†再会†
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遠くから見つめてるだけでいい
貴方の姿を
離れから見守るくらいが
調度良い距離
†再会†
街はいつだって穏やかに人の時間を見守ってる
すれ違うだけの人々の中にドラマがあるから、私は道行く人達を見つめるのが好きだ
そしてその道行く人達の一部が、私の育てた花を手に取り私とすれ違うっていくのが嬉しい
それが一度きりの出会いでも
「すまないが、至急バラの花束を…あ、いや…結婚記念日に貰って女性が喜びそうな花束を作ってくれないか」
「はい、ただいま」
返事をして、店に入ってきた男をみて絶句した
「…ロイ‥?」
「?」
いや、そんな筈はない
「…以前、どこかでお会いした事が…?」
振り切った答えを肯定する声に驚きと嬉しさが混じって、そして落胆へと変わる
無理もない、10年以上も会ってないのだから
「いえ…それより、お急ぎで…との事でしたが…」
「あぁ、至急頼む」
そうか、結婚してるのか
落胆の色が更に深くなるのを感じながら、彼の奥さんを想像してみる
「奥様のお好みの色は何色ですか?」
「とにかく派手な色だ」
「結婚何年目ですか?」
「25年だ」
花を選ぶ手が思わず止まる
その年数はどう考えてもおかしい
ロイは私と同い年だ
結婚生活を25年も営めるはずがない
「あの…大変失礼ですが、どなたの結婚記念日で…」
顔に出ていたのか
それとも声に出たのか
彼は一瞬黙って小さく喉を鳴らして笑った
「あぁ…すまない。私の結婚記念日ではなく、上司のなんだ。頼まれてね…くっくっ‥いや、すまない。説明が足りなかったようだ。私はまだ独身だよ」
「申し訳ありません。私の方がはやとちりをして‥」
なんだ、独身か
安心したようなため息が自分の口から漏れて我ながら驚く
「奥様はおいくつぐらいなんですか?」
「…47‥いや、48だったかな?」
小首を傾げてふむと唸る
「…では、ブラックティーなんかはいかがでしょう?バラといえば、赤やピンクのイメージがありますが、紅茶色した落ち着いた色なので、派手さは欠けますが甘い匂いがして女性に人気の品種ですよ。珍しい品種なので、特別な日には合うと思うんですけど」
「よし、ではそれで適当に花束を作ってくれるか?」
「はい」
花を選んで束ね、ラッピングにかかる
花が落ち着いてるので、ラッピングも煩くない色を選んで
若い彼が持つには、少し大人しすがる気もするが、代理購入なら構うまい
「お待たせしました」
「‥あぁ」
花束を渡し、お代を受け取ろうとした時だった
「ところで、このピンクの花は?」
「マダム・ピエール・オジェといいます。バラというよりかは、薄ピンクの牡丹のような花ですね。オールドローズで香も強い花になります」
なら、と言って手を伸ばした彼は、マダム・ピエール・オジェを一輪取ってその香を嗅いだ
「確かに、甘いな‥これも一本つけてもらおうか」
「はい」
「あぁ、そのままでいい。これは君にあげたいのだから」
「ぇ‥?」
「…どうも君には初めて会った気がしない…‥名前は…?」
「‥芽森・ジェラード」
気づかれるかもしれない
そんな期待と不安が、私の胸の中を走り回る
ロイがこの街にいる
それだけで十分
私だと判ってしまったら、ずっと捨て切れなかった想いが溢れてしまう
「芽森‥そうか。また来るよ」
しかし、そんな私の胸中を裏切って、意外なまでにさっくりと
彼は私の前から去ってしまった
気づかなかったの?
私だと判らなかった?
