懐中時計
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毎年この季節になると人々は浮つき始める。
テレビではどこどこのイルミネーションが綺麗だとか、駅前には巨大なツリーが立つとか、某夢の国ではこんなパレードをやるとか。
友達とそんな話題になれば、皆はハッとして話を引っ込め、恐る恐る私を見る。
やめてほしい。
そんな風に扱うならレポートの手伝いなどしないし、ノートも写させないし代返も協力しない。しかし自分の時は頼む。
そう脅せば、みんなは戯けながら謝ってくる。
が、そろそろバイトの時間だ。
ノートのコピーを渡して大学を出れば、友達の一人が後を追いかけてきた。
「俺も帰る。一緒にいい?」
「うん。駅まで?」
「そう」
吹き付ける風に、私は身を縮めた。
マフラーも巻いているし、コートのボタンだってしっかり留めているが、寒いものは寒い。
夏休みの間はあれだけみんなのお誘いを断っていたのに、後期からは付き合いのいい私に、皆は勝手に何かを察したらしい。
とは言え、そう思われても仕方がない。
でも聞かれたら「遠距離恋愛になった」と言うつもりなのだけれど、友人達は誰も聞いてこない。
いや、向こうも私が話すのを待っているのかもしれない。
しかし適当な嘘を積極的につくことが面倒だから、私からは話さないつもりだ。
友人の一人の彼もそうだった。
その代わり「元気?」と聞かれることが多くなった。
「元気?」
ほら今も。
「元気」
彼はどうせおせっかいな友人達が私の後を追いかけるように唆されたに違いない。
「そっか…」
「そろそろ試験だけど、どう?」
「落ちはしないと…思う。伊瀬階さんは?」
「私もボチボチ」
「またまたご謙遜を」
私達は静かに笑った。
だが謙遜ではない。
本当にボチボチの出来になる予定だった。
「あのさ……試験終わったら、映画行かない?ほら、前に観たがってたやつ」
「え」
話題のホラー映画に付き合ってくれるというのだろうか。だがあの映画は叔父さんと観ると約束してしまった。
というか叔父さんとでないと、鑑賞後に色々語れない。そしてそのまま叔父さんの家に帰り、過去の作品を振り返る予定なのだ。
あの後、叔父さんの体調は悪くなる一方で、緊急入院となった。
予定より早めの手術を受け、今は退院しているが、定期的に通院している状態だった。
もしもあの時、半助さんと帰ってしまったら…叔父さん達の心境を想像すると胸が痛い。
けれども、今もこうしてあの奇妙な忍びの世界で私を待つ半助さんを思うと、いても立ってもいられなくなる。
いや、彼は待ってなどいないだろう。
帰ってくることなど信じていないだろう。
この時間は、部屋で進まぬ授業に胃を痛めながら、残り少なくなった二学期の残日数を数えて留め息をついているはずだ。
半助さんがまだこっちにいたら、どんな服が似合うだろうか。
コートはなんだろう。むしろダウンだろうか。
いっそ背中に「忍」と書かれたスタジャンでも着せてあげたい。
怒られるだろうけど。
「朱美、なんだこれは」と、頬をつねられるに決まっている。
この世界で過ごして、私達はもっと近くなったと思う。気軽に私達は揶揄ったり触れ合ったりして、恋人らしいやりとりを結構するようになった、と思う。
早く会いたい。
でも今はその時ではないから。
「私に合わせなくていいよ。それより、皆とまたどっか行こうよ」
「……うん」
春になったら、本当の本当にお別れなんだから。
私達の間を北風が音もなくすり抜けていった。
今夜も月を見ながら独り夜を過ごそう。