たのしい冬休み
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冬休みのある日のことだった。
街から忍術学園に戻り、数日後の新学期を待つのみとなったが、朝っぱらからきり丸たちに手を引かれ、広大な忍術学園の敷地の中を走り回っては様々なアトラクションを堪能することになった。
授業もないし、寒いからと忍装束の上に半纏を着ている3人はいつもより小さく見えて10歳の子どもらしかった。
私もシナ先生から譲っていただいた半纏を着てはいるものの、寒いものは寒い。汗で発熱するとか、熱を逃さないという素晴らしい素材の肌着なんてないし、フリースもダウンも当然無い。後悔はしないが、元の時代が恋しくなる季節だ。
室町時代なのにアトラクションとは如何に。と思うかもしれないが、喜八郎くんと兵太夫のジェットコースターとか生首福笑いとか羽根付き大会とかが、冬休みだからということで開催されているのだ。
羽根付き大会だけまともな響きだが、開催元が体育委員会というだけで一気に物騒なものになってくる。
過去に大学の友達とフジキューのジェットコースターに乗って生きた心地がしなかったけど、安全装置とか安全バーとかがない喜八郎くん&兵太夫のジェットコースターはあちらの世界に片足を突っ込んだ気がした。
「今年も凄かったなぁ」
「ねー!」
「ぼくお腹空いちゃった」
三人がきゃっきゃしながらコースターから降りているけれど、私は動けずにいる。
「朱美さーん!」
出発地点から喜八郎くんと兵太夫が駆けつけてきた。手を振りながら無邪気に叫ぶ兵太夫に私は非常に硬い笑顔で迎えた。
「乗り心地はどうでした?」
「うん凄かったよ」
「だいぶ弱ってらっしゃる。降りられますか?」
と言うものの大して心配している様子のない喜八郎くんだった。
ジェットコースターによって小高い丘を下った先の小屋を覗けば、さきほどの二人を除いた作法委員会が揃っていた。
立花仙蔵くんと藤内くんと伝七が開く生首福笑いである。
この時代に福笑いってあったっけ?とはもう突っ込まない。その前に、福を願う気があるのかと言いたくなる催物である。
苦悶の表情を浮かべる生首フィギュアの各パーツのイラストが並べられているのを見て、乱太郎達は小さく呻いていた。
「朱美さん。やっていかれますか?」
「うん。やってみる」
さすが最上級生の仙蔵くんは忍装束のみだった。
涼しい顔で私に目隠しを渡す。
本当にやるのかときり丸達は視線で語ってきたから私は頷いた。
「じゃあ俺がパーツを渡しますんで」
「お願いね」
目隠しを付けて、いざ始める。
「んじゃ。最初は鼻から」
と、次々と紙を手渡されるから、ここだろうと置けば、乱太郎としんべヱから「うわー」とか「更に恐ろしい顔に」とか、あまりよろしくないリアクションが返ってくる。
「こ、これは………」
藤内くんも仙蔵くんも引き攣った笑みを浮かべているのが見えなくとも分かる。
そんなにも破茶滅茶な配置をしてしまったのだろうか。
「伊瀬階さん。すごい顔になってますよ」
その声の方に私は首が千切れんばかりに振り向く。目隠ししているから見えないけれど。
「はんす………土井先生!」
背後に立つ半助さんはくつくつと笑っている。
視覚が働かない分、聴覚が全力で半助さんを感じようとしている。
そして耳から得た情報を脳が全力で半助さんの姿を想像する。私の後ろで、きっと眉をハの字にさせて、腕を組んで、福笑いを見ているに違いない。
「きり丸。残りは口だけか」
「そうでーす」
そう言ってきり丸は私に口のパーツを渡してきた。
半助さんに見守られながらやるのは何だか気恥ずかしくて、私は最後のパーツをなかなか置けないでいた。
紙を持ったまま固まっていれば
「ほら。早く置いてみて」
と、優しく囁かれてしまう。
生徒達の前でその囁きはダメですよと突っ込みたい。
「朱美さん。お耳が真っ赤ですよ」
「し、しんべヱ!そういうのは突っ込んじゃだめだってば!」
しんべヱと乱太郎の純粋ゆえの更に羞恥心を煽る会話をしているから、ますます耳が熱くなってしまう。
ええいままよ。と私は口のパーツを口であろう部分に置いた。
「あー!!」
「ひぇーー!」
「ほげげー!」
「伊瀬階さん。これは………」
「え………え………!?」
