突然のお誘い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ー 今日の夕御飯、朱美の家で食べていい?
彼からそんな通知が来るときは、決まって学校の食堂で彼の嫌いな練り物が出るときだ。
私が住むコーポウズマサの前に建つ、このマンションの名前の由来になっている、渦正学園には寮がある。
半助さんも教員用の寮で学期中はそこで寝泊まりしている。
「そこの食堂のおばちゃんがすごく怖いんだ。絶対にお残しは許してくれなくて」
いかに食堂のおばちゃんが怖いのか身振り手振りを交えて話してくれたのを思い出す。
その時の半助さんの必死ぶりが可笑しくて、一人で思い出し笑いをしてしまった。
ー おでんにしようとしてましたが、煮込みうどんにしますね
そう返信し、スーパーに出掛けようとコートを着出す前に、スマホが震えた。
ー 危ない。早めに連絡して良かった……
食堂でおでんが出る予定なんだよ。
文字だけでも彼の必死さが伝わり、思わず笑みが溢れる。
ー今から買い物に行ってきます
送信して、コートを着て、鍵を探していると再び通知音と共にスマホが震えた。
ー 私も行くから、まだ家にいてくれる?
ー 了解です。
既にスイッチを切ったコタツの中に入って彼を待つ。
半助さんとは、大晦日の夜に結ばれた。
利吉、否、利吉様のお導きにより、利吉と照代と過ごす恒例の忘年会&新年会に、半助さんがやって来たのだ。
酒が少ない、つまみがないと騒ぐ利吉と照代によって、私と半助さんは買い出しに出掛けたのだが、その帰りに、半助さんはいきなり告白した。
いや、いきなりではない。
買い出しに行くときから既に良い雰囲気だった。酔った勢いで手まで繋いだし。
もっと言えば、初めて会ったその時から私は彼のことが気になっていたのだ。
「好きです」
出会って数回、会話を交わして約1時間ちょっとで、半助さんからそんな告白をされても、私は驚かなかった。
新年に向かう静寂に包まれた大晦日の夜。
白い息と共にされた告白。
私も白い息と共に、静かに応えたのだった。
ピンポン
呼び鈴に私は今へと引き戻される。
玄関まで歩いて靴を履いてドアを開ければ、白い息と共に微笑みかけるダウンを着た半助さんがいた。
「お待たせ。すぐに出られそう?」
「はい」
でも、と半助さんは玄関に入ってしまうから狭い玄関が更に狭くなった。
ドアは閉じられた。
「寒いから、ちょっと温まらせて」
半助さんにふわりと抱き締められる。
フカフカのダウンコートが心地良い。
ふう、と半助さんの息が耳にかかる。
「新学期早々おでんなんて大変ですね」
私も抱きしめ返す。
「全くだよ」
練り物が苦手。
意外な彼の弱点を知ったのも、あの大晦日の日だったっけ。
スーパーで見かけた、おせち用のカマボコを見て怯えていた彼が可愛らしく感じたっけ。
「さて、行こうか」
背中を軽く叩かれる。
半助さんはそう言ったくせに、重ねるだけのキスをしてきた。
柔らかい唇はいつもより少し冷たかった。
半助さんの整った顔立ちがすぐ傍にあって、私の体温は忽ち上がる。
驚く私を半助さんはくすりと笑う。
「朱美、買いに行こう」
ずるいなぁ。
温まったのは私の方だった。
開かれたドアから流れ込む容赦の無い冬の風が、心地良くさえ感じられたのだった。