黎明を走って
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身を切るような寒さでも清々しい空だった。
学園の門をくぐり抜けても、事務員の二人は出てこない。
うち一人の彼は帰省中であり、うち一人の彼女は床に伏している。
利吉は彼女に会いに来たのだ。
教員長屋の父親の部屋へと行けば、その部屋のもう一人の持ち主が前で立ち往生していた。
彼女がこの世界に現れてから、半助は変わった。
笑顔でありながら、その隙は一分もなかった彼だった。それなのに彼女が来てからの彼は、父と彼の部屋にいればしきりに隣を気にしていた。
揶揄いたくなる気持ちにかられるが、伝蔵に「放っておいてやれ」と言われているため堪える。
半助を揶揄えない分、朱美を揶揄ってやるが、ある日を境に二人の関係は変わってしまった。
伝蔵と自分がいるにも関わらず、半助は上の空であることもあったし、朱美は笑顔が胡散臭くなっていた。
想いを偽る故に「そういう空気」になっているのならば、打ち明けてしまえばいいのに。そう伝蔵に溢せば「男女の色恋とはそういうものだ」と苦笑された。
何とかならないだろうか。
朱美はとっくの昔にだが、そろそろ忍たま達も半助の上の空っぷりを気付かれてしまうのではないかとヒヤヒヤしている。
教師としての威厳にも関わることであるし、何より、二人には笑っていてほしかった。
半助はともかく、生意気な異世界の少女にもそう願ってしまっていたのだから、自分も何だかんだ彼女を妹のように可愛がっているのだと気が付く。
何とかならないかと思っていたのは自分だけではなかったようで、父を通して、きり丸からとある頼み事をされる。
利吉はその頼み事に気は進まなかった。
しかし、きり丸の気持ちを考えてやれば、父からの提案に従うしかなかった。
要望に100%応えることはしなかったため、後から伝蔵に小言を言われてしまったが、それなりに半助に響いたのではないだろうか。
彼女を町に誘った時も、
正門から出て行くときも、
町のうどん屋で食べている時も、
痛いほどの視線を感じていた。
まさか町まで付いてくるとは思わなかった。
そして夕暮れのなか彼女を抱えて帰ってきた姿を見た半助の驚きの表情が何より忘れられない。
これほど彼は動揺し続けているのに、きり丸は気が付かないのだから、彼の一流忍者の道のりはまだまだ遠いようだ。
「土井先生?いかがされました?」
「ああ。利吉くん」
部屋の前で立ったままの半助に一声かければ、自分が来たことさえも気が付かなかったようだ。何気ない返事でも、それが分かる。
「私は彼女のお見舞いに参りましたが……入ってはまずいですか?」
「いや、大丈夫だよ。伊瀬階さんも今は起きているようだ」
いつからそこでオロオロしていたのだろう。
利吉は笑いを堪えた。
「土井先生は入られないので?」
そして自室にも戻りもしない。
明らかに不審な動きをしている半助に利吉は次第に心配になっていく。
突然現れ、しばし共に暮らした半助は、幼い頃の自分の憧れの的であった。遊び相手に剣術の稽古もしてもらったり、兵法を教えてもらったりもした。
柔らかな雰囲気を纏っているが、思慮深く、頼もしかった彼が、今では頼りない。
こんな風にさせた彼女が憎くて、ついつい彼女を揶揄いたくなるのだ。
これが絶世の美女で、教養もあって、優しく思いやりのある女性であれば良かったのに、彼女は見るからに平凡な女であった。
それでも彼女の笑う顔は可憐であって「ああ、なるほど」と思う時もあった。
教養もそこそこあり、異世界の教育水準の高さに驚いたものだった。彼女が勤勉な故なのか、知的好奇心があるからなのかは分からないが。
何よりも半助のためにと尽くす彼女を見て、納得する。
が、それでもやはり気に食わないのだ。
「土井先生」
「ん?」
続きを話さずに彼をじっと見つ続ければ、半助は不思議そうに首を傾げた。
そう、これは父の頼み事で、何よりもきり丸のため。いや、半助と………彼女のため。
「見守り役に徹するならば、誰かに掠め取られてしまっても文句は仰らないでくださいね」
「それは………?」
言っている意味を理解していないわけはない。
ただ、利吉の口からそんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかっただろう。
ほら、きり丸。
脈無しなわけないだろう。
良く相手を見るんだ。
「私だって………。いえ、何でもないです。忘れてください」
絶妙な間。
すこし赤らめて見せた頬。
完璧な演技だ。
半助の表情を確認せず、一声かけてから朱美の部屋に入っていった。
痛いほどの視線が部屋の外から刺さってくるのを利吉は苦笑しながら受け止めていたのであった。