†近いようで、遠いようで†
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恋多き男
ロイ・マスタング
こなさければいけない仕事も数多くあるというのに
スケジュール帳をうめつくすデートの約束も半端ない
そんな彼でも
不思議な事に恋人はいた
驚くべき事に、その恋人は彼の浮気に対して一言も文句を言わなかったのだった
「南美」
肩を叩かれて振り返った南美は、そこに恋人であるロイの姿を見留めて歩みを止める
「珍しいわね。司令部内で声をかけてくるなんて」
厭味でもなく
ただ普通に
純粋な疑問としての問い掛け
「なに、今日は早く仕事が片付きそうだからね。一緒に食事でも、と思ったんだが」
「…いいわよ。私も今日は定時あがりの予定だから」
少し考えてから南美はロイに答える
それを聞いたロイも満足そうに頷いた
「じゃあ、いつもの時計台のところで待ち合わせだ。頼んだよ、南美大佐」
後ろ手に手を振り去っていくロイを見送りもせずに、南美は再び廊下を歩きだす
南美が文句を言わない一つには、南美がロイと同じ大佐の地位にあるという事もあった
まだまだ男尊女卑の色濃い軍部内で
女性が
しかも軍人家系でもない者が地位を持つのは異色の事で
日々の雑務に追われる中、ふと気づけばロイの浮名が広まっていたのだ
放っておいたくせに文句を言う権利はない
誰に『咎めないのか』と言われても南美の回答はそればかりだった
定時を少し過ぎたくらいに上がり、約束の時計台で待つ事30分
司令部を出る時に、ロイの姿が無かったのは確認済みで、ロイが仕事で遅れている、という事は有り得無かった
秋が近づき冷たくなった風に身震い一つして、南美はその場を離れる
これ以上待ってもロイはこない
南美の判断は正しく、過去のどの待ち合わせを遡っても、後からロイがやってくる、という事は無かった
そして深夜過ぎに一緒に住んでいる家の玄関を開けて帰宅する
お酒と女物の香水の香りをつけて
その日も結局、何の例外も起こる事なく時間が過ぎた
持ち帰ったやりかけの書類を片付け、南美はシャワーを浴びてリビングに
床下のワインセラーから赤ワインを一本を取り出し、グラスにそそぐと、ボトルと共にソファへ腰を下ろした
「…こんな日にもすっぽかされるなんて、もうダメかしらね」
グラスを傾けながら自重気味に笑う
今日は南美の誕生日
このワインは、もし一緒にいれるなら、と買っておいた取っておきの一本だった
最後の一杯をグラスに注いだところで、玄関のドアが開く音がする
足音が近づいて、リビングのドアが開かれると、ロイが不思議そうな顔をして南美を見つめた
「まだ起きていたのかね」
「えぇ。書類を片付けて今シャワーを浴びたとこ」
そうか、という返事がしてロイが南美の隣に着席する
「…いいワインだ。どこに隠し持っていた?」
「ワインセラーの奥よ。今日飲もうと思って」
ボトルのラベルを興味深げに見るロイを横目で見ながら、南美はグラスに残ったワインを一気に煽った
「なんだ、私にはくれないのかね」
飲み干してしまったグラスを残念そうにみやり、ロイはボトルをテーブルに置く
「私の為のワインだもの」
言って立ち上がろうとした南美をロイはソファに縫い付けるように押し付ける
「…南美」
ゆっくりと迫るロイ
キスなんていつぶりだろうかと酔いが回った頭で考える中、ふ、と我に返る
最近よくロイに纏わり付く
キツイ香水の香り
「やめてっ!」
ロイを押し返そうと手を出すもその手を掴まれ、寧ろ拘束される
「嫌っ…!やめてって言ってるでしょ!?」
狭いソファで暴れるも、ロイはびくともしない
「ふっ…んぅっ‥」
唇にそれが触れて、割って入ってきた舌で口内を掻き回される
バスローブの裾を割ってロイの手が南美の太股を撫でた
「っは…私にっ‥触らないで!」
「どうして‥?恋人同士が触れ合うのは当然の事だろう?」
よくもぬけぬけと言えた物だ
触れられた喜びよりも屈辱が心を掻き乱して、思わず南美は泣きそうになる
「他の女に触れた手で、私に触らないでっ!!」
めいいっぱい叫ぶと、ロイは動きを止めた
「約束をすっぽかして、女物の香水を纏わり付かせて…よくもまぁ恋人だなんて言えた物ね‥」
酔いのせいかつっかえていた物が全て口から零れる
「‥他の女はそれでも喜んで抱かれるのかもしれないけど、私はそんな安くないわ」
体中の温度が下がっていく気がして
出かかった涙も影を潜めた
黙り込んだロイを押しのけて、リビングを出る
