長編「今度はあなたを」
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ゴールデンウィーク初日は、広達が家に突撃したことを除けば最高の一日だった。
彼女の手料理、彼女と観た映画、その後のハプニング。
脚が痺れた俺は彼女を押し倒してしまったのだ。
その時の道明先生は、全てを受け入れたように目をつむっていて……。
つまり、俺達はめちゃめちゃ良い感じなわけであって。
もう一押しすれば彼女とめでたく恋人に相成れるわけで。
明日も道明先生に会いたい。
その続きを期待しているわけでは決して無い、わけではないが、何よりも彼女と過ごす時間は楽しい。
彼女の笑顔が、優しさが全て心地良いのだ。
だから俺は「明日はどうしますか?」なんて、さりげなく聞いてみる。そう、さりげなく。
「先生のお宅にお邪魔するのは、教員としてさすがにもう……」
学区内に住んでいる俺を気にする彼女は、視線を彷徨わせている。
彼女の口調の歯切れは悪くて、まるで彼女も俺と共に過ごしたいように思えてならなかった。
俺の家はだめ。
かと言って金欠の俺がいるため遠出は無理。
別れ際の改札前の彼女は、躊躇いながらも大胆な提案をした。
「………うちに来ます?」
今日はそもそも俺の怪我を想って、俺の家に来てくださったわけで。
怪我が治った今、それでも俺達が会う理由は、それはもうお互い自身が理由なわけで。
心臓が助走もせずにばくばくと全力疾走しだすのが分かる。
「行きます!」
即答した俺に、彼女は破顔する。
そしてゴールデンウィーク二日目。
彼女の家は童守駅から数駅離れたところから、更に10分ほど歩いたところにあるこざっぱりとしたマンションの二階。
「散らかってますが」
なんて仰りながら中へ勧めてくれる。
「オ邪魔シマ…ス……」
口から心臓が飛び出るんじゃないかというくらいの緊張で、俺はブリキのロボットのような動きでリビングへと続く短い廊下を歩く。
途中、洗濯機が設置された脱衣所が目に入り、そこで化粧をしたり、入浴するために道明先生があれこれするのを想像してしまう。
リビングは片付いていてさっぱりとした印象だが、所々小物が飾られていて、彼女のこだわりを感じられたし、何より良い匂いがした。
「どうぞこちらへ」
フェイクレザーの小型のソファに座るよう促され、しずしずと腰を下ろす。
「今度は鵺野先生のお好きなものを見ましょうか」
小型の液晶テレビは、白のローテーブルを挟んで、小さなソファと向き合う形で配置されている。
ここで彼女は寛いでいるのかと想像するとニヤニヤしてしまう。
そして道明先生の言葉どおり、俺は馬鹿正直に、恐怖映像100連発を選んだのだ。
テーブルにお菓子を置いて、ソファに拳二つ分あけて座る俺達。
そして液晶からはおどろおどろしいBGMと共に地を這うような声のナレーションが流れ出し、数々の心霊映像モドキを解説し始めたのだ。
彼女が、偽物の映像にびくりと体を震わせた時に、俺はようやく「何をやってるんだ」と気がついた。
意中の女性と二人きり。
しかもそれほど大きくはないソファを二人で座って。
普通ならば、男女が良い雰囲気になるべきシチュエーションではないだろうか。
それこそ恋愛映画を観て、エンドロールに何気なく視線を交わし、そして二人は顔を寄せて、ソファに倒れ込む………そんな流れにするべきではなかったのだろうか。
ていうか、道明先生は先日怖い思いをしたばかりだというのに、俺は再び怖がらせているし。
俺はチャンスを逃した喪失感と、彼女への罪悪感に膝を抱える。
「あー…………俺は何をやっているんだ………」
つい、呟いてしまう。
「鵺野先生?」
道明先生は不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
その瞳には軽蔑も怒りの色もはらんでいない、まっすぐな瞳だった。
「なんか俺ばっかり楽しんでてすみません…」
「ああ。そんなこと」
何故か納得した様子の彼女は、小さく笑いながら、テーブルの上に置かれたチョコレートを摘まむ。
「鵺野先生らしいなと思いました」
「俺らしい………それって貶してます?」
「まさか!」
チョコを頬張った彼女の息は甘かった。
恐怖映像100連発は終わりを迎え、投稿された心霊写真と共にスタッフロールが流れている。
これも八割ほど偽者だ。
恨みがましくこちらを睨みつけてる奴はだいたい偽物だ。
「霊感があると、映像でも本物かどうか分かるんだなって驚きました。それにこういうのって、独りじゃ観られないし…新しい世界を観たっていうか」
俺を気遣うように彼女は早口で捲し立てた。
彼女は本当に優しい。
そんな彼女の優しさに俺は甘えてしまっている。
胸の底から湧き上がる愛しいという気持ち。
膝から顔を上げて彼女を見れば、柔らかな笑みがすぐそばにある。
「道明先生……」
触れたい。
彼女の頰へと腕を伸ばしたとき、道明先生は思い出したように「あ」と声を上げ、立ち上がった。
「そうだ鵺野先生」
「はははははい?!」
行き場をなくした片手は、誤魔化すために俺の頭を掻くこととなった。
「お昼はどうします?一緒に作りませんか?」
「へ?」
突拍子も無い提案をする彼女の目は少し潤んでいて、頰が紅い。
さきほどのやりとりに照れている……と解釈していいのだろうか。
「調理実習みたいに」
昨日、俺の家で一緒に皿洗いをしたことを思い出す。
「餃子を作りましょう」
「餃子?!」
「やることがなくて暇だって言われたらどうしようかと思って、餃子の皮を買ったんですけど……」
むしろ彼女にやりたい事がありすぎて心臓が忙しいけれど、彼女が俺のために色々考えてくれていた事と、彼女と何かを共にするという事に口がニヤけてしまう。
これは、愛の共同作業というやつではないだろうか。
「やりましょう作りましょう!」
俺も立ち上がり、いそいそとキッチンに向かうことにした。