騒がしい一日
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「ホラーに時代劇に忍者の戦隊モノにアクションもの。どれがいいですか?」
パソコンとやらを前に彼女は私に尋ねてきた。
彼女が留守の間の暇潰しとして、映画というものを観ることを提案されたのだが、その選択肢として真っ先に人間が血祭りにあうものか、幽霊が出てくるものを挙げるのは、彼女の叔父上の影響なのだろうか。
「書物を読ませてもらうからいいよ」
彼女の書棚を見れば、様々な書物が並んでいた。
「ほぼ半日ですけど……分かりました。じゃあ、お昼ごろ戻りますので」
少し残念そうに言う彼女には申しわけないけれど、二刻ほどの暇を潰すのならば読書で充分だった。
「じゃあ、行ってきますね」
ふわふわとした素材の衣服をまとう彼女に目を奪われる。
無防備にも二の腕やら膝やらふくらはぎを晒していることに何か言ってやりたいけれど、これが彼女の世界の標準的な格好なのだろう。
扉が閉まり、施錠の音が響いた。
残された私は、急いでエアコンのスイッチを切った後、窓を開けた。
蒸し暑い空気が待ってましたとばかりに入り込むも、私にとってはそれがちょうど良かった。
確かにこの世界の夏は暑い。
しかしこのカラクリから吹かれる風が私にとってどうも苦手だった。
扇風機というカラクリから送られてくる風だけでやりすごすとしよう。
改めて彼女の部屋を見渡しながら、今朝のことを思い起こし、独りニヤついてしまう。
不気味なことこの上ないが、独りなのだから構わないだろう。
窓の外に干された布団を見れば、彼女と身を寄せ合って眠った夜のことが思い起こされる。
一人用の布団に二人で眠るのは窮屈なはずだけれど、身を寄せ合う理由にもなる。
先に寝ててもよいと言って風呂場に入っていった彼女だが、どうして寝られようか。
机の傍で正座して待っていれば、やがて浴室のドアが開く音が聞こえる。
風呂から上がった彼女と目が合えば、気まずそうに視線を逸らされてしまった。
「半助さんの着替えの用意はしていたけれど、私の寝巻きのことまでは考えてませんでした」
頭を抱えながら呟く彼女。
そんな風呂上がりの彼女の格好は、自分が着ているものと同様に二の腕が剥きだしの上衣に、膝丈の袴のような着物を履いていて、目のやり場に困るものだった。
「完全にジャージ姿だし……もっと、可愛げのあるパジャマとかそういうのを買っておけば……」
可愛げを気にするのは実に彼女らしかった。
「私がそんなことで幻滅するとでも?」
そう言ってやれば、彼女はおずおずと私の隣に正座する。
ふわりと花の匂いが漂う。
思わず抱き寄せ、朱美をこの手で確かめたくなる。
「朱美……会いたかった」
もう一度この言葉を伝える。
この部屋に来たばかりの時は、動揺が大きくて、ちゃんと伝えられた気がしなかったからだった。
口付けを交わせば、胸の高鳴りは増すばかりだった。
「どうもいかん……」
「何がですか?」
紡がれる言葉の特徴から、まごうことなく無く彼女だと分かるのに。
「綺麗になっていて……戸惑ってしまうな」
耳まで真っ赤になった朱美は俯いてしまう。
視線を合わせたくて彼女の顎を摘まみ、上向きにさせた。
潤んだ瞳が理性をいとも簡単に溶かしにくる。今は忍として接しているわけではない。だから、三禁は気にしなくてもいい。
などと誰に対してなのか分からない言い訳を心の中で述べていた。
しかし朱美はハッとした表情を浮かべ、次第に険しいものへと変化していった。
「それって…つまり、前は……酷い見た目だったと……?」
「なんでそうなる…」
「じゃあ、何なんです?」
探るように私を見つめる彼女をまっすぐ見つめ返す。
「可愛らしかったよ」
「あー、……はい」
彼女のこの反応は照れているのでは無い。
明らかに私の言葉を信用していない返事だった。
「どう言われたかったんだ」
「いえ、別に……その…」
口ごもる彼女の頬を包めば、手の平から熱が伝わってくる。
「すみません……面倒くさいこと言って」
そう言って、謝るところも彼女らしい。
「いや。やっぱり朱美なんだなって、実感してる」
「何ですかそれ」
ふっと笑う彼女は、やはり大人びていて。
「昔の私のが良かったですか?」
事ある毎に比べてしまっていたからだろうか…不安に揺れる瞳を見て、私はすぐに首を振って否定した。
「……会えなかった時間を何とかして埋めていきたいんだ」
あの時から今へと彼女の軌跡をなぞりたくて。
名を呼ぶほど、
呼ばれるほど、
声を聞くほど、
出会えた実感と、抑えてきた愛しさが湧き上がる。
「朱美……」
「半助さん」
名を呼べば返してくれることの嬉しさが胸を満たしてくる。
朱美は、私の背後の布団をチラリと見て、「あの…」と何か言いたげに口を開いた。
「狭いですが……一緒に寝ませんか?」
涼やかに言う彼女に面食らうものの、その余裕をくずしてやりたくなる気持ちが、むくむくと湧き上がる。
その場で押し倒したかと思わせ、横抱きにして立ち上がれば、彼女は見る間に真っ赤になって慌てふためく。
「いや、ちょっと……それは!」
耳まで赤くなり、涙目で睨んでくる彼女はあの時のままで。
懐かしさに胸がずきりと痛む。
あの時の彼女は、今こうして腕の中にいる。
二年。
彼女は何を思い、何を考え、誰と笑って時を過ごしたのだろうか。
「願わくば…この二年を一緒に過ごしたかったよ」
それは独り言に近かった。
彼女は僅かに目を見開き、首を傾げる。
言っても仕方の無いことだ。
その分、今から続く彼女との時間を大切にすればいい。
聞き返される前に、布団の上に彼女を下ろし、覆いかぶさる。
愛の言葉を囁こうとすれば、彼女は私の頬へと手を伸ばした。その時の彼女の微笑みは、慈愛に満ちていた。
柔らかな指先は、私の頬に触れた……かと思えば思い切り両頬を引っ張ってきた。
「それはこっちの台詞です」
「いっ……!?」
なんとも間抜けな声を上げてしまった。
朱美はにんまりと私を見上げている。
「一人で感傷に浸らないでください」
寂しいですよ。
そう囁いて彼女は悲しげに微笑んだ……が、すぐに吹き出す。
「半助さんのほっぺた柔らかい。ずっとこうしてみたかったんですよねぇ」
上下左右に頬が引っ張られる。
この状態で喋ればまたしても笑われるだろう。
私の呟きは聞こえていたらしい。
一人で感傷に浸らないで……その通りだ。
二年間、会えなくて寂しいと思っていたのは私だけではないのだから。
今はこうして傍にいるのだから。
だから。
彼女の両手首を掴み、私の頬から引き剥がす。
「朱美……私の頬は堪能できたか?」
様々な気持ちを込めて言えば、何かを察したらしい彼女は少しだけ身を固くした。
「君の言うとおりだ。こうやって出会えたのだから」
細い両手首を彼女の頭上に片手でまとめた後、顔を寄せて耳元で囁けば、彼女は身を捩らせた。
そうされるのが弱いのだ。
「じっくりと君を堪能しよう」
この部屋には二人しかいないけれど、内緒話をするように囁いてやれば、朱美は熱を帯びた溜息を吐いた。