4 七転八倒のその次
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
悪いことは重なるものである。
今日は朝から一日がかりの演習であった。
山田先生と共に裏山で遁法の授業をしていたのだが………。
狸隠れの術で木から下りられなくなったしんべヱを下ろそうと駆けつけたが、木の下に辿り着いたときにちょうど枝が折れ、その石頭が私の脳天に直撃して星が見えたし、
銭の音がしたと言って走り去るきり丸を追いかけていくうちに猪に会うし、
しんべヱときり丸を抱えて走れば、昨晩の雨でぬかるんだ道にはまり、しかも銭はそこに落ちていたらしく私の腕から抜け出そうとしたきり丸に引っ張られて転んでしまうし、
授業が終わって四人で学園へ戻る道中に、何故か道端に倒れていた飯加玄南くんに遭遇し、抱き起こした際に彼の匂いが付いてしまったし……なかなか散々な一日であった。
とはいえ、一年は組の教師としてこのくらいの事は良くある事だ。
問題はここからだった。
乱太郎達と学園に戻った時、潜り戸を抜ければ朱美が背中を向けて立っていた。
「伊瀬階さん?」
教員として事務員である彼女を呼べば、びくりと体が跳ねた。
乱太郎達も彼女の背中を見てギクリとしていた。
頭にたんこぶを作り泥だらけで異臭の付いた私を彼女が見れば、怒りの矛先がその原因を作った乱太郎達に向けられることを彼らは身を以て知っているのだ。
こしょばゆい話であるが、事実なのだから仕方が無い。
「……土井先生……乱太郎、きり丸、しんべヱ……」
振り返ってこちらを見た彼女の表情と声が硬いことに、私の胸の中は不安でいっぱいになる。
こんな時の彼女は、何か悲しいことが起きて落ち込んでいるのだと私は知っている。
「……朱美、どうし…」
「すすすすすみません朱美さん!」
「これには深ーい深ーい事情がありまして!!」
「どうかぼく達を叱らないでやってください!」
私の問いかけは慌てふためく三人によって掻き消されてしまった。
彼らの言葉を聞いているのかいまいち分からない様子だが、彼女は私を見るなり、勢いよく
背を向けてしまった。
「……他の一年は組の皆は既にお風呂に入ってますから、土井先生達も、どうぞ」
そう言って走り去ってしまった。
「……え?」
私達を見た時の彼女の顔は、明らかに嫌そうに眉を潜めていた。
まるで汚いものをみるような目で……。
三人もそんな朱美の様子を不思議がっていて、遠ざかる彼女の背中を口を開けて見送っている。
「………怒られなかったけど」
「どうしたんだろう朱美さん」
「こんなボロ雑巾みたいになられてしまった土井先生を見ても何も思わないなんて」
「とにかくお前達は早いとこ湯に浸かりなさい」
きり丸の言葉に何か言い返したくなるが、彼女が見せた表情が気掛かりで、私は彼女を追いかけることにした。
「朱美!」
呼び止めても彼女は足を止めない。
心の中は不安と焦りに満ちてきて、思わず手首を掴んでしまう。
「どうしたんだ?」
彼女の前に回り込み顔を覗こうとするが、
「……!」
その顔は背けられる。
考えてもみれば、今の私は泥だらけで、久しく風呂に入っていない飯加玄南くんの臭いが付いてしまっているわけで………私の時代より遙かに衛生的な環境で暮らしていた彼女にとっては耐え難い臭いな訳で………。
ある時、私の家に玄南くんが来ただけで近所から苦情が来たこともある位だから、この距離では相当な臭いが漂っているはずである。
「ご、ごめん!」
慌てて手を離して彼女から距離を取れば、
「土井先生も……お風呂に早く行った方がいいですよ………」
俯いたままの彼女は、確かにそう呟いて、すたすたと歩いていってしまった。
「朱美………!」
私が叫んでも彼女は振り向かない。
………まさか。
私は…朱美に避けられてしまった……?
いや、そんな…まさか……!
…待て。何が「いや、そんな…まさか……!」なのか。
いくら昨晩の彼女がしたり顔で「例え半助さんが蛙になってしまってもキスなんて余裕ですよ」と、西の大陸のお伽噺を例に出していたとしても…
その後も「例え半助さんがゾンビになっても」だとか「私がゾンビになってしまっても、愛してくれますか?」と、彼女が好きな系統の映画の話をしていたとしても……
実際に汚れきった私を見て、その意志が揺らいでしまってもおかしくはない。
「私は半助さんを溺愛していますから」と言ってくれた彼女だが、こうも避けられてしまうと、頭の中は真っ白になってしまい、立ち尽くしてしまう。
落ち込んでいるように見えた彼女だが、先程の態度と言葉からして、避けられているのだと思わざるを得なくなってしまった。
ともかく、早く風呂に入ろうと部屋に向かい、着替えと手拭いを取りに向かう。
まもなく夕食時だから、その時、彼女に会って話をしよう。
願わくばその時の彼女が私に微笑んでくれることを願い、風呂では体に付いた汚れと臭いをこそぎ落とすべく何度も何度も手拭いで体を擦ったのであった。