15 待ち望んでいた声
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パニック映画やホラー映画を見ると、事態を更に悪くする行動をとったり、ヒステリックに騒ぎ立てる人物がいる。
何故、その状況でそんな行動をとるのか。
今は楽しみの一つとなったが、最初は腹立たしささえ覚えたものだった。
だけど実際に危険な目に遭えば、そんな登場人物を責めることなどできない。
所詮はフィクションだからと言ってしまえばそれまでだけれど、命の危険が迫るなか、良くも悪くもアグレッシブな行動ができるものだと今は強く感じる。
「待て!」
野太い声が後方から響く。
木々の合間を走る。
疲労と緊張で心臓が破れそうだ。
私と小松田さんはひたすら走った。
恐怖で足が震えて何度ももつれて転びそうになる。しかし止まったら殺される。
終わりが見えない追走劇に私も小松田さんも次第に疲弊していく。
諦めたら殺される。
しかし体は限界だった。
事の始まりは小松田さんと共に学園長のお気に入りの高級和菓子を買い終え、町を出て山道に差し掛かかろうとしたとき。
背後から声をかけられた。
がたいが良く、目つきの鋭い男だった。
町中から付けられていたのだろうか。
裕福な若夫婦と見られ、買った物や有り金を置いていけば見逃してやる、と言われた。
仲間が潜んでいたのだろう。気がつけば挟まれていた。
人気の無い道。
共に武術の心得がない私達。
男の手には刃物。
本当に見逃してくれるのか。
男の言葉が本当かどうかは怪しい。
しかし、抵抗できる手段が無い現状、従うしかなかった。
先日、団子屋で男に睨まれたときは怖くなどなかった。それは賑やかな場所であったこともあるが、何より迫力が違う。
この男の目からは躊躇いなく命を奪う危うさが漂っている。
額から流れる汗は夏の暑さだけではなかった。喧しい蝉の声すら遠く聞こえてくるほど、心臓は嫌な音を立てている。
小松田さんとのお使いは何度かあったが、こんなことは初めてだった。
忍術学園に通じる道は、即ち、強者達が通る道だ。
実習帰りの上級生がここを通る際に怪しい気配を感じたら、その者は無事では済まないだろう。
もしかしたらこの盗賊達はここで「仕事」をするのは初めてなのかもしれない。
だとしたらこの男達は何という強運の持ち主なのだろう。最初に出会ったのが私達なのだから。
買った和菓子を置こうと小松田さんに提案しようとしたところで、私の腕は彼によって強く引っ張られた。
小松田くんは全くこまったもんです。
安藤先生の言葉が脳裏で再生される。
「うわあああ!」
前後に挟まれているなら横に。
顔面蒼白の彼は私の腕を掴み、大声を上げながら逃げ出す。
どこへ逃げれば正しいのかは分からない。
ただ、彼の逃げる方向は忍術学園から遠ざかる道だった。
「小松田さん……待って!!」
彼は強く私の腕を掴み、無我夢中でひた走る。あまり運動が得意ではない私にとって男性の全力疾走は付いていけない。
あっという間に足がもつれて、引きずられる形になる。
盗賊達も彼の行動は予想外だったのか、すぐに動けなかった。だがすぐに殺気を込めた怒声を上げながら追いかけて来た。
森の中に入る。
この頃には小松田さんは手を離してくれていた。
森の中は草木が鬱蒼としていて見通しが悪い。人の往来が少ないのか、通行用の開かれた道も草が生い茂っている。加えて傾斜もあって、走りづらい。
ここで振り切れることができれば生きて帰れるかもしれない。地形を活かせば上手く隠れてやり過ごせるかもしれない。
人間は極限状態に追い込まれると、ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされるという。
死にたくないという本能的な思いが、私を注意深くさせる。
木々の間にある一本の細い糸が目に付いた。
用心縄だ。
頭の中で、土井先生の授業と六年生の実習が思い浮かぶ。みんなの顔が浮かび、少しだけ勇気が湧いてくる。
「小松田さんジャンプ!」
カラカラの喉から絞り出た声は、情けないことこの上なかったが、気にする余裕は私も彼も無い。
彼も私も飛び越えた。
太めの木の幹に隠れ、私は手の平大の石を掴み、左方へ投げる。
落ちた石は木に当たり乾いた音を立てた後、ガサッという音と共に地面に落ちた。
盗賊達はそちらに、気を取られ走り去った。
ホッと胸をなで下ろした。
私達は来た道を慎重に引き返していると、後方から「あっちにいやがった!」と叫び声がした。
「っひぃ!」
小松田さんは小さく悲鳴をあげた。
再び走り出すも、肺は軋み、足は動かない。
彼らの足音が近い。
自分自身の肉体を叱咤しながら走っていると落ち葉の季節でも無いのに、葉と枝と木の実が不自然に並べられているのが目に付いた。
落とし穴の目印だ。
「落とし穴!左に避けて!」
しかし小松田さんはそのまま直進する。
「うそ……ちょっと……!」
案の定、落とし穴に落ちてしまった小松田さん。
私は足を止めて、穴に落ちた小松田さんに手を差し伸べた。引き上げられるだろうか。
「伊瀬階さんだけでも逃げて!」
涙目で訴える小松田さん。
次第に近づく男達の声と足音。
その二つを交互に見る。
小松田さんを助けているうちに二人とも捕まるだろう。
しかし小松田さんを置いて逃げても足の速さに自信の無い私は捕まるだろう。そのくらい男達の声は迫っていた。
それならば。
出した結論に私は覚悟する。
生き残るための確率が少しでも高い方を。
小松田さんが残れば、殺される。
女の私が残れば…たぶん…すぐには殺されない。
私が捕まり、小松田さんはその隙に逃げて、忍術学園へ……。
ゴクリと唾を飲み込む。
「小松田さん……絶対に喋らないで…動かないで…」
震える声で伝える。
小松田さんは私の結論の意図が分からず、茫然として私を見上げていた。
何か言いかけようと口を開いたから、私は思わず睨み付けた。
急いで立ち上がり、盗賊の方へと近づく。
落とし穴が見えない位置であることを確認して、倒れ込む。
「待って!置いてかないで!」
力の限り叫ぶ。
転んで、置いて行かれて絶望しきった女になりきって私は叫びながらも、小松田さんが声を出さないか内心ヒヤヒヤした。
男達が姿を現し、私を見下ろす。
心臓が痛い。
手と足が震える。
逃げなかったことをほんの少しだけ後悔した。
映画では最後の最後まで諦めずに、知恵と勇気を振り絞って戦う主人公達。
しかし、私にはもはやそんな知恵も勇気も残されていなかった。