黎明を走って
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「だめですよ!失恋したからって二学期になっても戻ってこないなんて」
「吉野先生が落ち込んでおられました」
「もしかして大木先生と恋仲になったんじゃないかって、おシゲちゃん達が話してました」
これでもか、と言うほど一年は組の皆は無邪気に私の傷を広げてくる。
キヨには恋心を。
一年は組には良心を。
失恋の痛みもあったけれど、大木先生も私も新学期になったことをど忘れしていたのだ。
なんたる不覚。
ケーキを食べ終えても、心はちっとも幸福感に満たされない私は庵に向かう。
畳に額をこすり付け、学園長に謝り倒したが、彼はカラカラと笑うばかり。それが却って罪悪感を募らせるから、わざとなのかもしれない。
「よいよい。して、失恋の傷は癒えたかの?」
「ヘムヘムゥ?」
「ヘムヘムまで……」
「このくらいで怒っておったら、血管が何本あっても足りんわい。特にこの学園ではの」
心の底から楽しそうに笑う元天才忍者の懐の深さに、私はただただ平伏するばかりだ。
「頭を上げなさい。朱美ちゃんはしばらく皆に揶揄い倒されるじゃろう。朱美ちゃん、むしろこれからじゃよ」
「………覚悟しております」
そもそも解雇されても当然のことをしたのに、こうやって笑って済ませてくれることに感謝をしなくてはならない。
「そう悲しそうな顔をするな………実はの、朱美ちゃんが春になったら元の世界に帰ってしまうのを皆知っているんじゃよ」
きっかけはきり丸だった。
二学期に入る前に、きり丸は家に帰る道中で乱太郎としんべヱに。
そして一年は組に。
しんべヱからおシゲちゃんに。
おシゲちゃんからくノ一教室に。
そして委員会経由で…。
二学期に入る前に、あっという間に学園中に、懐中時計のことが知れ渡ったのだという。
「皆、朱美ちゃんと別れるのが寂しいんじゃ」
二学期になっても杭瀬村にいた私に溜息を付いた三郎次くんも。
髪を整えてくれたタカ丸くんも。
「みんな………」
「じゃから、当分は甘んじて揶揄われることじゃの」
学園長は目を伏せて微笑み、ヘムヘムは突然興味が失せたようで、丸くなって目を瞑った。
でも、それでいい。
抑えられない涙が私の頬を幾筋も滑り落ちてくるからだ。
「はい………っ」
嗚咽を抑えるため唇を噛んでも、肩は震えて、息が漏れてしまった。
風が障子戸を叩き、ガタガタと音を立てる。
冬がやって来るのだと。
刻が迫ってくるのだと。
私にその事実を叩きつけてきた。