木吉鉄平
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なんでもない、ただの入学式。
桜が吹雪が新入生達を歓迎する。
どきどきして門をくぐる生徒や、
はしゃいで走り回っている生徒が見受けられ辺りは騒がしい。
ほんとにどこの入学式も変わらない。
私がそう思うのも、私が高校の入学式を迎えるのは人生において二回目だからである。
正門には新入生のほかに、もう一つうるさい理由がある。
部活及びサークルの勧誘だ。
特に体育会系の部活といったら…流石に引く。
『テニス部はいりませんか~?』
『君みたいな可愛い子ならいつだって歓迎されるよ!』
『足細いし、短距離走とか得意?』
なんか勧誘だかナンパだかわからないことになってるけど、私は全て無視して校舎に入った。
さすが誠凛高校…、いやふつうはこんな感じなのかな。
私の一回目とはかなり違ってたな。
『先輩~!』
私の姿を見つけた女の子がブンブンと手を振り寄ってきた。実はこの子、中学のとき部活が一緒だった後輩である。
『先輩が転校してくるなんて夢にも思いませんでしたよ~』
『私も思ってなかったよ…、まさかこんなことになるなんて』
『劇団入団おめでとうございます~!』
そうなのだ、私はある有名な劇団に入った。
そのためにわざわざ転校する羽目になったのだ。ちょうど4月ということもあり、1学年下の子たちと入学式参列したのである。
『ところでどの部活はいるか決めたんっすか?』
『いや、どこも……まだ見てないけど演劇部とか見に行こうかなって』
『そうなんですね!じゃあ、先輩!中学の経験を生かして!あそこに行きましょー!』
『…え?人の話聞いてた?』
後輩は私の腕を掴むと一直線に走り出した。
どこに行こうとしてるのか予想はついてる。
(この子が行きたい部活といえば……)
ゆりはふぅ、とため息をつくと観念したように彼女の後についていった。
『伊月!こっちだ!』
リズミカルにバウンドするボールの音とパスを促す男性の声が響く。到着したのは予想通りの体育館。中を覗くと男子が数人、ゴール下でボールを取り合っていた。
試合中のようで身長の高い男性が数名がジャンプしたりガードしている。
『ふーん…見た感じ、まあまあってとこ?』
『でも彼ら、全国大会行ってますよ先輩』
『へぇー…』
私は小さくため息をつくとくるっと来た道を引き返した。
『ちょ、どこ行くんですか!?』
『うーん、ごめんね?私、バスケはもう上手くないし』
後輩に小さく謝罪すると、止めようとする後輩を残し体育館から離れた。彼女と私は元バスケ部だった。だから彼女はここに連れてきたんだろうけど、私はわざわざ中学のときと同じ部活をする必要はないと考えている。演劇部を見に体育館から離れ、校舎に入ろうとしたときだった。
ドンッ!
『にッ!?』
前を見ていなかった私が悪いのだが誰かとぶつかってしまった。反動で身体が後ろに倒れる。
(え?あ、転ける…!)
ぎゅっと目をつぶったそのとき、腕を引かれ倒れかけていた身体は反対の方に引き寄せられた。ゆっくり目を開けると、先ほどぶつかった男性の姿があった。
『すまん!大丈夫か?』
ぶつかって倒れそうになった私に手を伸ばして引き寄せてくれたらしい。そのせいか距離がとても近い。
『あ、ありがとうございますッ!……ん?』
慌てて離れようとしたとき、その男の顔を見て静止した。この人見たことある…
『どうした?俺の顔に何かついているか?』
『て、鉄心の木吉!?』
重なった言葉に気づいて、私はあわてて手で口を覆う。まさか中学で有名だった彼にこんな場所で出会うとは。
彼は目をぱちくりさせて、そして目をキラキラさせながら私に寄った。
『君、バスケ詳しいのか?』
『え?いや…、それほどでもない、かと…』
私の腕を掴んでいる彼の手に力が入るのがわかる。痛いわけではないが、抜け出せない。
『へー、新入生か!バスケ興味あるんだろ?』
『あ、いや、その……』
『よかったらウチにこいよ!今、女の子少ないからさ』
『え?』
『マネージャーが1人で、俺と同期だから俺達が引退したらマネージャーいなくなっちゃうんだ。続けてくには新しい女の子入れないとって思ってて。見学でもいいからこないか?』
“マネージャー”という言葉に反応する私。
あぁ、ここでもそうなのかと悔しい思いを隠し、私は無理に笑顔を作り対応する。
『考えておきますね。今度、見に行きます』
『おぅ!待ってるぜ』
そう言うと、彼はようやく私の腕を離し笑顔で体育館へ向かった。
(さて、どうしようかしら)
私は急いでスマホを取り出すと後輩にメッセージを送信し、明日見学する旨を書いた。やはりこの悔しさは実際に返さないと分からないだろう。ゆりはクスッと笑った。
“女の子は強くても男の子には体格では敵わない。所詮サポート側だ”
いつだっただろうか。
まだ性別を関係なく遊んでいた頃、男の子に言われた言葉だった。なぜ、女は男のサポートをしなくてはならないのか。その疑問が今でも頭から離れない。
なぜ、女のほうが体型が不利に変わっていくのか。
なぜ、なぜ、なぜ…?
