星シリーズ

星とヘンゼル
―クロムの夢の、ちいさなちいさなみちしるべ―


 星空の海を泳ぐ夢を見た。嘘じゃない。見慣れたおのれの両の腕で水を掻いて前進し、遥か沖へと泳いだ。
 道標のようにキラキラと輝く、手のひらで転がせそうな大きさの星たち。視線がかち合えば、愛想よくパタタと瞬きを返してくる。家路を失ったおれを静かに元気づけてくれた。

 星が、なんの考えも思いも持ってなさそうなモノが楽しそうにしてただなんて、おかしな話だって思うか? 勝手に思っとけよ。
 おれには楽しそうに見えたんだよ。だからいいだろ。

 ゆっくり導かれるように、パチパチ踊る星のひとつひとつへ順番に触れていく。こっちだよと言わんばかりの、あたたかな光が心地よい。

 何処に辿り着いたのかは忘れてしまった。けれど、胸がきゅ、と締め付けられるように懐かしく、真綿のようにふわふわとした、星の温もりはしっかりと覚えている。
 夢の場所は確かに海だった。



 何かあった際、まず初めに報告するのは千空だ。奴は何でも知っている。
 おれが知っていて千空が知らないことなんて、村のことと、薬草や鉱石の採れる場所くらいだ。おれが知らないだけで、星空が舞い散る海だってあるかもしれないじゃないか。
 千空なら、きっと教えてくれる。もしかしたら連れて行ってくれるかもな。期待に胸が膨らんだ。

「なァ千空、聞いてくれよ! ヤベー夢見たんだぜ。聞いて驚くなよ」

 夢の話をした。千空は相も変わらずおかしそうに笑ってやがる。物事が上手く運ぶのは夢のなかだけだというのを、おれはすっかり忘れていた。

「ククク、よく聞きやがれ、クロム。俺らのいる所から見える星はそんなお可愛いサイズじゃねえよ。残念ながらな」

 さながらヘンゼルとグレーテルだな、テメーの見た夢は。と千空は笑った。三七〇〇年前の人間ならほとんどが知っている物語だそうだ。
 何がだよ。星と菓子が同じだァ? 全然わかんねえ。

「ただ、道を示すためにチカチカ光りやがる物なら、石化前の世界にあったぞ」

 どこか遠くを見ながら千空が話しはじめた。クルマのウインカーってやつ、シンゴーキとかいうマチカドの機械。
 なんか他にも色々あるみたいで、千空はやけに饒舌(じょうぜつ)になった。おれは黙って聞いていた。

「あとは……いや、もう無いな。大体こんなもんだ」

 テメーの夢とは違ってちっともメルヘンチックじゃあねえけどな。千空は、そう言いながらにんまり笑って腕を組んだ。
 なんだよその言葉。どういう意味だよ。教えてくれよ。
 そう詰め寄ったけれど、また今度なとかわされてしまった。

 明日、必ず聞いてやる。きょうはもう寝よう。
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