悲鳴を上げるきり丸達と笑いを堪えた半助さんの声。そして仙蔵くんから目隠しをとるよう声をかけられた。
仙蔵くんの声も心なしか何かを堪えているような様子だった。
目隠しを外してまずは半助さんを見ようと振り返った。
半助さんはやはり苦笑いしている。
そしてやはり防寒着など着ずに黒装束だ。
「ほら」と、指で福笑いを指しているから首を戻せば、顔を背けて肩を震わせている仙蔵くんと藤内くんが目に入った。
そして手元を見れば何とも凄惨な生首福笑いの顔がある。
顔色が悪く苦悶の表情を浮かべているから、どれほど滅茶苦茶な配置になって滑稽な顔になろうが、どこか不気味さが漂っていた。
それでも笑っていられる二人はさすがというべきなのか。
「すごい顔だ」
乾燥し、薄氷のような凍てつく空気を溶かすような柔らかな暖かな眼差しに、私の頬は緩む。
「土井先生も一緒に回りませんか?」
「次は羽根付きしに行くんすよ」
「その後はお雑煮〜、お汁粉〜」
「よくぞ言った」と密かにガッツポーズを作るが土井先生は首を降る。
藤内くんは収まったものの、依然として仙蔵くんは肩を震わせ俯いていた。
「じゃあ私はこれで」
「どこに行かれるのですか?」
「野暮用さ」
家賃は払ったし、ドブ掃除の当番もまだ先だ。
だから忍術学園教師としての野暮用なのだろう。
学園長に依頼されて火薬の開発をするのか、それとも学園外に出て秘密の調査か、それとも。
「えー!教えて下さいよー!」
「ほらほら、羽根付きに行ってお雑煮かお汁粉を食べるんだろう?」
「そうですけど!」
「ぼくは両方です!」
「しんべヱあのな」
「太るなよしんべヱ?」
半助さんと3人のやりとりを聞きながら野暮用の中身を考えていたが、手を振って去っていく彼にハッとして事務員として頭を下げた。
「お疲れ様です。お気をつけて!」
半助さんの姿が見えなくなるまで見送っていれば、「残念でしたね」と、乱太郎が優しく慰めてくれた。
「うん。残念」
ぶふっ。
と誰かが吹き出した。
まさかと思ったが、吹き出したのは仙蔵くんだった。
「どうされたのですか?立花先輩?」
気になるしんべヱにずいと近づかれれば、学園一冷静な男は同じ分だけ距離を開けてから口を開いた。
「朱美さん………分かりやすすぎです…………」
吹き出したものの大笑いせずにまだ肩を震わせている仙蔵くんの目尻には涙が浮かんでいた。彼の綺麗でまっすぐな髪が小刻みに揺れている。
そんな委員長に苦笑しながらも頷く藤内くんに私は驚いた。
「え、何が?」
「朱美さん。分かりやすすぎですよ」
私もきり丸達もぽかんとしてしまう。
「目隠ししてても外してても意識はずっと土井先生に向けておられましたよ」
「しかも、乱太郎が誘った時も、土井先生が断られた時も、お顔が露骨でした」
藤内くんと仙蔵くんの指摘に恥ずかしさのあまりしゃがみこんだ。
「お恥ずかしい」
「なーに恥ずかしがってるんすか。朱美さんが土井先生バカなのはいつものことじゃないっすか」
「それはそうなんだけど」
そこは認めるんだ、という乱太郎の独り言のような突っ込みが聞こえたが流すことにした。
「もう!そんなことはいいですから!ほらほら羽根付きしにいきましょ!」
その先のご馳走食べたさに、しんべヱは私の手を引く。
「では朱美さん。これで」
「う、うん。仙蔵くん、藤内くん、お疲れ様!」
そうして辿り着いた体育委員会出店の羽根付き大会。
会場の方角から羽根をつく音と怒声が木霊していた。誰かが勝負しているのだろうか?と思ったが近づくにつれ、それが誰と誰の戦いなのかすぐに分かった。
留三郎くんと文次郎くんだ。
しかも顔が真っ黒だ。
私と同じくきり丸達も目星がついていたのだろう
「お二人ともまーたやってる」
「毎年やられてるよね」
「あれ?でもぼく達一年生のままなんだね」
しんべヱにしてはという突っ込みは失礼だけど、そう思わざるをえなかった。
「朱美さ〜ん!乱太郎〜!きり丸〜!しんべヱ〜!」
私達に気がついた小平太くんが手を振って叫ぶから、彼に駆け寄った。
「七松先輩、お疲れ様です」
「小平太くんは羽根付きやらないの?」
小平太くんにとって冬とは何なのか。
じっとしているのに忍装束一つの体は震えておらず、私の問いにカラカラと愉快そうに笑う。
「では朱美さん、お手合わせ願えますか?」
え?