だから先程の女の子ってだけでマネージャー志望と思われてしまったとき、腹が立った。冷静になって考えてみれば、男子バスケを見学しにきているのだから勘違いされても当たり前なのだけれども。それでも……
『はーい!みんな、こっち来て!今から試合するわよ!』
女の子がパン!と手を打つとそれまで聞こえていたボールと音が止まった。
『え?監督、いつもとメニュー違わね?』
『ふふん!せっかく新入生達も見に来てくれてるわけだし!ここは実力を見るためにも実践した方がいいかなーって!』
“監督”と呼ばれる女の子が指揮をとっている。彼女がこのバスケ部の唯一の女子、そしてマネージャーらしい。
彼女は見学していた後輩を指差して、ベンチに移動させる。
『あなたはマネージャー志望よね?じゃあこっちで見ててくれる?』
そう言うと、見学に来ていた残りの複数を男の子をいくつかのグループに分けた。そして相手には先程練習していた先輩達が呼ばれる。
『さあ!今から全力勝負よ!試合、開始~!!』
手を垂直に上げホイッスルを鳴らした。
(いきなり実践をやるのね……)
ゆりはアキレス腱を伸ばし、軽く準備運動をする。そう、私は今、後輩と同じベンチではなく、試合することになった選手側をいる。男装して見学していた私は彼らと試合することになったのである。
唯一正体を知っている後輩がベンチから心配の視線を受けていたが、私はにっこり微笑みウインクする。願ってもいないこの状況に胸を高鳴らせながら、水色の髪の先輩のマークについた。
(なんだ、あの新入生…)
火神が目をつけたのは、試合が開始する少し前だった。筋肉質で明らかにスポーツをやっていただろうと思われる男の子や反対にガリ勉なのかって思うほど文系っぽい男の子達が並ぶ中、1人だけ目立つ奴が混じってた。
黒子よりも身長が低く、さきほどベンチの女子にウインクしていた奴だ。よほどキザなのか、だが火神にとってそんなことはどうでもよかった。ただ、なぜか先ほど女子に向けた笑顔が気にかかっていた。
(いけねえ!集中、集中!)
伊月が日向にパスすると、新入生達はすかさずボールを取りに行く。
フォーメーションなんて気にせず、ただ目の前のボールを取りに行くその姿は素人の動きそのものだった。日向がため息をつくと今度は火神へパスを出した。
今度の標的は火神だというように新入生は勢いよく追いかけていく。
(期待はしてなかったけど…。今年は特殊な奴どころか、経験者もいないのか…)
日向がそう思ったときだった。小さな稲妻がコートを走り、ボールへ向かった。
きっと火神も俺と同じように思ったに違いない。今年はきっと平凡な奴ばかりで、目立った奴がいないって。
そうでなければアイツが油断するはずがない。そうでなければ……
ボールをバウンドする規則正しいリズムが崩れた。それは一瞬の隙をついたように。
『なにッ!!?』
『……。』
奴はボールをはじくとすぐさま体勢を変え、ゴールへ向かった。勿論、火神からボールが取られたことに気づいた俺は焦って走り出す。
そして奴の目の前に来た時だ。
『ごめんなさい』
『!!?』
一言つぶやくと奴は風を切るように俺を抜いた。ただでさえ身長の低い奴が、さらに低く構え俺の横を過ぎる。
そしてそのままひらりひらりと他の選手も抜き、シュートを決めたのだった。
『悪い、遅くなった』
新入生がシュートを決めてしばらくしてから、最も身長の高い彼が体育館に姿を現した。
『ほんと、遅いわよ!』
『すまん。ちょっとやることがあってな』
『ったく。ほら、今新入生達と試合してるわ』
木吉はコートを見回すとたしかに日向達は新入生達と試合をしているようだった。
『へー、まあまあいるんだな……ん?』
『どうかした?』
『いや、あの身長の低い子。なんで試合をして……』
『え?!あの子と知り合いなの??』
食い気味で俺に詰め寄ってきた。
リコのこのキラキラした目は久しぶりに見る。
『あの子、凄いのよ!試合の最初で火神君からボールを奪ってシュートして!』
『お、そうなのか』
『みんなのマークも軽々しくかわして、華麗にシュートしたの!彼は絶対経験者よ!レギュラー間違いなしだわ』
明るい声で語る彼女の話を聞いて、俺は再びコートに立つ新入生を見た。
『彼、か……』
ボソッと呟くと俺は着替えに一度その場を離れた。試合終了のホイッスルが鳴ったのはそれから少し後のこと。残念ながら俺が着替えてコートに戻ったときはその新入生の姿はなかった。
『あの一年生、凄かったわね』
部活後、監督が思い出したようにつぶやいた。その呟き、何回目ッスかと火神が尋ねると、彼女は驚き焦る顔をする。無意識に口から出てきているみたいだ。それを見て火神の顔が歪む。
