7 殻を破って立ち上がる
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彼女の部屋で、濡れた彼女の体を拭いてやる。汚れた荷物や着替えはとりあえず部屋の隅に置いておく。
彼女の体は小刻みに震えていた。
それは寒さからではなく、秘密を知られて生徒達から奇異の目で見られた事への動揺からくるものであった。
山本の寝間着を借りて、濡れた髪の毛を拭く彼女の瞳は、あの頃の曇った瞳に戻っていた。
「温かいお茶を持ってきますね」
「………すみません」
声に覇気がなかった。
勝手口から食堂に入り、厨房で忙しなく動く食堂のおばちゃんに、朱美が池に落ちたことだけを伝え、お茶と軽食をもらう。
夕飯の定食は喉を通らないだろう。
「朱美ちゃんには、手伝いのことなら気にしないでって伝えてもらえます?きっと気にしてるだろうから」
「分かりました」
シナは少し躊躇った後、声を落として尋ねた。
「この後の全校集会のこと、聞きましたか?」
全校集会で伝えられる彼女の秘密を。
「聞いたわ。でも私にとっては朱美ちゃんの事情はどうだっていいわ。お手伝いしてくれて、嫌いな食べ物も無い、お残しもしない。それだけでいいわ」
生徒に聞かれぬよう、おばちゃんも小声で答えた。
お茶と軽食を彼女の元に運び、しばし一人にさせようと、山本は部屋を出て、教員長屋の周りを歩く。
思い返すのは、彼女が来たときのこと。
学園長の命で、倒れている彼女の着物、体、持ち物を調べた。
唐製でも南蛮製でもない下着、服
その生地の滑らかな肌触り。精密な縫合。
肌も整っており、手は荒れておらず、足裏も
柔らかく、筋肉も付いていない。
体つきからして武術の心得はない。
どこかの城のやんごとない身分の者か。
はたまたこの国では無い者か。
しかし起きてみれば言葉は通じた。
後ほど、異世界から来たという何とも奇妙奇天烈な展開を聞かされて目眩がしたが、見たこともない服装や持ち物を見れば、そうと信じざるを得なかった。
彼女が来て、好奇心旺盛なくノ一達は彼女が何者なのか授業中にも関わらず質問してきたから、「私に聞かれても分からないわ。そんなに知りたければ彼女に直接聞いてごらんなさい」と知らん顔。
彼女の行動範囲と日程からして、聞く機会など無いことを承知の上で言ってやった。
食堂で、または掃除をしている時を窺って話そうにも、それは難しかった。
食堂では、彼女がカウンター越しにいる間はゆっくり話せないし、彼女が食べるときは生徒達があらから食べた後の時間であり、間もなく授業開始の時間であるし、彼女はくノ一の校舎や長屋には踏み入らないから、ゆっくり話す機会などないに等しい。
話すことが難しいと分かると、いよいよ捜査へと変わる。夜中に彼女達が部屋に忍び込もうとしていたが、ノ一長屋を出ることは自分が目を光らせているため不可能であった。
忍たま達も同様に彼女を探ろうとしていた。
こちらは山田と土井が阻止していた。
事情を知らない教員達も、学園長からお達しが出ている以上、詮索はしない。
しかし、彼女の秘密を暴こうとする生徒達を止めはしなかったし、暴いた者には追加点を与えることを密かに告げていたことを知っていた。
彼女を知りたい。
秘密ならば忍らしく暴いてやる。
それだけだった。
教員一同も生徒達も、暴いたところで、彼女が秘密にしていたことを非難することなど考えてはいないようだ。
好きになるために知りたがっていたのである。
それは勤勉に忠実に学園内の雑務をこなし続けた彼女の成果である。
彼女もまた、秘密を抱えなくてはならないことから、学園の者達と距離を置いていた。
お互いのためにそろそろ告げるべきだ。
そう思っていたのは自分だけでは無かった。
今日の職員会議の前。
山田と土井と自分が、早めに庵に集められたことで悟った。とうとう告げるときが来たのだと。当然気づいていることを踏まえ、学園長も一からは説明はしなかった。
朱美の意向次第で、明日にでも全校集会を開こうと、前置きも無しに学園長は告げたのだった。
「その件ですが…ちょっと嫌な予感が」
土井はそう言うなり、今日の出来事を伝えた。
秘密を知るよりも何よりも仲良くなりたいなど、一年は組らしい行動だと思った。
しかし、彼らと関われば何かしら問題が起きる。
四人と一匹の中に芽生えた嫌な予感。
それは見事に的中した。
四半刻後に開かれた職員会議の途中、学園内が騒がしくなった。
ヘムヘムに様子を見に行かせ、会議は続いたが、間もなくヘムヘムが慌てた様子で戻ってきた。
全員が朱美を追いかけ、水練池に集まった挙げ句、彼女が池に落ちたと、ヘムヘムは教えてくれた。
教員達はざわめく。
何故そうなった、と。
「何!?」
土井が一番慌てていたことに、山田と共に苦笑を漏らす。
ヘムヘムは学園長に耳打ちした。
数度頷いた学園長は、土井と山田と自分に目配せをする。
「職員会議はこれで終了じゃ。全員、水練池に向かうように」
その言葉に、ヘムヘムの耳打ちの内容を悟る。
生徒達のいざこざに教員全員が出向く必要ない。彼らに何かを見せたいのだろう。
その何かは、彼女の秘密に関わるものなのだろう。
かくして、水練池での騒ぎに駆けつけ、夕食後に全校集会を行うことになった。
部屋に戻ると彼女は落ち着きを取り戻していた。おにぎりも食べ終え、お茶を啜っていた。
目が合うと、朱美は立ち上がり、着替えと夕食のお礼を言ってきた。
彼女の意向を確認せずに開くことになってしまったことを詫びた。
「本当は朱美さんに聞いてから、明日、打ち明ける予定でした」
彼女は首を振る。
「私もやっとスッキリできます。でも」
あの時の生徒達の表情が、彼女の瞳を曇らせるのだろう。
老婆姿の山本は、朱美の手をそっと握り、微笑みかける。心配することは無い。そう伝えたかった。
「それでね、朱美さん。学園長先生からのご提案なんだけども」
山本が伝えた学園長の提案に、朱美は目を丸くした。