13 覚悟
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明日は休校日。
過ごしやすい日々が続く今日この頃。
きっと一年は組のよい子達は、出した宿題など忘れて明日はどこへ行こうかなんて考えているに違いない。
一方の私は、溜まった事務処理やら補習の準備やら授業計画の修正をして、休校日はあっという間に過ぎていくのだろう。
教員長屋の廊下を歩いていると、自室から山田先生と伊瀬階さんの声が聞こえてきた。
二人にしては珍しく言い争いをしているようだった。
「山田先生。伊瀬階さん。どうしたんです?こんな夜に」
そう言いながら戸を開ける。
二人は待ってましたと言わんばかりに私に詰め寄ってきた。
「山田先生は三ヶ月もご自宅に帰られてないんです。雑務なら私がお手伝いいたしますから帰られてはどうですかと申し上げたんです」
「これは私の仕事だ。伊瀬階くんに頼むときはきちんと頼む。だから手伝わんでよいと言ったんだ」
「ならば帰られたらいかがですか?奥さんがかわいそうですよ」
何を言い争っているのかと思えば、そんな事か。いや、そんな事か、なんて言ったら二人に怒られてしまう。
何とも真面目な二人らしい喧嘩だった。
「さては利吉め。伊瀬階くんに何か吹き込んだな」
「大丈夫です。利吉さんにも帰るように言っておきましたから」
しれっと言ってのける彼女に笑い出しそうになる。あくまでも、言い合っている二人に困惑した様子でいなければ。どちらにも肩入れはしないし、どちらの言い分も分かる。そんな態度でいないと、一方から非難を受けてしまう。それは避けたかった。
「利吉に帰るよう言ってあるなら問題なかろう。息子が帰った方が妻も喜ぶ」
「旦那さんも息子さんも両方帰った方が喜ぶに決まってます!」
「伊瀬階くん、アンタもなかなか強情だ」
「この学園にいたらそうなりますよ!」
池に落ちたり、持ち物を鼻水やナメクジの粘液まみれにされたり、テストの点数をかけた勝負をしたり…彼女がこの世界に来て体験した出来事を思い出す。
確かに。逞しくなければやっていけないかもしれない。
少し前に起きた は組のテストの点数をかけた彼女と安藤先生との勝負には全く驚いた。
先日、その経緯を一年は組の良い子達に聞いてみれば実に微笑ましいものだった。
「土井先生やぼく達を馬鹿にするのが許せない、撤回してくださいって啖呵切ったんですよ」
彼女が啖呵を切ったらしいその日の夜、安藤先生からも、勝負をすることになった旨の報告をいただいたが、そんな事は全く仰っていなかったから驚きだ。
「その後の朱美さんがまた大変だったんですよ」
「磯貝煎餅ナンとかなんとか」
「異世界ゼミナールでしょ」
「そうそう」
異世界ゼミナールという彼女特有の謎のセンスが炸裂したことは確かなようだ。
「これがもうスパイスで大変だったんです」
「もしかしてスパルタのことかしんべヱ」
何でも食関連に結びつける彼の頭の柔軟さというか食への執念には呆れを通り越して感心してしまう。
「昨日やったところを忘れると一瞬だけ怖い顔をするんすよ。心が狭いったらありゃしない」
「お腹が空いたときも『夕飯まであと少し』って。お菓子も何もくれないんです」
乱太郎も苦笑しているが否定しないあたり、やはりスパルタだったようだ。
なんとも生真面目な彼女らしい。
「そんなにスパルタなのに、お前達よく耐えられたな」
結果はともかく、何が何でもサボろうとするコイツらがよく逃げ出さなかったもんだ。
「そりゃあ…」
きり丸が意味ありげな笑みを浮かべると、二人もそれに倣う。
「土井先生、おれ達に感謝してもいいんじゃないっすか」
「朱美さんのギクシャクを直したのはぼく達なんですから」
「土井先生、お困りのようでしたから」
「勉強する代わりに約束したんすよ」
あぁ、なるほど。
確かに彼女の態度が変わったのはあの日からだった。それは一年は組のよい子達がきっかけだったのかと納得する。
「お前達に心配されるとはな」
それならばテストで良い点を取ってほしかった。と、思うのは贅沢なのかもしれない。
「土井先生…朱美さんが頑張ったのはおれ達のためでもあるけど」
「土井先生のためでもあったんですよ」
「あんドーナツ食べたかった……」
「そうかそうか。教えてくれてありがとな。それとしんべヱ、涎を拭きなさい」
溜息をつくと、三人は輪になって内緒話を始めた。
「この様子だと脈ナシだな」
「え!?土井先生、脈がないの?」