私を含め、羽つきをしていた留三郎くんと文次郎くんも驚いて小平太くんを見た。
「なななな七松先輩?!」
「そ、それならば不足ながら私がお相手いたしますよ!!?」
震えていた金吾は寒さを忘れ目を丸くし、滝夜叉丸くんは優しいことに私を守ろうと自分を犠牲にしようとしていた。
「なんだ滝夜叉丸。私と羽根付きしたかったのか?」
「えと………いえ、あ、違いまして、その………」
「違うのか?」
「いえ!光栄なのですが、えーと…」
学年一優秀な彼もやはり最上級生の前ではタジタジになる。
彼の気遣いに礼をしなければ。
「私はしんべヱとやるから!滝夜叉丸くんは審判をしてもらえるかな?!」
私の声に滝夜叉丸くんは首がもげるほど勢いよく縦に振る。頭巾から出た豊かな前髪と後れ毛も動きに合わせて揺れていた。
こうして乱太郎対きり丸、しんべヱ対私の羽根付き大会をすることになった。
ちなみに乱太郎対きり丸の審判は金吾が務め、小平太くんは通りかかった長次くんを呼び止めて対戦し出したから…まぁ上手くまとまって良かった。
「朱美さぁん!行きますよー!それ!」
しんべヱは伸びやかな声と共に羽を投げ、羽子板を振り上げ、羽を打つ………はずだったが空振りに終わる。
その代り、高く放り上げられた羽は彼の頭にコツリと音を立てて落ちた。
石頭のしんべヱにとってはノーダメージなのだが、羽が当たって地面に落ちても何が起きたか分からずに鼻水を垂らしたままポカンとしているしんべヱくんの様子はシュール極まりなかった。
滝夜叉丸くんも私もずっこけてしまう。
「しんべヱー!羽をよく見ろぉぉ!」
滝夜叉丸くんの叫びにしんべヱはえへへと頭を搔く。その頬は紅い。
「褒めてなぁい!!」
滝夜叉丸くんは「全く」と呆れたように私に墨と筆を渡してきた。
「じゃあ、書かせてもらうね」
柔らかでもっちりとしたしんべヱの頬を見つめていると、お雑煮を早く食べたくなってしまった。
彼のきめ細やかな肌に筆を走らせれば、墨はよく乗り、白い肌に映えた。
「やぁん。次は負けませんよぉ?!」
「それ以前の問題な気が」
しかし私も3割くらい打ち損ないをしてしまい、滝夜叉丸くんだけではなく、三之助くんと四郎兵衛くんまでコケさせてしまった。
「朱美さん。変なお顔」
「しんべヱ相手にそれだけ書かれるんすね」
「ねー?」
「しんべヱ、怒れよ」
そう言って笑う乱太郎ときり丸も、目の周りも両頬も額も墨だらけだった。
火鉢で温めた湯を冷まして墨を落とし、食堂へ向かうことにした。
「お雑煮」
「お汁粉」
小腹が空いて皆小走りになった。しんべヱにいたっては涎が凄いことになっている。
見えてきた食堂からは湯気が出ており、香ばしい匂いが漂ってきたからたまらなかった。
食堂には既にご馳走にありついている団蔵と虎若がいた。彼らも羽根付きをしたのだろう。頬に落とし忘れの墨があった。
「あら朱美ちゃん」
「おばちゃん、お疲れ様。お雑煮ください」
おばちゃんの温かな笑みにほっこりする。
ふふ、とおばちゃんが笑いながらお雑煮を出してくれた。
「ありがとうございます。食べ終わったら交代します」
「いいのよ。久しぶりの忍術学園の冬休みでしょう?楽しみなさい」
「そうそう。今日は朱美さんは当番じゃないんすから!タダ働きしないしない」
「いや、学園長にはきっちり請求するよ?勿論おばちゃんのも」
おばちゃんは当番の日といえ3食以外の調理なのだから手当があってしかるべきだ。
だあ〜、と間抜けな声できり丸どころか、会話を聞いていた団蔵と虎若もずっこけていた。おばちゃんまでもコケてカウンターから姿が見えない。
「ほら、冷めないうちに食べちゃいなさい」
おばちゃんに促されて私達は団蔵達と同じ机で食べることにした。
「いただきます」
団蔵も虎若もお腹が空いたのだろう。おかわりして私達と同じタイミングでニ杯目のお雑煮を食べることとなった。
