†旋律†
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
彼が
ここに来るようにたなったのは
いつだろうか…?
裏路地に近い場所にある
客入りの少ない
小さな店
その場所で
ピアノを弾く私と
酒を飲みに来る彼と
この距離と
この空間と
いつだって
何も
変わらない
ホラ
彼が来た…
「やぁ・・こんばんわ。氷璃」
「こんばんわ。大佐さん」
ピアノを弾く私のとってはいつもの挨拶
彼は私の鍵盤に触れる手を見ながらいつもグラスを片手に立っている
「いい加減名前で呼んでくれないかな?」
苦笑めいて彼がいう
彼の名前を知らない訳じゃない
女ったらしで
童顔で
国家錬金術師で
大佐の地位を持つ男
ロイ・マスタング
「お客の名前なんていちいち覚えられないわ」
「確かに」
自嘲めいた笑いを含んで彼はグラスに口を付けた
いつもは
ここで会話が途切れる
「今日の曲は一段と美しい音色だな…」
「好きなの」
「タイトルは?」
「『月の光』…ドビュッシーをご存知?」
「名前だけならね」
それっきり彼の耳はその旋律にのみ傾けられたようだった
少し
嫉妬する
私がピアノなら
彼の体温を直に受けれる
彼の五感を
独占できる
我ながら馬鹿らしいとは思うけど
彼に惹かれてしまった自分の気持ちに
嘘は付けない
「氷璃…」
「何かしら?」
弾き終わって
今日のノルマを終えた私の手を彼が掴んだ
「もう一曲…私の為に弾いてくれないか…?」
「貴方の為に…?」
「あぁ…」
「いいわ」
頷いてもう一度席に座る
時間も遅くなっていて
客は彼しかもういない
マスターは何か気をきかせて奥へ行っていた
余分に一曲くらい構わないだろう
「何でもいいの…?」
「あぁ…もう少し酔っていたいんだ」
「珍しいのね」
そう言って鍵盤に手を置く
弾く曲は決まっていた
「・・…これはまた…手厳しい…」
彼が苦笑して呟く
私は何も答えなかった
「『禁じられた遊び』…民謡だな」
数分の短い曲
それでも今日に限ってはそれが長く感じる
「氷璃」
鍵盤に触れていた手を無理矢理引かれ
柔らかい感触が唇に触れる
「『禁じられた遊び』この曲の別称は『愛のロマンス』」
「お付き合いは…一晩で宜しいのかしら…?」
呟くように言ってみる
しごく当たり前のように
客が一晩を求める事はよくあった
その度に断ったけど
彼を拒む気は無い
彼に惹かれている自分がいるから
「そうだな…」
彼の口元が弧を象る
「一生だ」
「ぇ…」
「朝も昼も夜も…私の傍に居て私の相手をしてくれ…」
「意味が…解ら無いわ…」
平静を装う
勝手に勘違いしないよう
勝手に期待しないよう
「素直に受け取ってくれてかまわない」
手の甲に口付けて
左手の薬指に指輪をはめて
「氷璃、君の全てを・・私だけのものにできないだろうか…?」
聞くまでもなく解っている
そんな顔をして質問するのは
「卑怯よ…」
「欲しいものは必ず手に入れる主義でね」
「飽きたら棄てるのね?」
彼の首に腕を回す
「いいえ…飽きさせない…」
「楽しみにしてるよ」
言ってどちらからともなくキスをする
いつもの場所
裏路地に近い所にある
客入りの少ない
小さな店
ピアノを弾く私と
酒を飲みに来る彼
この距離と
この関係は
たった一曲で
音を変えた…
「氷璃」
「何?」
「今度は君の旋律が聞きたい…」
END