16 さよなら一学期
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櫛を何度も通して整えた髪。
学園長のガールフレンドからいただいた綺麗な麻の小袖に袖を通す。
そして土井先生が部屋を訪れるまで部屋をうろうろしながら待った。
休校日。
約束の日。
空は晴れていて、蝉の鳴き声は遠慮がない。
猛烈な勢いで雑務をこなして終わらせたので、午前中の早いうちから出かけられることになった。
町へ行くまでに何を話そう、とか、お団子屋さんに寄る前にどこか寄るべきだろうか、とか、お昼御飯も食べてきてしまおうかとか、色々と考えていると、遂に先生の影が戸に映った。
「……伊瀬階さん………」
その声は真っ青な空に似つかわしくない、どんよりした声。
戸を開けると、肩をがっくり下ろした土井先生がそこにいた。
背中には赤ちゃんがいた。
ふやふやと心もとない動きをしていた。
いつもよりは丁寧に身だしなみを整えた私の姿を見るなり、さらにがっくりする先生だけど、私は背負っている赤ちゃんに驚いている。
「実は……」
先ほど校庭前できり丸くんと会った先生。
きり丸くんがアルバイトを掛け持ちしたが、例によって一人では捌ききれない量を受けたものの、乱太郎くんとしんべヱくんは委員会の用事で手伝えず。そして土井先生を頼ったという。
「………」
開いた口が塞がらない。
呆れた顔でいる私に土井先生は何度も謝る。
「本当にすまん!前もってきり丸にこの日はダメだと伝えてはいたんだが……」
「いや……なんていうかその……土井先生って休めてるんですか?」
きり丸くんの保護者でもある土井先生はこんな時、彼に頼りにされる。
平日は一年は組の授業で悩まされ、休日は補習かアルバイトの手伝いか溜まった雑務の処理か……。
いくら体力があるとはいえ、こんなんじゃ心身ともに疲れてしまわないか心配でたまらない。
「このくらい大したことはないよ。内職しながら子守をするなんて……いつものことだから」
大したことないといいつつ、声に張りが無かった。
先生の手は胃の辺りを抑えていた。
ふと、きり丸くんの言葉が蘇る。
この間の忌々しい退院祝いの時だ。
『先生って神経性胃炎だから。労ってあげてくださいね』
「その言葉をそっくりそのまま返すから」と言ったらゲラゲラ笑っていたっけ。
この後は特に用は無い。
だから自然と浮かんだ言葉が口を衝く。
「先生…お手伝いしま」
「いや。約束を破ったうえにそんな事まで頼めないよ。せっかくの休みなんだ。ゆっくり休みなさい」
「………」
「他の子を誘ってもいい。くノ一教室の生徒達とか」
後悔しないと決めたのだから。
それにこのまま本当にトモミちゃん達を誘ったら追い返されるに決まってる。
拳を握り締めて、息を深く吸う。
「私は出かけたいからじゃなくて先生と居たいからお誘いしたんです。だから、お手伝いしますよ」
言い終わった後の汗が凄い。
自然に言えたけれど、顔が熱い。
先生は目を丸くしたが、やがてくしゃりと笑う。
「ありがとう」
先生からは照れや戸惑いが無い。本当に嬉しそうに陽だまりのように笑うから、私の心にはいつも影が出来てしまう。