「二人も羽根付きしたの?」
尋ねれば口と箸で餅を切ろうとしている団蔵が頷いた。
「でも食満先輩と潮江先輩の流れ弾が来て」
「危なかったよなぁ」
「あのお二人、ずっと羽根付きされてたんだ…」
熱い汁を飲めば、冷え切った体が芯から温まってくる。
「ぼく、おかわりしてくる!」
「しんべヱもう食ったのかよ!」
嬉々としておばちゃんにニ杯目を貰うしんべヱの背中を私も皆は呆れ顔で見送る。
「太っちゃうよ」
「いいのいいの」
「そういう朱美さんもおかわり行こうとしてるじゃないすか?!」
「それがご馳走への礼儀ってもんでしょ」
「なんですかそれぇ〜」
ああ、楽しいな。
こうやってまた皆で遊んで笑って。
おばちゃんのご飯を食べられて。
「ねぇ、食べ終わったら何する?」
「お昼寝」
「しんべヱ太るぞ」
「隠れんぼ!」
「ドッジボール!」
まだまだ休日は終わらない。
皆で遊んで笑って………
「みんな」
私は二杯目のお雑煮の椀を机において座る。
楽しい一日に自然と笑顔が込み上げてくる。
皆は私を見てきたが、きり丸だけが表情が曇っているのが気になった。
「この後はお勉強しよう!」
だあぁ!と皆はそれはそれは豪勢に椅子からずり落ち、十本の足が見えた。
「せっかくのお休みなのにぃ!」
「嫌な予感したんだよなぁ!」
涙目で座りなおす彼らを見ながら、私は二杯目のお雑煮を食すのであった。
まだまだ一日は終わらない。
街から忍術学園に戻り、数日後の新学期を待つのみとなったが、朝っぱらからきり丸たちに手を引かれ、広大な忍術学園の敷地の中を走り回っては様々なアトラクションを堪能することになった。
授業もないし、寒いからと忍装束の上に半纏を着ている3人はいつもより小さく見えて10歳の子どもらしかった。
私もシナ先生から譲っていただいた半纏を着てはいるものの、寒いものは寒い。汗で発熱するとか、熱を逃さないという素晴らしい素材の肌着なんてないし、フリースもダウンも当然無い。後悔はしないが、元の時代が恋しくなる季節だ。
室町時代なのにアトラクションとは如何に。と思うかもしれないが、喜八郎くんと兵太夫のジェットコースターとか生首福笑いとか羽根付き大会とかが、冬休みだからということで開催されているのだ。
羽根付き大会だけまともな響きだが、開催元が体育委員会というだけで一気に物騒なものになってくる。
過去に大学の友達とフジキューのジェットコースターに乗って生きた心地がしなかったけど、安全装置とか安全バーとかがない喜八郎くん&兵太夫のジェットコースターはあちらの世界に片足を突っ込んだ気がした。
「今年も凄かったなぁ」
「ねー!」
「ぼくお腹空いちゃった」
三人がきゃっきゃしながらコースターから降りているけれど、私は動けずにいる。
「朱美さーん!」
出発地点から喜八郎くんと兵太夫が駆けつけてきた。手を振りながら無邪気に叫ぶ兵太夫に私は非常に硬い笑顔で迎えた。
「乗り心地はどうでした?」
「うん凄かったよ」
「だいぶ弱ってらっしゃる。降りられますか?」
と言うものの大して心配している様子のない喜八郎くんだった。
ジェットコースターによって小高い丘を下った先の小屋を覗けば、さきほどの二人を除いた作法委員会が揃っていた。
立花仙蔵くんと藤内くんと伝七が開く生首福笑いである。
この時代に福笑いってあったっけ?とはもう突っ込まない。その前に、福を願う気があるのかと言いたくなる催物である。
苦悶の表情を浮かべる生首フィギュアの各パーツのイラストが並べられているのを見て、乱太郎達は小さく呻いていた。
「朱美さん。やっていかれますか?」
「うん。やってみる」
さすが最上級生の仙蔵くんは忍装束のみだった。
涼しい顔で私に目隠しを渡す。