『まぁ、そうカッカするな火神』
『カッカなんて!俺がするはず…』
『……火神君が負けた後すぐ帰ってしまいましたからね』
『負けてねえよ!一本とられただけじゃねーか!!』
そう、奴は試合中一本決めるとそれから目立つ動きはしなくなった。ボールが回ってきても味方にパスするだけ。試合後は何故か足早に体育館を出ていき、俺が止めてもため息ひとつ残してコートから去っていった。
『思い出しただけでもムカつく…!』
『へぇ、そんなに凄かったのか』
『…!鉄平!どこいってたの、遅かったじゃない』
見学に来た新入生を早めに帰した後、用があると言って出て行った彼が戻ってきたのはその二時間後。とっくに部活動の終了の時間は過ぎていたが、バックは残っていたので全員待っていたのだ。いや、もう少し遅ければバックだけ持って帰宅しようかと話してはいたが。木吉は頭を掻き、申し訳なさそうに詫びた。
『わりぃ。ちょっと用事があってさ。会いに行ってきた』
『誰にですか?』
『んー。昨日あった一年生かな。ちょっと面白くてさ』
『面白くってさ、じゃねーよ!何も言わずに部活サボんなダァホ!!』
部長が背中をガッと蹴ると、動じることもなく謝る木吉先輩。…僕だけだろうか?今一瞬、先輩の顔がなんだか暗く見えたような。
『おぃ、どうした黒子?』
『…なんでもありません。』
僕は静かに話の輪の中に戻った。
遡ること2時間前。
(げ!ゆり先輩抜けちゃったよ…!)
全国大会出場したことがあるバスケ部の先輩達からボールを奪い、マークを交わし、初っ端で華麗なシュートを決めた彼女。その姿は中学生で見たときのままだった。
(さすが元女子バスケ選手。一年間だけ芸能活動してたって聞いてたけど、腕は全く衰えていないじゃん…)
そうだと思ったら部活見学も誘ったのだけども。昨日メッセージで見学OKの返事がもらえたのも驚いたけど、まさか男装してくるとは思いもよらなかった。でも、先輩のプレイが見れると思って期待した気持ちもあったけど。
『あの感じだと保健室にでもいったのかな…』
『誰か保健室に行ったのか?』
『えぇ、多分先輩が……って、え!??』
遅れてコートに来ていた長身のバスケ部の先輩に声をかけられた。
『あ、いえ、先輩っていうか、さっきのシュートを決めて出てっちゃった人です!私と中学が一緒で…えーと、さっきの雰囲気だと保健室に行ったのかなって』
『そっか、保健室か。ありがとう』
そう言うと彼はそのまま体育館を出てしまった。彼が去った後試合再開のホイッスルが鳴り響いた。
(なんてタイミング…)
足を痛めて抜けてきたのはよかったものの、
歩けば歩くほど痛くなり、次第に右足を引きずってしまっていた。保健室に行こうか迷ったが、距離が遠く、とりあえず腰が下ろせる場所で休んでいたのだ。そんなときだった。彼が見えたのは。
(…え!?)
遠くからでも分かるあの長身で茶髪の彼。
木吉鉄平、昨日部活勧誘してきた人だった。何故か体育館から反対方向に向かってきている。
(待て待て、今の私は男の子スタイル…きっとばれないはず…)
『大丈夫か?』
『え?』
遠くに見えていた彼が目の前にいる驚きと
突然話しかけてきた驚きで二重の「え?」が口から出た。
『足を引きずってるようだけど…手伝おうか?』
『だ、だいじょうぶです!これくらい…』
『保健室行くところだったんだろ?…ほぃ』
『に!!!?』
ふわっと身体が宙に浮いた。
担がれたわけではない。いきなりお姫様抱っこされてしまったのだ。突然のことで思考が追いつかなかったが、あまりにも自然な動作に身体が硬直する。そしてあんなにも遠くに感じていた保健室にあっさりついてしまった。
『すみません、先生いますか?』
沈黙の時間が流れる。
先生は不在のようだ。
『いないようだな』
『そうですね』
『どうするか…とりあえず湿布でも貼るか?それとも先生を待つか…』
『あの…その前に下ろしてほしいです…』
突然のことで処理しきれず顔が熱い。木吉は椅子に優しくゆりを下ろすと、その後は先生の代わりに湿布を貼って対応した。
『バスケ部、見に来てくれたんだな』
『え、あ、はい。』
『そうか、よかったら入ってくれ。楽しいぜ』
『…考えておきます』
処置が終わり保健室を出ると、ゆりは深々とお辞儀をした。とりあえず男装姿でやり過ごせたことに安堵したときだった。
『昨日の誘いに乗ってくれてありがとな』
『!!?』
ビクッと反応し顔を上げる私。
その姿を見て木吉はニコッ笑っている。
いつからバレていたのだろうか。
ゆりは恥ずかしくなり、再びお辞儀をすると、顔を赤くしながらその場から逃げた。
このあと監督がゆりを気に入り、部員に命じて彼女を探し、何回も勧誘しに行ったのは言うまでもない。