14 空と巾着
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降りしきる雨に包まれた長屋で、朱美はこの世界に居られる時間が限られた事への悲しみを土井にぶつけた。
彼の肩口は朱美の涙でぐっしょりと濡れて冷たくなっている事に気付いたのは、ひとしきり泣いて涙が出なくなった後。
瞼は重いし、鼻の奥も痛い。
こんな顔を彼に見せられない。
しかしこのままでいるのも、とても恥ずかしいし、体勢的にそろそろ限界だ。
思い切って抱きつけばいいものの、気恥ずかしさとちっぽけなプライドから、正座したまま身を預けるという器用な姿勢で泣いていた。
何と言ってこの場を進めよう。
朱美はひたすら悩んでいたが、それは土井も同じであった。
ひとしきり泣いた彼女だが、この場をどうやって進めようか。
もう涙は止まったようだが、彼女は肩口に額を付けたまま動かない。彼女の涙を吸った装束は熱を失い、ひんやりと冷たい。
泣き終えたなら、とりあえず彼女の背中をさすっていた手は、役目を終えたのだからとゆっくりと離す。
彼女のことだ。
泣き顔は見られたくないだろう。
部屋は静かだった。
生温い風が吹き付けてくる格子窓へと視線を投げれば、濡れそぼった木々の葉が身を震わせて、雫を落としている。
雲は去っていないが雨は止んだようだ。
彼女が動いた。
手で顔を隠して離れていく。
そしてそっぽ向く。
やっぱり、表情を見せてくれない。
予想通りの彼女の動きに、土井は声には出さず、そっと笑う。
「あの……すみません。ありがとうございます。もう、大丈夫です」
その声は僅かに震えていたが、淀みなかった。その言葉に嘘偽りは無いようだ。
「やりたいこと……やってみます。悔いの残らないように」
彼女のまっすぐ伸びた背中を見つめる。
その背中を見ては、守ってやりたい、支えてやりたい、とハラハラしながら見ていたのに。
その思いは今もある。
しかしそれよりも、共に隣を歩みたいという思いが、いつからか自分の中で強く主張していた。
「それなら、伊瀬階さんの顔を見せてくれるかい?」
「え………なんでですか」
嫌ですよ、と彼女は笑う。
その声色は冗談を言うときの余裕を含んだ声。
「私だって悔いは残したくない。だから、泣いた君の顔が見たい。笑った顔も怒った顔も。君の全てが見たい」
明らかに狼狽える彼女に、土井は小さく吹き出す。
「なんてね」
告白と捉えかねない言葉でも、こんな風に笑ってしまえば、からかわれていると彼女は思うだろう。
「なっ………やめてくださいよ。もう………」
彼女は不服そうだが、笑ってもいた。
それでいい。
彼女が灯している想いは、元の世界へ戻ればきっと消えるはずだ。
自分の想いは秘めて、君の気持ちを穏やかに見守ろう。
そう思った。
卑怯と詰る者もいるだろう。
それでも構わない。
自分からは打ち明けないと決めたのだ。
もしも打ち明けて結ばれても、春が来たら彼女は元の世界へと帰ってしまう。
考えただけでも心が千切れそうだ。
その覚悟を持てない自分は、この距離を保って見守ろうと決めたのだ。
思いを打ち明ける時が来るとすれば、それは次の春が来ても、いや、その次の春も、その次の次も………彼女が帰らず、戻る気配が無いと確信した時だ。