本当にやるのかときり丸達は視線で語ってきたから私は頷いた。
「じゃあ俺がパーツを渡しますんで」
「お願いね」
目隠しを付けて、いざ始める。
「んじゃ。最初は鼻から」
と、次々と紙を手渡されるから、ここだろうと置けば、乱太郎としんべヱから「うわー」とか「更に恐ろしい顔に」とか、あまりよろしくないリアクションが返ってくる。
「こ、これは………」
藤内くんも仙蔵くんも引き攣った笑みを浮かべているのが見えなくとも分かる。
そんなにも破茶滅茶な配置をしてしまったのだろうか。
「伊瀬階さん。すごい顔になってますよ」
その声の方に私は首が千切れんばかりに振り向く。目隠ししているから見えないけれど。
「はんす………土井先生!」
背後に立つ半助さんはくつくつと笑っている。
視覚が働かない分、聴覚が全力で半助さんを感じようとしている。
そして耳から得た情報を脳が全力で半助さんの姿を想像する。私の後ろで、きっと眉をハの字にさせて、腕を組んで、福笑いを見ているに違いない。
「きり丸。残りは口だけか」
「そうでーす」
そう言ってきり丸は私に口のパーツを渡してきた。
半助さんに見守られながらやるのは何だか気恥ずかしくて、私は最後のパーツをなかなか置けないでいた。
紙を持ったまま固まっていれば
「ほら。早く置いてみて」
と、優しく囁かれてしまう。
生徒達の前でその囁きはダメですよと突っ込みたい。
「朱美さん。お耳が真っ赤ですよ」
「し、しんべヱ!そういうのは突っ込んじゃだめだってば!」
しんべヱと乱太郎の純粋ゆえの更に羞恥心を煽る会話をしているから、ますます耳が熱くなってしまう。
ええいままよ。と私は口のパーツを口であろう部分に置いた。
「あー!!」
「ひぇーー!」
「ほげげー!」
「伊瀬階さん。これは………」
「え………え………!?」
悲鳴を上げるきり丸達と笑いを堪えた半助さんの声。そして仙蔵くんから目隠しをとるよう声をかけられた。
仙蔵くんの声も心なしか何かを堪えているような様子だった。
目隠しを外してまずは半助さんを見ようと振り返った。
半助さんはやはり苦笑いしている。
そしてやはり防寒着など着ずに黒装束だ。
「ほら」と、指で福笑いを指しているから首を戻せば、顔を背けて肩を震わせている仙蔵くんと藤内くんが目に入った。
そして手元を見れば何とも凄惨な生首福笑いの顔がある。
顔色が悪く苦悶の表情を浮かべているから、どれほど滅茶苦茶な配置になって滑稽な顔になろうが、どこか不気味さが漂っていた。
それでも笑っていられる二人はさすがというべきなのか。
「すごい顔だ」
乾燥し、薄氷のような凍てつく空気を溶かすような柔らかな暖かな眼差しに、私の頬は緩む。
「土井先生も一緒に回りませんか?」
「次は羽根付きしに行くんすよ」
「その後はお雑煮〜、お汁粉〜」
「よくぞ言った」と密かにガッツポーズを作るが土井先生は首を降る。
藤内くんは収まったものの、依然として仙蔵くんは肩を震わせ俯いていた。
「じゃあ私はこれで」
「どこに行かれるのですか?」
「野暮用さ」
家賃は払ったし、ドブ掃除の当番もまだ先だ。
だから忍術学園教師としての野暮用なのだろう。
学園長に依頼されて火薬の開発をするのか、それとも学園外に出て秘密の調査か、それとも。
「えー!教えて下さいよー!」
「ほらほら、羽根付きに行ってお雑煮かお汁粉を食べるんだろう?」
「そうですけど!」
「ぼくは両方です!」
「しんべヱあのな」
「太るなよしんべヱ?」
半助さんと3人のやりとりを聞きながら野暮用の中身を考えていたが、手を振って去っていく彼にハッとして事務員として頭を下げた。
「お疲れ様です。お気をつけて!」
半助さんの姿が見えなくなるまで見送っていれば、「残念でしたね」と、乱太郎が優しく慰めてくれた。
「うん。残念」
ぶふっ。
と誰かが吹き出した。
