10 確かめたくて
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異世界から来た。
そんな事実、どう調べれば分かるのか。
分かるはずないだろう。
仙蔵は昨日の学園長によって明かされた彼女の秘密に呆然とした。
全校集会の前。彼女が池に落ちる、否、しんべヱの鼻水により足が滑り池に落ちる寸前、喜三太の手により奪われて落ちた風呂敷から抜け出た見知らぬ荷物に驚愕する。
彼女はこの国の者ではないのか。
そう思った。
一年い組の伝七が、出身国を聞いたらしいが、幼い頃に両親を亡くし、それからあちこちを点々としていたため、分からないと答えたことを話してくれた。真偽は定かではないが、話し方やある程度の作法を知っていることから、彼女は海を越えた国々の者ではないと、その時は判断したが…。
全校集会を終え、自分を含め、留三郎も文次郎も、調査の強制終了と答えを突き付けられたことに悔しがった。
分かるわけがないだろう、そんなこと。
思いつけるはずも無かった。
それでも自分達の手で、答えを手に入れたかった。
「そう来たか…これは予想外だ」
小平太はあっけらかんと事実を受け止めていたし、伊作も長次もそれに頷いていた。
そして今日の彼女は、これまでの彼女とは別人だった。よく笑い、よく話してくれた。
何より自分達を探し、今日の準備を労ってくれたことが嬉しかった。
学園長の思い付きにより開催されることになった歓迎会も、急遽、二度目の思い付きにより形式を指定されたのだ。
設営を担当した用具委員長の留三郎が一番大変だったであろう。
片や自分が委員長を務める作法委員は、今回の形式を記録に残すことが主であったから、それほど苦労は無かった。
微笑みながら菓子を差し出された時、それを素直に受け取ってよいのか、仙蔵を含め、六年は皆、一瞬だけ戸惑った。
気づかれていないとはいえ、彼女の日々の行動を探るべく尾けていたことや、親切を装いながら話しかけ、彼女の言葉から素性を探っていた事への罪悪感による戸惑いだ。
調査していたことを詫びると、彼女は慌てていた。
こうして、彼女と自分達の関係は改められた。少なくとも仙蔵はそう感じている。
自分達も彼女も、やっと安心して手を差し伸べられる。そう思った。
そして昨日の出来事を見て、周りには決して理解されないある事を、彼女ならきっと受け入れてくれると仙蔵は確信した。
「福富しんべヱ、山村喜三太には気を付けろ」
彼女はまっすぐ仙蔵の目を見て頷いた。
あぁ。理解された。
彼女は自分の同志だ。
大袈裟な表現だが、そう思わざるをえなかった。そう表現したくなるほど、理解されたことが嬉しかったのだ。
だから、夜に見知らぬ黒装束がいると思えば、それが周りを警戒しながら歩く彼女だと分かり、心がざわついた。まだ自分達に隠し事があるのだろうか。
庵へと向かっていることが分かり、隣を歩いていた長次と目を合わせると、庵の天井裏への最短経路へと跳んだ。
音を立てない事はもちろん、気配も消した。
しかし天井裏の小さな穴から覗いたとき、学園長の視線はしっかりとこちらへ向けられていた。
声こそ上げはしないが、侵入がとうに気づかれていた事に驚き、穴から目を離す。
老いてもなお天才忍者としての鋭さは衰えていないということか。
「もはや隠す事はせん。好きに見ているがよい」
視線を前に戻し、学園長は一人呟いた。
もしかしたら、奇跡的に残された歓迎会のデザートを学園長に届けることを朱美に依頼したのでは…という馬鹿げた秘密事も想定していた。しかし、彼の口ぶりからして、そのような類の事ではないことが分かる。
「学園長先生。伊瀬階です」
「うむ。入りなさい」
学園長の口調は一気に柔らかくなった。
