見つめる君が愛しいから
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正門前を掃いていると、ひとひらの桜の花びらが私の前に落ちてきた。
春を強く感じる瞬間だ。
眩しい空を見上げ、時の流れの早さにしみじみしていると、潜り戸を叩く音がした。
「ただいま戻りました」
仙蔵くんの声だ。
戸を開ければ、六年い組の二人が入ってくる。
「お帰りなさい。実習の帰り?」
「はい」
「お疲れ様」
微笑めば二人も笑い返してくれたが、意地の悪い笑みだった。
「そういえば帰り道に一年は組を見かけました」
「土井先生もおられました」
「もう暫くすればお会いできますね」
「はいはい」
照れてやるものか。
しかし彼等はそんな私の意地などお見通しのようで、満足そうな笑みを浮かべて忍たま長屋へと帰っていった。
するとハネた前髪を出した黒装束が、すとんと私の前に降り立った。
「三郎くん、どうしたの?」
「やっぱりバレましたか」
顔も声も半助さんに似ている。
そう、あくまで似ているのだ。
律儀に装束には火薬の匂いを染みこませ、袖にはしんべヱの鼻水を付けているが、やはり分かってしまう。
「ほら三郎、やっぱりバレただろう?」
「今回はいけると思ったのになぁ」
正門の潜り戸から群青色の装束がぞろぞろ入ってくる。
勘右衛門くんは嬉々として同学年の彼等に尋ねれば、八左ヱ門くんも三郎くんと同様に悔しそうに顔を歪ませていた。
「そうだ。今日の放課後の食堂で火薬委員会の皆に、わたしの豆腐料理を振る舞う約束をしているんです」
久々知くんはニコニコと顔を近づけてきた。
「顧問の先生も来られますから。宜しければどうぞいらしてください」
「分かった」
即答すれば、私の反応速度が可笑しかったのか、雷蔵くんが小さく吹き出していた。
「では!」
雷蔵くんの顔に戻った三郎くんはくつくつ笑い、手を振った。
彼らが去って、桜の花びらをちり取りに集めていれば、わいわいがやがやと正門の外が騒がしくなっていった。
「ほらほらしんべヱ、鼻をかめ」
その中で聞こえる、私が求めてやまない声。
潜り戸を開けば、はらはらと桜の花が舞うなかに見える井桁模様の装束達と黒装束。
手を振れば、彼らは満開の笑みを見せてくれる。
「ただいまー!」
「伊瀬階くん。ご苦労様」
山田先生の半月型の瞳が細められた。
「では、本日の授業はここまでとする。お前達、部屋に戻る前にしっかり手を洗えー!」
「はーい!」
山田先生の号令に揃った返事をして、彼らは忍たま長屋へと走って行った。
山田先生もそのまま後ろ手を組んで静かに去って行けば、彼と二人きり。
瞳が交われば、春の日差しに負けないほどの柔らかで暖かな笑みを見せてくれる。
私も嬉しくなって微笑み返せば、ふと、私の肩に触れてきた
「花びらが付いてたよ」
「ありがとうございます」
半助さんは人差し指と親指で私の肩に付いていた1枚の花びらを摘まむ。
私達の間に静かに吹いた風に流すように、半助さんは指を離す。
ひらひらと花びらは再び風に揺蕩うのだった。
私達を通り過ぎ、地面に向かって降りてくるのかと思えば、再び空に舞う。
その行方を見つめていれば、頰に添えられた暖かな温もりと、唇に触れた柔らかな感覚。
触れるだけの、一瞬の口付けだった。
「じゃあ、またね」
くすりと笑う半助さんの表情は、砂糖菓子のように私の胸にあっという間に溶けて、幸福に満たされていくのだ。