まさかと思ったが、吹き出したのは仙蔵くんだった。
「どうされたのですか?立花先輩?」
気になるしんべヱにずいと近づかれれば、学園一冷静な男は同じ分だけ距離を開けてから口を開いた。
「朱美さん………分かりやすすぎです…………」
吹き出したものの大笑いせずにまだ肩を震わせている仙蔵くんの目尻には涙が浮かんでいた。彼の綺麗でまっすぐな髪が小刻みに揺れている。
そんな委員長に苦笑しながらも頷く藤内くんに私は驚いた。
「え、何が?」
「朱美さん。分かりやすすぎですよ」
私もきり丸達もぽかんとしてしまう。
「目隠ししてても外してても意識はずっと土井先生に向けておられましたよ」
「しかも、乱太郎が誘った時も、土井先生が断られた時も、お顔が露骨でした」
藤内くんと仙蔵くんの指摘に恥ずかしさのあまりしゃがみこんだ。
「お恥ずかしい」
「なーに恥ずかしがってるんすか。朱美さんが土井先生バカなのはいつものことじゃないっすか」
「それはそうなんだけど」
そこは認めるんだ、という乱太郎の独り言のような突っ込みが聞こえたが流すことにした。
「もう!そんなことはいいですから!ほらほら羽根付きしにいきましょ!」
その先のご馳走食べたさに、しんべヱは私の手を引く。
「では朱美さん。これで」
「う、うん。仙蔵くん、藤内くん、お疲れ様!」
そうして辿り着いた体育委員会出店の羽根付き大会。
会場の方角から羽根をつく音と怒声が木霊していた。誰かが勝負しているのだろうか?と思ったが近づくにつれ、それが誰と誰の戦いなのかすぐに分かった。
留三郎くんと文次郎くんだ。
しかも顔が真っ黒だ。
私と同じくきり丸達も目星がついていたのだろう
「お二人ともまーたやってる」
「毎年やられてるよね」
「あれ?でもぼく達一年生のままなんだね」
しんべヱにしてはという突っ込みは失礼だけど、そう思わざるをえなかった。
「朱美さ〜ん!乱太郎〜!きり丸〜!しんべヱ〜!」
私達に気がついた小平太くんが手を振って叫ぶから、彼に駆け寄った。
「七松先輩、お疲れ様です」
「小平太くんは羽根付きやらないの?」
小平太くんにとって冬とは何なのか。
じっとしているのに忍装束一つの体は震えておらず、私の問いにカラカラと愉快そうに笑う。
「では朱美さん、お手合わせ願えますか?」
え?
私を含め、羽つきをしていた留三郎くんと文次郎くんも驚いて小平太くんを見た。
「なななな七松先輩?!」
「そ、それならば不足ながら私がお相手いたしますよ!!?」
震えていた金吾は寒さを忘れ目を丸くし、滝夜叉丸くんは優しいことに私を守ろうと自分を犠牲にしようとしていた。
「なんだ滝夜叉丸。私と羽根付きしたかったのか?」
「えと………いえ、あ、違いまして、その………」
「違うのか?」
「いえ!光栄なのですが、えーと…」
学年一優秀な彼もやはり最上級生の前ではタジタジになる。
彼の気遣いに礼をしなければ。
「私はしんべヱとやるから!滝夜叉丸くんは審判をしてもらえるかな?!」
私の声に滝夜叉丸くんは首がもげるほど勢いよく縦に振る。頭巾から出た豊かな前髪と後れ毛も動きに合わせて揺れていた。
こうして乱太郎対きり丸、しんべヱ対私の羽根付き大会をすることになった。
ちなみに乱太郎対きり丸の審判は金吾が務め、小平太くんは通りかかった長次くんを呼び止めて対戦し出したから…まぁ上手くまとまって良かった。
「朱美さぁん!行きますよー!それ!」
しんべヱは伸びやかな声と共に羽を投げ、羽子板を振り上げ、羽を打つ………はずだったが空振りに終わる。
その代り、高く放り上げられた羽は彼の頭にコツリと音を立てて落ちた。
石頭のしんべヱにとってはノーダメージなのだが、羽が当たって地面に落ちても何が起きたか分からずに鼻水を垂らしたままポカンとしているしんべヱくんの様子はシュール極まりなかった。
