらつらと話しやがって。そもそも夜空の話を昼にするのかよ――。
クロムの頭には文句がポンポンと浮かんでは消えていった。
「もし、あれほど美しいものをルリ姉と見られたならば、なんでも叶ってしまいそうだと思わないか」
そんなはずは無いのにな、と後から自身を嘲(あざけ)る言葉を付け足すのを、クロムは黙って見ていた。
いつもより元気のない笑いがコハクから漏れる。
「ハ! いまのは忘れてくれクロム。下らない事を言ってしまった……」
「下らなくなんかねえよ」
それまで黙って話を聞いていたクロムが、立ち上がってコハクに詰め寄る。つまんねえ自虐してんじゃねえ、と突き出した唇をへの字に曲げてから、ニッと歯を見せて笑った。
「悪くねえな。今度あの星つかまえてルリにやろうぜ」
こう、スッ! て具合に閉じ込めてよ、やって見なきゃわかんねえだろ、と意気込むクロム。困った顔で、コハクが見つめている。
「だが願いは、所詮願いに過ぎないじゃあないか」
クロムは言い返そうとしたが、力のないコハクの瞳を見て争う気が失せた。
「なんだよ、きょうはずいぶん落ち込んでんな。よくわかんねえけどよ……」
願いだってじゅうぶん薬になるだろが、大事だろ、そういうのもよ、とこぼすクロムの手は、薬草を構う作業に戻っていた。
*
「なァ、やっぱり行こうぜ」
「何処に」
「星をつかまえにだよ!」
三日後の夜、クロムは準備万端の出(い)で立ちでコハクの前に現れた。早く来いよと急かすクロムを、呆れた目で見つめる。
「いまから行く気なのか」
「おぅ」
「こんな真冬の夜にか」
「おぅ!」
テコでも槍でも動く気配のない様子のクロム。彼のやる気に押し負けて、コハクも身支度を整えた。
防寒具を羽織るさまをルリに見られ、外出を止められそうになる。少し出るだけだと嘘をついて、足早に家を出た。
「待たせてすまない」
「おれが誘ったんだからよ。謝んなよ」
二人仲良く肩を並べて、森へ向かって歩き出す。
それにしてもどうして急に、とコハクの頭に疑問が浮かんだ。数日前に終わった話なのに、どうしていまごろになって蒸し返すのか。
クロムがそこまで空気の読めぬお子ちゃまではないと、コハクは思っている。横を歩く彼に声をかけて、足を止めさせた。
「なんだよ」
「クロム。何か策や心あたりといったものがあるのか?」
その質問を待ってましたとばかりに、クロムの表情が明るくなった。
落ちた星は実となって樹の上にでも留まっているのでは、と仮説を立てていることを教えてくれた。
空から時々、星は滑り落ちる。その行く先をこの三日間、頭をひねって考えていたようだ。
「落ちてんのにどっかに行くわけねえだろ? きっと高いとこで引っかかってんだよ。わかんねえけど。この前ヤベーくらい降ったから、ひとつくらいあんだろ」
いわば、自身の考えを確かめるための探検。コハクの顔が浮かんできたという理由だけで、彼女にも声をかけたのだろう。
「まあ、普段からきみには世話になっているしな。ひと晩くらいならいくらでも協力しよう」
「なんだよそれ、ヤベーな」
ひと晩をいくらでも、という言葉がクロムの心を揺らした。
彼の口元がほころび、進む足はスピードを増す。コハクも何か言うわけでもなく、機嫌よく横を歩く。
雲ひとつない、澄んだ夜空。星の探検にはうってつけだった。
かすかに吹く風の流れに乗るように、二人は奥へと歩を進めていく。鬱蒼(うっそう)とした茂みを抜けると、視界が開けて空が見えた。
「おい、コハク!」
興奮した面持(おもも)ちで、互いに目を合わせる。
「ああクロム、あれか!」
満月が映える夜空の下に、大きな樹がズン、とたたずんでいた。
葉を落とした裸の枝の先に、小さな白い玉が見える。
「確かに何かがついているぞ! 丸いな。本当に星のようだ……!」
「おぅおぅ、ヤベーな! 早いとこ採(と)ろうぜ!」
「任せろ。クロムは松明(たいまつ)を持っていてくれ」
クロムに火を預けると、コハクは持ち前の運動神経であっという間に五メートルほど幹を登った。クロムは目を輝かせて、彼女の様子を見守る。
「どうだ! こっちに投げれそうか?」
「……ああ、少し待て」
声が重い。白い玉を間近で見た彼女の表情は暗かった。うつむいて、ゆっくりと首を横に振る。
コハクは枝に生(な)るそれをいくつか手のなかに収めて、下にいるクロムのほうに投げた。
炎を守っていないほうの手で、クロムが難なく実を受け取る。
「クロム、見てくれ。わかるか? 遠くからは暗がりでハッキリしていなかったが、これはただの白い木の実だ」