開けられた戸から入る朱美の姿に彼は驚く。
「すみません。遅くなりました」
「おぉ。着替えたのじゃな。似合っとる似合っとる」
うんうんと頷き、学園長は座るように促す。
「して、見せたい物とは?」
「こちらです。きり丸君に見つかりそうになって…ちょっと焦りました」
彼女は学園長の前に正座して、間に小さな包みを置いた。
包みを開けると、キラリと光る金物が現れた。
仙蔵は、彼女の警戒した様子に納得した。
未熟ながらも、本能的なのか生物的なものなのか分からないが、秘密事に敏感な一年だ。
しかもきり丸は銭になるような物であるならなおさらだ。
彼女はこれを手に入れた経由を説明し出す。
聞きながら学園長は、それを手に取り、しげしげと眺めた。
「これは、西の大陸の時計じゃな。カステーラさんから似たような物を見せてもらったことがある」
仙蔵は長次を見た。長次は首を振る。
二人とも見たことは無かった。
「しかし何とも精巧で美しい。きり丸に見つかったら確かにコトじゃな」
カッカッと快活に笑う学園長。
「でもこれ、動いてるのか分からないですし、秒針も短針も無いんです」
彼女は掌に収まるカラクリの違和感を話した。
時を刻むための音がしない事。
しかし、一度だけ刻む音を聞いた事。
壊れているのかも分からない事。
そもそも朱美のものでも無い事。
学園長は腕を組み、目を瞑りながら聞いていた。
「明日、利吉が来る。またその時に見せようと思うが、それまでわしが預かっていても良いかな。帰りに は組の連中に見つかっては大変じゃからの。何にせよ朱美ちゃんがここへ来た重要な手がかりになるかもしれぬ」
「はい。お願いいたします」
「おっと、利吉はご存知かの」
「お話だけですが。山田先生の息子さんですよね」
「それともう一つ…」
学園長はこちらを再び見た。
「朱美ちゃんのことが気になって仕方が無い者がいるようじゃ」
出てこい。
目がそう言っていた。
天井板を外し、音もなく降り立つと、朱美の目は大きく見開かれた。
仙蔵と長次は気まずそうに目をそらす。
「申し訳ありません。伊瀬階さん」
「が、学園長はいつからお気づきに?」
彼女の関心は自分達が盗み聞きしていた事ではないようだ。
非難を受け止める覚悟をしていたが、肩透かしを食らった。
「初めっからじゃ」
学園長は得意気に胸を反らす。
先ほど天井裏であった目つきとは全く正反対の、愉快で、腹立たしいほどの陽気さが宿っている。
朱美は心底関心したように目を輝かせながら拍手する。
「あの、仙蔵君達に見せても?」
「構わん。わしのではないからの」
彼女の手から、例のカラクリを手渡される。
思ったよりもズッシリとして、冷たかった。
「後学のため、よく見ておきなさい」
教育者らしい事を口にしながらも、学園長は朱美からの喝采に浮ついているのは隠せていない。
朱美から時計の説明を受ける。
南蛮をはじめ、海を越えた国々の時間の数え方が異なる事は知っていたが、実際の時計を見るのは初めてであった。
驚いたのは、彼女にとってはこの小型で精巧な作りの時計さえも技術的に古いということだった。
「兵太夫に見せてやったら喜ぶ」
同じ委員会に所属する後輩のことを思い口にすると、彼女はポンと膝を打った。
所々、年寄りくさいというか、可憐という言葉から遠い所作をする人だなと、絶対に言葉にはしないが、仙蔵は思った。
「そうですね。兵太夫君、カラクリ作りが好きですもんね。きっと勉強になりますよ」
と朱美は目を細めながら笑った。
懐中時計を学園長に渡し、仙蔵と長次と共に庵を出た。
学園長から返してもらったら、兵太夫くんと三治郎くんに見せよう。
ううん。どうせなら見たい人に見せよう。
朱美はそう思いながら自室に戻り、眠ることにした。