滝夜叉丸くんも私もずっこけてしまう。
「しんべヱー!羽をよく見ろぉぉ!」
滝夜叉丸くんの叫びにしんべヱはえへへと頭を搔く。その頬は紅い。
「褒めてなぁい!!」
滝夜叉丸くんは「全く」と呆れたように私に墨と筆を渡してきた。
「じゃあ、書かせてもらうね」
柔らかでもっちりとしたしんべヱの頬を見つめていると、お雑煮を早く食べたくなってしまった。
彼のきめ細やかな肌に筆を走らせれば、墨はよく乗り、白い肌に映えた。
「やぁん。次は負けませんよぉ?!」
「それ以前の問題な気が」
しかし私も3割くらい打ち損ないをしてしまい、滝夜叉丸くんだけではなく、三之助くんと四郎兵衛くんまでコケさせてしまった。
「朱美さん。変なお顔」
「しんべヱ相手にそれだけ書かれるんすね」
「ねー?」
「しんべヱ、怒れよ」
そう言って笑う乱太郎ときり丸も、目の周りも両頬も額も墨だらけだった。
火鉢で温めた湯を冷まして墨を落とし、食堂へ向かうことにした。
「お雑煮」
「お汁粉」
小腹が空いて皆小走りになった。しんべヱにいたっては涎が凄いことになっている。
見えてきた食堂からは湯気が出ており、香ばしい匂いが漂ってきたからたまらなかった。
食堂には既にご馳走にありついている団蔵と虎若がいた。彼らも羽根付きをしたのだろう。頬に落とし忘れの墨があった。
「あら朱美ちゃん」
「おばちゃん、お疲れ様。お雑煮ください」
おばちゃんの温かな笑みにほっこりする。
ふふ、とおばちゃんが笑いながらお雑煮を出してくれた。
「ありがとうございます。食べ終わったら交代します」
「いいのよ。久しぶりの忍術学園の冬休みでしょう?楽しみなさい」
「そうそう。今日は朱美さんは当番じゃないんすから!タダ働きしないしない」
「いや、学園長にはきっちり請求するよ?勿論おばちゃんのも」
おばちゃんは当番の日といえ3食以外の調理なのだから手当があってしかるべきだ。
だあ〜、と間抜けな声できり丸どころか、会話を聞いていた団蔵と虎若もずっこけていた。おばちゃんまでもコケてカウンターから姿が見えない。
「ほら、冷めないうちに食べちゃいなさい」
おばちゃんに促されて私達は団蔵達と同じ机で食べることにした。
「いただきます」
団蔵も虎若もお腹が空いたのだろう。おかわりして私達と同じタイミングでニ杯目のお雑煮を食べることとなった。
「二人も羽根付きしたの?」
尋ねれば口と箸で餅を切ろうとしている団蔵が頷いた。
「でも食満先輩と潮江先輩の流れ弾が来て」
「危なかったよなぁ」
「あのお二人、ずっと羽根付きされてたんだ…」
熱い汁を飲めば、冷え切った体が芯から温まってくる。
「ぼく、おかわりしてくる!」
「しんべヱもう食ったのかよ!」
嬉々としておばちゃんにニ杯目を貰うしんべヱの背中を私も皆は呆れ顔で見送る。
「太っちゃうよ」
「いいのいいの」
「そういう朱美さんもおかわり行こうとしてるじゃないすか?!」
「それがご馳走への礼儀ってもんでしょ」
「なんですかそれぇ〜」
ああ、楽しいな。
こうやってまた皆で遊んで笑って。
おばちゃんのご飯を食べられて。
「ねぇ、食べ終わったら何する?」
「お昼寝」
「しんべヱ太るぞ」
「隠れんぼ!」
「ドッジボール!」
まだまだ休日は終わらない。
皆で遊んで笑って………
「みんな」
私は二杯目のお雑煮の椀を机において座る。
楽しい一日に自然と笑顔が込み上げてくる。
皆は私を見てきたが、きり丸だけが表情が曇っているのが気になった。
「この後はお勉強しよう!」
だあぁ!と皆はそれはそれは豪勢に椅子からずり落ち、十本の足が見えた。
「せっかくのお休みなのにぃ!」
「嫌な予感したんだよなぁ!」
涙目で座りなおす彼らを見ながら、私は二杯目のお雑煮を食すのであった。
まだまだ一日は終わらない。