†後悔†
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恨んでも
恨んでも
足りないくらい
憎いの
†後悔†
「いらっしゃいませ!」
東方司令部にほど近いこの喫茶店は、その狭さに反比例して人の出入りが多い
喫茶店と名をつけていても、そこそこに腹を満たす料理が出てくる上、味も文句のつけようがないほど美味だからだ
なのでこの店のウェイトレスは『頭が切れないとやっていけない』と有名で、アルバイトの女の子がすぐに変わるのも有名であった
ところが
最近記録をぬりかえるツワモノが現れ、店は更に混雑していた
「ロイさん!」
「リヨン、相変わらず忙しそうだね」
「えぇ、そろそろいらっしゃる頃だと思ってお席用意してました。あちらの窓際にどうぞ」
リヨンは失礼の無い程度の早口でロイを案内すると、他の客のオーダーを取ったりと忙しそうに店内を走り回っている
明るくて可愛いウェイトレスのいるこの店への来店も日課となりつつあるロイ。
その理由の一つには彼女見たさで集まる客の牽制も兼ねていた
というのも、この界隈でロイ・マスタングと恋愛面で勝負しようという勇者がいないこと、彼女が一ヶ月前にストーカーに襲われた事と関係している
「ロイさん、お待たせしました。今日のオススメはチキンの香草焼とオムライスです。あとこれ、オーナーがおやつにってサンドイッチです」
「いつもすまないね。オーナーによろしく言っといてくれ」
「はい!」
リヨンは返事をして、また忙しく店を走り回る
その日の業務を終えたリヨンが店を出る頃、ロイはその店の前で車を停めて待っていた
「リヨン、お疲れ様」
「ロイさん!ごめんなさいお待たせして」
小走りでロイに駆け寄る姿に内心満足しながら、ロイはリヨンに向かって少し足を進めた
交際している訳じゃない
だが、友達以上恋人未満な関係であると、ロイは自負している
「今日はお夕飯、私の番でしたよね?材料は買ってあるんです」
そう言って微笑むと、リヨンはロイの手をとる
冷たい、と一言呟いて自らの吐息でその手を温めるリヨンに愛しさを覚えて、ロイは彼女の額に軽く唇を押し当てた
「行こうか、リヨン」
助手席のドアを開けて彼女を促し、自らが運転席に座って車を走らせる事15分
リヨンの借りているという家に到着
「すぐに準備しますから」
と言ってキッチンに向かうリヨンを見つめ、ロイはソファに腰を下ろして一息着いた
何度か訪れているこの部屋なのに、いつ来ても新鮮な気持ちでいられるのは、リヨンとの関係がまだ深くないからかもしれない
そう思いながらも、ロイはいつまでも自分が慎重でいる事に気づいて苦笑した
そうしているうちに料理は出来上がり、その日にあった事を話ながら食事を終え、食後のコーヒーを飲んだところで、ロイの意識は途切れる事になる
ロイは体の不自由を感じて目覚めた
何故か体が縄で椅子に縛り付けられている
虚ろな視界に映ったのは、先程までいた部屋に立つリヨンの姿
その表情は複雑に彩られていた
「‥リヨン…?」
呼ばれてビクリと体を震わせたリヨンはゆっくりとロイに近づき、その頬に両手を沿えた
「‥起きちゃったんですか…?眠っていた方が楽にいけたのに‥」
「リヨン?」
「……大丈夫‥。私も後でいきますから」
テーブルに置かれた縄を取り、その感触を確かめるかのようにそっと撫でた
「どうして‥」
「どうして貴方だったの…?」
呟くと同時に零れた雫をロイは困惑と共に見つめた
「…セントラルで、姉は貴方の事だけを見つめていたわ‥…なのに貴方は‥姉を弄んだ上に…仲間に姉を犯させた…」
覚えのない出来事にロイは更に困惑した
「覚えてないなんて言わせない!!姉さんは男達に犯されて身篭ったのが解り、正気をなくして自殺したわ!私、見たもの!ロイ・マスタングと名前がある手紙をっ…」
半ば半狂乱になって喚くリヨンはロイの膝の上に腰を下ろすと小さく唸るように呟いた
「…どうしてそんな酷いことしたの…?フィーネ姉さんを返して…っ…私の…たった一人の肉親だったのに…」
「…フィーネ‥?」