一時は
あんなに貴方の傍にいた幼なじみだったのに
溜息を着くと余計な言葉が零れていきそうな気がして、彼が店を出て姿を隠すまで息を止めていた
擦れ違っていく人達が好きだ
でも、歩みを止めて私を振り返ってくれる人もいる
彼はそういう人ではなかっただけ
私と彼の道が交わってたのは、過去の一時期だけなんだ
悲しいよりも寂しかった
でも、何故だか感傷に浸る気にはなれなくて
忙しくもない店の中で花に囲まれながら、人々が過ぎていくのを見つめていた
>
20時を告げる時計の音で我に返った
ロイが去ってから4時間
それとなりに接客していた気もするが、あまり記憶にない
思ったよりショックなのかも
そう思いながら、沿道に出ている花達を中に入れて、片付けを始める
と、その時だった
「もう店じまいかね?」
振り返ると、青い軍服
ロイが立っていた
「さっきの花束、凄く好評だったらしくてね。お礼にとケーキを買ってきたんだが…甘いものは?」
「大丈夫ですけど…そんな気にしなくても良かったのに…」
こちらは仕事なのだから
そう言いかけて口をつぐむ
せっかく通り過ぎた人が、振り返って引き返してきてくれたのだ
「座って待ってて下さい。片付けたらすぐにお茶入れますから」
店奥の休憩に使う部屋に案内して、いつも通りに片付ける
本当は2階が自室なので、そちらに呼んでも良かったのだけど…
「お待たせしました。紅茶でいいですか?」
「あぁ、構わんよ」
彼の同意に少しホッとしてお茶の準備をする
私の趣味で紅茶しか置いてないからだ
「…アプリコットか‥」
煎れたてのお茶に早速口をつけて、ロイは言った
「よく解りましたね。私、ハーブティーとか苦手で‥アプリコットが一番好きなんです」
あまり取り扱いがないですけどね
そう付け足してカップに口をつけた
嫌に緊張してる自分がいる
「気に入ってくれるかどうか解らないんだが…」
そう言ってロイが開けた箱の中にはティラミスと苺のショートケーキ
「どちらがいいかね?」
「選んでもいいんですか?」
「もちろん」
彼は満面の笑みで頷いた
きっとこの笑顔に惑わされる女性は多いんろうだな…という笑顔で
「じゃあ…‥ティラミス!」
どうぞ、と手渡されたティラミス
好物を目の前に、少し顔がにやける
「いただきます…‥…ん~、美味しい!」
絶妙だ
ココアのビターさとクリームの甘味が絶妙なバランスを保っている
何より、底に添えられたスポンジがコーヒー味でないのが良い!
「相変わらずコーヒーが嫌いなんだな?」
突然の言葉にケーキを食べる手が止まる
「ティラミスが好きなくせに、コーヒーがダメだとか…紅茶は甘いフレーバーじゃないと受け付けないとか…変わらないな芽森」
言葉が出ない
どうして?
気づいてたの?
「マダム・ピエール・オジェ…あれで気がついた。君のお母さんの作った花は香りが素晴らしくて、得にマダム・ピエール・オジェは近所の花屋が欲しがるくらいだったろ?」
オールドローズの栽培は難しい
花の香りが強い分、虫がつきやすくダメになりやすいからだ
母さんの花は確かに評判だった
「‥私…気づいて無いものだとばかり‥」
「確信が持てなかったからな。だからこうして試してみた」
酷い、とは言えなかった
少し寂しかったなんて言えない
もう私達は大人だから
気づいてくれただけでも喜ばなくては
「ところで芽森、今は付き合ってる男はいないのかね?」
「っ‥!?」
いきなりの問いに、思わず飲みかけの紅茶を吹きかけた
「今も昔もいませんよーだ」
「そうか」
と何やら満足げに微笑んで、ロイは紅茶を啜った
「そういうロイは?」
「今はおらんよ」
『今は』というフレーズがやけに刺さる
「芽森、結婚しよう」
「は!?」
突拍子も無い言葉に妙な声が漏れる
この男は今何を‥?
「君が引っ越す時約束しただろう?」
『芽森、どこに行っても俺が必ず探し出す。その時は、俺と結婚しよう』
「だって!あれは…もう昔の話じゃないっ‥私達、いい大人なんだから…」
戸惑いを知られたくなくて、紅茶を飲み干して、片付けの為に立ち上がる
「いい大人だからだよ」
逃げられない
背中にロイの熱を感じてそう思った
「他に想う男がいないのなら、黙って頷いてくれ」
「でも…」
「でもじゃないよ、芽森」
ロイの声が耳元で聞こえて体が震える
早鐘のように打つこの心臓が、答えをロイに伝えてはいないかと心配になる
「…今でも‥貴方が好きよ…ロイ‥」
"私もだ"
笑みを含んだ音が、キスと共に私に振った
END
2008/12/22 瑠鬼