自分から終了の告知をしてしまった
後悔なのか
絶望なのか
よく解らない感情がグチャグチャと頭を掻き乱す
自室のベッドに体を預ければ、何とも言えない空虚さと諦めにもにた感情が沸いて来る
ロイを怒鳴り付けたのなんていつぶりだろうか
随分長い事していなかった気がする
気持ちが高ぶったからか、それとも早い二日酔いか、頭痛がして枕に顔を埋めれば、意識は自然と眠りへ誘われていった
頭のどこかで、扉をノックする音がした
部屋の鍵はついていないから、入ろうと思えばいつでも入れる
大体
いつも勝手に扉を開けるじゃない
ぼんやりする視界の中、部屋に入る誰かが見える
この家では当然解りきった話
優しく頭を撫でられる感覚に体の力が抜けていく
心地良い
そうだ
昔はこうやって先に寝てしまった自分の所へロイがやってきて、頭を優しく撫でてくれた
朝目覚めるまで隣にいてくれて
暖かい腕で抱きしめてくれる
そんな懐かしい感覚を思い出して、南美はゆっくりと目を開けた
「‥起こしてしまったかね?」
「…えぇ‥珍しい事するから」
頭はまだぼんやりとしているのに、口の方は悪態をつけるくらい元気らしい、と内心で苦笑
「何か用‥?もう眠たくて…」
「知っているよ」
欠伸を噛み殺して聞けば、ロイはその隣に横になって南美を抱きしめる
石鹸の香りと体温の高さに、ロイが風呂あがりだと解って、南美は素直に受け入れきれずにロイをみやった
「少し、怒らせたかっただけなんだ‥度が過ぎた…すまない」
「…何‥?」
一瞬何を謝られたのか解らず、南美は眉根を寄せる
「何をしても君は咎めないから、その内、本当の目的を忘れて…」
「あぁ‥」
それが今までの言い訳と知ると、南美の眠気は一層強いものになってしまう
「その話は明日にしましょう…もぅ‥」
眠たい
そう言えたかどうか解らない内に、南美は再び眠りに落ちた
どうせこんなもの
都合の良い夢に違いないのだから
翌朝南美は酷い頭痛で目を覚ます
隣には誰の姿もない
やはりあれは夢だったのだ
大きく伸びをしてカーテンを開けると、明るい太陽の陽射しが二日酔いの体にこたえて目眩をもよおす
何とか身支度を整えて家を出て、南美は何か違和感を感じていた
何か違う気がする
人の気配
肌で感じる空気
まさか昨日吐き出した鬱憤のせいで世界が変わった訳でもあるまい
南美のその疑問は、突如鳴り響いた鐘の音で確信に変わる
広場の時計台
鐘の音
その針も音も、確実に午後を告げていた
状況を理解しかねてこめかみを押さえる南美を背中から誰かが抱き留める
「‥どういう事か説明して」
「家中の時計を6時間遅らせた‥」
背中から聞こえる声はロイの声
「もう君は私に興味がないんだとばかり思っていた…もし、昨日君が怒らなければどうしようかと‥」
「くだらない」
南美に一蹴されてロイが明らかに戸惑う
「そんなくだらない事の為に私は傷つけられていた訳?」
「…すまない‥」
消え入りそうな声でロイは言うも、抱きしめた手だけは離そうとしない
「君の気を引きたかった。ただの情けない男だ」
「‥そうね」
ただ情けないだけなら、こんなにも長く半端ではいなかった
そうじゃないから困る
「誓う‥これからは君だけに誠実になると。だから‥」
「半年分ね」
自らに回された腕をその手で握り、南美がロイの言葉を辿る
「6時間分、時計を戻したんだったら…半年だけ、巻き戻してあげる」
半年前
南美はまだ大佐の地位にはなかった
「…寛大過ぎて馬鹿みたい‥」
捨ててしまえれば楽なのに、と付け足す南美の頭にロイが後ろからキスをする
「確かに‥今まで寛大だったが、今からはもっと狭量になってくれていい…もっと私を束縛してくれ」
強く抱きしめるロイの腕に久方ぶりの安心感を抱きながら、南美はその手を解いてロイに向き直る
「今度からはそうするわ」
そして満面の笑みで
ロイの頬をひっぱたいた
時計台の鐘も鳴り終わった広場に、小気味のいい音が響く
「っ‥南美…!?」
突然の事に戸惑うロイにもう一発
反対の頬に平手が入る
「…これでも足りないくらいよ。簡単に許されると思わないで」
颯爽と歩いていく南美の背中を追うロイ
現場を見た人からこの話が街中に広まるまで、そう時間はかからなかった事を、ロイは翌日に知る事になる
『マヌケなロイ・マスタング』の名と共に
END
2010/10/27 瑠鬼
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