夜に咲く花を共に
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
真闇を照らす月は煌々と輝き、月自身の輪郭も滲んでしまうほどだった。
半助はしばし月を見つめた後、目を閉じた。
瞼の裏に残る金色の残影を見ながら思い出す。
彼女の結い上げられた髪に差した青の玉簪。
白いうなじ。
山吹色の帯。
紺地に青と赤紫の紫陽花が咲いた浴衣姿の彼女に半助は息を飲んだ。
唇と頬に差した紅が艶やかさを引き立てる。
「綺麗だ」
窓の外は藍色の世界だというのに、彼女の世界特有の均質で眩い光の下では、熱くなる頬を隠せない。
頬に触れては化粧が崩れてしまうだろう。
半助はそっと朱美の顎を掬う。
しばし固まったままの恋人は、やがてくすりと笑みを溢した。
「半助さんも、似合ってます」
はにかむような笑みを浮かべられたら唇を塞ぎたくなってしまう。
半助は誤魔化すように自分の頭を乱暴に搔いた。
「じゃあ行きましょうか」
朱美が持つ山吹色の巾着袋に、半助は小さく声をあげた。
「その巾着…」
「よくお分かりですね」
かつて彼女が半助の世界で買ったもので、奇しくも帯の色と揃いであった。
「この浴衣、学園に持ってこうかな」
彼女に辛口な利吉やきり丸も、今の彼女を見れば黙ってしまいそうだと、半助は思った。
「そうだ、二人で写真も撮りたいですね」
皆に見せてやりたいと思う反面、自分だけの秘密にしておきたい気持ちも同じ位あったから、頷くことも止めるように言い聞かせることもできなかった。
しかし半助の答えは求めていなかったようで、朱美は玄関に行き履物に足を通す。
カランと鳴った。
いつも聞く音ではない。
「あれ。室町時代って下駄って一般的ではないんでしたっけ?」
専ら草鞋や忍足袋を履く半助にとって、彼女の履物に半助はしげしげと見つめる。
半助の知る下駄より上等で、鼻緒の紅色が目にも鮮やかであった。
「無いわけではないが、庶民には馴染みはないな」
半助の分まで用意されている。
履けば恋人と揃いの装いについ口元が弛んだ。
電車で花火会場まで向かえば、目的地に近づく度に浴衣の乗客が増えていく。
様々な色や柄の浴衣を見かけ、時代が過ぎても和装が愛されていることに半助は安堵した。
まもなく目的の駅に着く頃に窓から見えた川沿いの通りにびっしりと並ぶ出店の数々。その一件一件の光が眩く夜を照らしている。
電車が揺れた。
人が多くなった電車でつり革を掴めなくなった朱美はよろめき、思わず隣の半助の裾を掴んだ。
「すみません」
慌てて体勢を立て直す彼女に半助は微笑みを返した。
ほんの些細なことだった。
けれども半助の胸に大きな喜びが広がっていくのを、きっと彼女は知らないだろう。
反射的に掴もうとしたのが半助であった。
それが嬉しかった。