長編「今度はあなたを」
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「ほんっとーにすみません。うちの生徒がご迷惑を」
黄昏時の童守駅は人が多い。
買い物帰りの人や今から都心に行く人もいる。
鵺野先生は童守小の近くに住んでいて、私はそこから数駅先が最寄り駅だったから、ここでお別れだ。
改札の前でペコペコと頭を下げる鵺野先生に私は首を振る。
「全然。良い子達じゃないですか」
「月曜日、アイツらによく言い聞かせますんで」
「本当に大丈夫ですよ」
会話が途切れた。
これで今日はお別れだろうか。
私は「では、これで」と締めの挨拶をしようとしたけれど、鵺野先生は言葉を差し込んできた。
「本当は道明先生の駅までお送りしたかったのですが」
鵺野先生にしては歯切れが悪い。
頭を搔きながらバツが悪そうに俯いている。
「大丈夫ですよ。子どもじゃあるまいし」
でも、と鵺野先生は口ごもった。
生徒達にデートだデートだと囃し立てられ気まずいのだろうか。午後からの鵺野先生はなんだか大人しかった。
郷子ちゃん達はジュースとカフェスイーツを堪能し、満足して帰っていった。
再び二人きりになったから、今度は博物館に行ったのだけれど、鵺野先生は口数が少なかった。
博物館を選んだのも、安いし広いから時間も潰せるし、何よりもたくさんの事が学べる。
そのまま帰っても良かったのだけれど、どうしますか?と鵺野先生に尋ねたところ「どこへでも!」と、ぎこちなくも即答したのだった。
鵺野先生の懐事情を考慮しつつも、私の行きたいところを選んだのだけれど、やはり退屈だったのだろうか。
歩き疲れて博物館内のベンチに座るときも、鵺野先生は妙に距離を開けて座るし、展示物を見ているようで見ていなかったし。
どうせなら少し足をのばして遊園地のお化け屋敷にでも行けば良かっただろうか。
「鵺野先生、今日は楽しかったですか?」
午後の様子を思い返して尋ねれば鵺野先生は弾かれたように顔を上げた。
「勿論!勿論ですよ!!」
何度も頷きながら答える鵺野先生は、次第に何故そんな事を聞くのか不思議そうな表情を浮かべた。
「なら良いんですけど」
元々はリツコ先生と行きたかったはずだ。
私は鵺野先生の薀蓄を聞けて楽しかったけれど、鵺野先生は私といて楽しかったのだろうか。
幽霊について色々と話せて楽しかったと言っていたではないか。
昔のウジウジとした考えに支配されていた。
いけない。
口角を上げて微笑んでみせた。
「じゃあ、また!お疲れさまでした!」
手を振って鵺野先生を見送ろうとしたけれど、鵺野先生は改札を抜けようとせず、立ったままだった。
「あの…道明先生……!」
畏まった鵺野先生に、私は彼の言葉を待つ。
「あの……」
「はい」
いつも朗らかな彼の声なのに、今は雑踏に吸い込まれてしまう。
私達の間に、駅のアナウンスや忙しない人々の声が差し込まれる。
「今晩!テレビで妖怪特集があるんです!是非見て下さい!!」
顔を真っ赤にして言う台詞ではないのに、鵺野先生はそれはもう必死な様子で私に伝えてきた。
必死さに私は仰け反る。
「わ、わかりました」
「では!!」
そう言って改札を抜けようとしたけれど、ICカードの残高が足りずに、無情にもゲートが閉められてしまう。
「んな?!」
振り返ると、鵺野先生は誤魔化し笑いをしながら、いそいそとチャージをしに行き、再び改札にタッチすれば今度こそ抜けることが出来た。
「では!また!」
手をぶんぶんと振る鵺野先生に、私も手を振った。いつまでも振っていてキリが無いから、私はプラットフォームに向かうべく階段を昇ることにした。
最後の最後にチラリと振り返れば、鵺野先生は人懐こそうな笑顔を浮かべ、まだ手を振っていた。
カッコイイところも情けないところも、今みたいな可愛いところもあって、なかなか奥が深いな、鵺野先生は。
絶対見ろと言われた特集番組、見てみよう。