長編「今度はあなたを」
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部屋に散乱していたごみは袋にまとめ、たまった洗濯物はかごの中に隠したし、掃除機もかけたし、見せられない雑誌類は押し入れに隠した。
これで大丈夫。
夜通しで片付けと掃除をしたことと、道明先生が来るという興奮から、肩の傷が開いたような気がしたけれど、まあ問題は無い!
目覚まし時計を見れば、彼女と童守駅で待ち合わせをする四時間前。平日でも休日でもまだまだ寝ている時間。
「………すこし、寝よう」
さすがに眠い。
布団はしまってしまったから、床に直接ごろりと寝転んだ。
目覚ましを待ち合わせの一時間前にセットして眠りにつけば、泥のような眠気がやってきて、あっという間に夢の世界へと墜ちていったのである。
彼女と休日に会えるなんて俺は何て幸せ者なんだ!
たとえ望みがなくてもいい。
だって俺を心配して会いに来てくれるんだから。
ほんの一瞬目を閉じたつもりだった。
ハッと目を開ければ、目覚ましの上に片手を乗せてうつ伏せの体勢で眠っていたようだ。
この手は目覚ましを止めた手。
つまり、たっぷり三時間は眠ったということ。
「お……お………」
恐る恐る目覚ましに乗せた手を退けると、時計の針は待ち合わせの10時を30分も過ぎていた。
「おおおおおおおお!?」
俺は叫びながら飛び起きて着替えて家を出て走っていた。
その昔、学生時代では疾風のぬ~ちゃんと呼ばれていた。足の速さには自信がある!
って待ち合わせに遅刻しながら自慢することではない!
最後の直線コースを全力疾走すれば童守駅が見えてくる。
走りながら道明先生の姿を探すが、見当たらない。
当たり前だ。約束の時間から何の連絡も無く30分も待たされたら、普通なら帰ってしまうだろう。
「はぁ……はぁ………チクショウ………ちくしょう………」
駅前広場。俺は人目も気にせずに一人崩れ落ちて涙を流す。
「何やってるんだ俺………」
楽しみにしていたはずのこの日に、まさか寝坊しちまうなんて。
道明先生になんて謝ろう。まさか貴女が来るのを楽しみすぎ張り切って掃除して貫徹してしまい、仮眠をしようとしたらこんな有様でした。なんて言えるわけがない。
「はあぁ。きっと呆れてる」
スマホを持たない俺は、こういう時に困ってしまう。
やっぱり買うべきか。でも値は張るし、機械オンチの俺は購入してもすぐに壊してしまうだろう。
「はあ~~~」
相変わらず地面に膝をついたまま深い深い溜息を吐き出せば、こちらに向かって駆けてくる足音。
「鵺野先生!」
そして道明先生の声。
……ああ、幻聴だ。
「鵺野先生!!」
彼女の幻聴はより近く聞こえてきたと同時に俺の視界の端に女性ものの靴が映る。
「大丈夫ですか?」
背中を擦られたところで、これは幻聴ではないと分かり、勢い良く顔を上げれば、驚いた彼女と目が合う。
「道明……先生………」
息を切らせながら心配そうに俺の顔をのぞき込む彼女に、涙腺が緩む。人前にも関わらず涙が出てきてしまった。
「鵺野先生…やっぱり怪我が痛むんじゃないですか?早く病院へ………」
「いや……大丈夫!大丈夫!全然へっちゃら」
「だって泣いてるじゃないですか」
「これは安堵の涙でっ」
腕で涙を拭い、俺は立ち上がる。
「てっきり………寝坊して遅刻した俺に呆れて帰ってしまわれたのかと思って」
道明先生はたっぷり三秒間はポカンとしていたが、やがて「え?!」と驚いた声を上げた。
「私は、昨日の傷が開いたとか熱が出たとかで、鵺野先生が外に出られないのかと心配で………遅刻って………」
そっとついた溜息は呆れているのか、それとも安堵のものなのか、うつむく道明先生からは読み取ることはできなかった。