コハクから受け取った物を、クロムは松明で照らした。
「スゲー真っ白だな」
「ああ」
「根元のほう、なんか植物みてーだな」
「そうだろう」
月が雲に隠れ始めて、コハクの顔にかかる影が濃くなっていく。それが空から来たものではないことは、もはや一目瞭然だった。
身体を動かしていないと凍えるほどに寒い、真冬の森。指先が冷えるなか、時間を費やして得たものはただの木の実。コハクは大きく息をつきたい衝動を我慢して、下唇を噛んだ。
胸の奥底が鉛のように重たくなった。無駄な時間を過ごしたからではない。実を摘んでクロムに見せてしまった、その後悔だ。
コハクでさえ、照らすものが松明と月明かりのみでは、樹に登って近付かないとはっきり詳細が見えなかった。クロムの視力ならなおさら、至近距離で確認しない限り、正体が木の実だとはわからなかったはず。
自分が余計なことをしなければ、クロムは夢をひとつ失(うしな)わぬままでいられた。
コハクはみずからの心臓がつぶれていくような感覚を覚えた。悟られると気を遣わせてしまうからと、必死で憂鬱を押し殺す。
こんなところにいつまでも居たって、これ以上の収穫は無い。そう思いながら、コハクは樹から下りるために右足を一歩下げた。
ずるり、と足が滑る。考え事に気を取られて、バランスを取るのに使う意識をおろそかにしていた。
下で見守るクロムが大声を上げる。
「コハク!」
とっさに上の枝を掴んだお陰で、落下せずに済んだ。しかし、少し前まで足場にしていた枝に膝を打ち付けた。
鈍い痛みに眉をひそめながらゆっくり下りて、地に足を着ける。焦った表情で、クロムが駆け寄った。
「おい、大丈夫かよ! 戻ってすぐ手当てすんぞ」
「平気だ。見てみろ、大したことは無い傷だ。これくらい」
言葉の先を横切るように、クロムはブンと松明を振った。
細められた目の奥にたたずむ、茶色の瞳に炎が映る。
「バカ言うなよ。ルリが心配する」
コハクと話すとき、大概は明るい声音でしか言葉を交わさないクロムが、珍しく声のトーンを落とした。明かりを持った手を強く握り締めている。
「クロム。危ない真似ばかりしているきみがそれを言うのか」
「おれはいいんだよ。テメーは妹だろがよ」
平時は見せないクロムの厳しい表情に、コハクは声をつまらせた。
「……すまない」
「だから謝んなって」
慣れた手付きで、クロムは傷口の泥を水で流す。傷に染みているのか、コハクは終始苦しそうに唇を噛んでクロムを見ていた。
「あとは帰ってからにすんぞ」
傷口の細かい泥を、きれいに流し終わった。耳を澄ませば、動物たちの眠り声が聞こえる。
「ありがとう、助かる」
「おぅよ」
礼を言うコハクの顔に笑顔が浮かぶが、彼女の瞳は夜更けの海のように、ほの暗くよどんでいた。その理由をクロムは何となく感じ取ってはいたものの、黙って笑い返すことで気付いていないふりをした。
「……ところで、それはどうするんだ?」
クロムの手のひらに乗る木の実に目線をやって、コハクが問う。クロムは荷物入れを漁り、麻でできた小さな袋を取り出した。
「やっぱこれ、元々は流れ星だったと思うんだよな。見たことねえ質感だし、有り得なくはねえだろ。ちょっと調べてみるぜ」
もしかしたら、ヤベー妖術とかできるかもだかんな――。コハクに松明を任せ、クロムはその場に腰を下ろした。
地面に置いた麻袋に、いくつか玉を詰めていく。コハクは小さく咳払いをした。言いづらそうに顔をしかめて、慎重に口を開く。
「クロム」
「おぅ止めてもムダだぜ」
寒いしとっとと帰ろうぜ、ケガに響くぞ、と面倒そうな声音で返事するクロム。振り返りコハクと目を合わせたところで、何かを思い立ったかのように立ち上がった。
コハクから明かりを預かって、彼女の身体を頭から足先まで松明で照らす。
「どうした?」
「ん。なんでもねえ。行くぞ」
クロムは気が済んだのか、大木(たいぼく)とコハクに背中を向けズンズンと歩き出す。あわててコハクも後を追った。
「結局のところ、流れ星のことはよくわからぬままか……」
入手できればルリ姉が喜ぶと思ったんだがな、とコハクは肩を落とす。その肩をパシ、とクロムは叩いて、コハクに前を向かせた。
「おぅ、外に出られねえルリにはよ、デカい樹のことだけでもいい土産話じゃねえか! あんま気落ちすんなよ」
「ハ! クロム。そんなに私が落ち込んでいるように見えるか?」
「わかんねえ!」
「そうか!」
声を弾ませながら帰り道を歩く、クロムとコハク。真夜中にはそぐわぬ楽しげなマーチ。
二人の後ろでひとつの星が、村へ向かってつるりと流れていった。