「そーいうことじゃない」
「朱美さんの事、何とも思ってないって事」
「そうなの?どうして」
「朱美さんの事を聞いても全然いつも通りだろ?」
「朱美さんは土井先生の話するだけで真っ赤になるもんね」
「ついでにどもるもんなぁ」
わざとなのか無自覚なのか会話が丸聞こえだ。
三人だけではない、一年は組のよい子達が彼女のために色々働いているのは知っている。
安藤先生との勝負を経て、みんなは彼女の事をもっと知ることができて、仲良くなれたようで何よりだ。
そして、みんなのお節介もありがたい。
やれ伊瀬階さんはいい人だとか、優しいとか。怖いときもあるけど宿題も教えてくれるとか、やれ利吉くんと仲が良いとか、仙蔵と仲が良いとか、色々なことを教えてくれたり、生意気にも私を焚きつけようとしたりしてくる。
彼女が利吉くんと仙蔵と親しいのは知っているが、お互い、特別な感情はないのも知っている。
確かに、それが面白くないかどうかは別の話だが。
あの子達の目を通した彼女を知ることはとても新鮮だし、私の知らない事も教えてくれる。
だが決まってみんなは私の顔色を窺う。
さり気なく見ているつもりなのだろうが、ハッキリ言ってバレバレだ。
涼しい顔で対応すれば、乱太郎達のように輪になって内緒話をする。
子どもらしくて微笑ましいが、忍者の卵としては赤点ものだ。
コイツ等に悟られてたまるか。
彼女の気持ちは何よりも私が知っている。
頭を撫でたときの表情も、傍に寄れば雰囲気が張り詰めるのも、はにかむような笑顔も。私にしか見せない仕草や表情から容易に読み取れる。
一を知って十を知るのが忍だ。
みんなが分かるのならば、私が分からないわけない。彼女の気持ちは十分すぎるほど伝わってくる。
そして、私がそうであるように、彼女もその先に進もうとしない理由を知っている。
彼女が私の気持ちを知っているのか否かはさておき。奥手であることも理由の一つだろうが、この世界を去る事を恐れているのが何よりの理由だ。
彼女と利吉くんとの会話を聞いてしまったときに知った彼女の境遇。そしてそこから由来する彼女の性格。両親の突然の死別により、頼ることが苦手で、誰かと深く関わることを恐れている。彼女は失うことを恐れている。
誰かを好きになった時、失うのが怖いのだ。
そんな彼女に自分の気持ちを告げて関係を持つなど出来ない。
とは言いつつ、うっかり気持ちを隠しきれず、それが彼女を戸惑わせ、は組のよい子達のお世話になってしまったのだが……。
「半助!」
「土井先生!」
山田先生と伊瀬階さんの声にハッとする。
「半助。お前からもこの頑固娘に言ってやってくれ。余計なお世話だと」
山田先生と彼女も随分と仲が良くなったもんだ。山田先生など、彼女がここに来たばかりの時、彼女の話など一切信じていなかったのに。
今や親子のように仲がいいのは、彼女の勤勉さと、何より伝子さんのファンであることが一番の理由だろう。
「頑固娘って…!そんな……」
ふと、彼女は悲しげな表情へと変わる。
「私はただ……。家族は、いつまでも一緒にいられるわけじゃないって……そうお伝えしたくて」
気まずい沈黙が下りる。
山田先生も彼女の境遇を薄々察してはいたのだろう。彼女の言葉にハッとした様子だった。
「伝子さんだってそう仰ってたじゃないですか」
なぜそこで伝子さんが出てくるのだ。
一体どんなやり取りがあったというのだ。
山田先生は、うーむと唸りに唸った後、観念したように頷いた。
「………分かった。ではこのプリントの整理を頼むぞ伊瀬階くん」
すると一転して彼女の表情は明るくなる。
「お任せください」
と、にっこりと微笑む。
まさか彼女は演技をしていたというわけか。
そこまで強かな面を持っているとは知らなかった。
山田先生もそんな彼女に驚きを隠せない様子だ。
「ま、まさか…演技だったというわけか?!」
「哀車の術と言ってください」
胸を張って自慢げに言う彼女に、わなわなと震える山田先生は、突然姿を消し、伝子さんになって戻ってきた。
夜に見る伝子さんは陰影が強調されてなかなか迫力がある。
「まぁ~生意気な妹ね!そんな子にはこうしてやるんだからぁ~!」
「やめへくらさいよでんこさん」
そう言って彼女の頬を引っ張る伝子さん。
突然のことに笑いながらも慌てる伊瀬階さんは、伝子さんの腕を引っ張るも、力で敵うはずはない。
姉妹設定には無理がある。そんな突っ込みを入れたくて仕方が無かったけれど、巻き込まれたくはないからやめておこう。