どこまでも続く世界を
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目覚めの挨拶もそこそこに朝食の用意をするべく起き上がり、キッチンに向かう。
今日は早く起きて遠出をする。
早起きと言っても忍術学園でこの時間ならば既に朝食の準備は終えている時間だ。
今日の朝食は、昨晩のおかずとご飯の解凍とわかめの味噌汁と目玉焼きを作るくらい。
竈に火をおこしてご飯を炊いたり、野菜の皮むきや魚を捌いたりはしない。
帰ったときにおばちゃんに呆れられないように、これからは復習をしようと思う。
「朱美、おはよう」
背後から抱きしめられても、もう驚かない。
しかし驚かないことと、ときめかないことは同義ではない。
伝わる温もりと鍛えられた胸板と腕の逞しさ。
「おはようございます」
忍者ではない彼は、声も雰囲気も極めて柔らかい。
一度強く抱きしめられた後、半助さんは離れて一緒に朝食を作り出す。
卵を取り出して、熱したフライパンに割って落とす様を横目で観察しては、口がどうしても弛んでしまう。
「そういえば水軍の方とも仲がいいんですよね?」
「ああ」
会ったことはないけれど、話だけは聞いた兵庫水軍。忍術学園の皆と引けを取らぬ個性派揃い。
船酔いをする泳げないお頭、陸酔いをする水練の者。
「お会いしてみたいなぁ。もし実習で行く場合、見学してもいいですか?」
海賊といえば、ドクロが描かれた帆、眼帯といったベタなイメージや、洋画の印象しかなかった。
だから見てみたい。
「学園長の許可が下りたらな」
「遊び目的でも、半助さんと一緒にいたいからでもないですよ」
「分かってるよ」
それなのに半助さんの声は固い。
「まさかのまさかですが、水軍の方に恋に落ちたりしませんし、その逆もないですよきっと。ご心配なく」
冗談のつもりで言ったが図星だったようだ。
半助さんの耳が紅い。
「うそ………そんなこと心配してたのですか」
とはいえ、今から行く海がビキニ姿のチャンネーが歩くような海水浴場ではなく、家族連れが多い所を選んだ自分がいるから、人のことは言えない。
「お互い、ヤキモチ焼きの恋人で大変ですね」
つい、ネギを刻む手が速まる。
切って切って、恥ずかしいことを言ってしまった後悔をごまかすようにしていたら、多く刻みすぎてしまった。
味噌汁に入れる量では無い。
「そうだな」
そう言って半助さんは突然頬にキスをしてくるから油断ならない。
「自分でもこんなに嫉妬深いことに驚いてる」
「……私も」
斬りすぎたネギをタッパーに入れて冷蔵庫にしまう。夜か明日の朝、うどんに入れるなり、納豆に入れるなりしよう。
「学園の時はあまりなかったんですけどね」
ユキちゃん達は、戸部先生に黄色い悲鳴を上げていたし、若いシナ先生はむしろ私がときめいていた。
とある歌劇団を観に行けば私はきっとドはまりするのだろう。
「私は『あんまり』ではなかったけどな」
味噌汁をお玉で掻き混ぜながら、半助さんはジト目で睨んできた。
「私は利吉さんと諸泉さんが羨ましくて仕方なかったですよ」
「なんでだ……」
半助さんの色々なところを知っている利吉さんが。戦う半助さんを間近で見られる諸泉さんが、とても羨ましかった。
羨ましくて、憎たらしかった。
でも。
知らないならば知っていけばいい。
半助さんは何が好きで、何が嫌いなのか。
練物が嫌いだと知って、一生懸命作った竹輪を食べてくれなくて喧嘩になった幼い自分を思い出す。
見たいのならば、言えばいい。
利吉さんに促され、少し本気を出した土井先生を見て、騒いだあの頃。
もっと。
もっと彼を知りたい。
解凍して温めたご飯をお椀に移して、テーブルに運び、振り返れば味噌汁を装る半助さんの背中が見える。
Tシャツとジャージ姿。
初めて見たときは新鮮でニヤニヤが止まらなくて。
けれども贅沢なことに、今は忍装束姿の半助さんが恋しくなっている。
高鳴る胸を誤魔化すように、再び後ろを向いた。
窓から見える空は、今日も暑くなりそうだと予感させるほど明るかった。