反芻するように呟いたロイは、ハッとしてリヨンの顔を見つめた
「フィーネは死んだのか‥」
「そうよ!‥っ…」
反射的に顔を上げたリヨンは、ロイの悲しげな瞳にぶつかり絶句する
「…そうか‥…姿を見なくなったのはそのせいだったのか…」
「何よ他人事みたいにっ…各地を周る軍人には一時の戯れでも、私たちにはっ…―」
「リヨン」
ロイの声が言葉を遮り、リヨンは押し黙った
「フィーネとは、私だって真剣だった…‥だが、彼女はある日を境に私の前から消えてしまった‥後から軍の一部兵士が私の名を騙って詐欺を働いていたという事が解り、奴らのリストに彼女の名前があって…慌てて彼女を探したが…」
「…嘘‥っ‥そんな話信じるわけないじゃない!」
「‥信じられないなら、その縄で私を殺して君の好きにするといい…彼女を守れなかった罪は私にある」
そう言ってゆっくりと瞳を閉じたロイに、リヨンは震える手で首に縄を回した
「…‥出来る訳ないじゃないっ‥!貴方に出会って、貴方はホントにそんな事する人じゃないって、嫌っていうほど知らされてしまったっ…‥だから私、殺してやりたいと思いながら、貴方の事愛して…っ‥」
泣きながらリヨンは叫び、縄を取り落とすと、ロイの拘束を解いた
「‥帰って下さい…‥もう二度と、貴方の顔なんて見たくない…」
その後も変わらずリヨンは店に出ていた
急にいなくなることも出来たが、よくしてくれたオーナーに何も言わずに辞める事は気が引けたからだ
「今日は嵐になりそうだなぁ…」
キッチンから顔を出したオーナーが窓の外を見てリヨンに言う
「リヨンちゃん、上がっていいよ。荒れてからじゃ危ないし、店は閉めるからさ」
「解りました、じゃあ片付けますね」
そう言ってリヨンが頷いた時、店のドアが開いた
振り返ると、そこにはあれ以来店に来ていなかったロイの姿
「リヨン、少し時間をくれないか」
ロイの手には、雨風に打たれた封筒が握られていた
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オーナーが煎れたコーヒーをリヨンがテーブルに運ぶと、ロイは封筒の中から紙束をだしてリヨンに見せた
そこには、リヨンの姉が騙された詐欺団のメンバー、関わっていた軍属の人間、証拠品、そして被害者のリストと事件の概要が書かれていた
「フィーネがいなくなってすぐに摘発された…全員逮捕されて刑に服している」
「…‥」
「…私の無罪を主張したい訳ではないが…‥これで少しでも気が晴れればと思ったんだが…」
ロイの声が聞こえてるのかいないのか、リヨンは資料の一枚を目にしてワナワナと震え、涙を零した
それは、被害者の所持していたロイの名を騙った手紙と、容疑者の字、そしてロイ本人の字を比較したものだった
ロイは常なら署名を筆記体で書く為、草書体で書いた時でもRの書き始めにヒゲが着く
それを中心に筆圧や形状を検証していた
リヨンが支払いのサインの時に何度かこの目で見ていた物だ
「‥Rの字が…違いますね…ロイさんの字じゃない…」
「姉さんも…こんな事に気づかないなんて…」
苦笑とも泣き笑いともつかぬ笑いを浮かべてリヨンはロイに震える声で言った
「…警察に…行けばいいんですか‥?」
「何故?」
「私、貴方をっ…ー」
「リヨン」
リヨンの言葉を牽制して、ロイは静かに首を振った
「もし、君が私に罪悪感を感じているのであれば…一つお願いを聞いてくれないかね?」
「‥はいっ…」
真剣な顔で見つめるリヨンにロイは穏やかに微笑んでコーヒーに口をつける
「私の傍から消えないでくれ。もう、大切な人が私の前からいなくなってしまうのは嫌なんだよ」
「…でも‥」
「リヨン、私が聞きたい返事はそれではないよ」
戸惑い、口ごもるリヨンにロイは更に言葉を続けた
「君の悲しみも、憎しみも、総てを受け止める役目に、私を選んでくれないだろうか?」
「…‥どうして‥?」
「君が愛しい‥それだけが理由じゃいけないかね?」
質問を質問で返す卑怯さを実感しながら、ロイは目の前の驚いた顔が小さく横に振られるのを見逃しはしなかった
END
2008/12/22 瑠鬼
2009/1/31 加筆