シティ・デェト
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
いわんこっちゃない。
目を覚ませば腕の中の朱美はそんな顔をしていた。
「おはようございます」
もしかしなくても呆れられている。
「おはよう」
申し訳なさをふんだんに込めた挨拶をするしかない私に朱美は溜息を付いてくるりと背を向けてしまった。
「朱美?」
「私も今起きたとこで……でも正直、もうちょっと寝てたいんです」
だが向こうを向く必要はあるのか。
「……」
私達が無言になると、エアコンの音だけが部屋を支配していた。
「私ももう少し寝ることにするよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
手を伸ばせば届く距離にいるのに、腕の中にいないだけでとても遠く感じる。
後ろから抱きしめたら、きっと更に呆れられるだろう。諦めなければ。
昨晩のことは良く覚えている。
簡単に言えば、酒に呑まれたのだ。
なかなか帰ってこない彼女を気にしつつ、買ってきた旅行雑誌を四半刻もかけずに読み終えてしまった。
紙じゃないと頭に入らないといいながらも、結局インターネットを使ってどこへ行くか検討して半刻。
やはり帰ってこない。
部屋の中をうろうろしたり、棚にある忍術書の解説本を読んだり、風呂場を隅々まで掃除しても帰ってこないから、気晴らしにコンビニやドラッグストアまで行き、何も買わないで出るのも悪いので、それなりの量の缶ビールや雑貨品を買ってきてしまった。
好きに使ってほしいと渡された彼女のお金だが、本当に好きに使ってしまった。
そして飲んでいるうちに寝てしまったのだ。
帰ってきたのが23時だというのだから驚きだった。
それでも途中で抜けてきたのが、彼女が息を切らせて帰ってきた様子から分かったのだった。
確かにアルバイトでもその位の時間に彼女は上がっているが、数刻の間、友達と騒いでいたのかと思うと、心の中に未熟で幼い気持ちが芽を出す。
別に友達といること自体に妬いているわけではない。
朱美に思いを寄せている「友達」と一緒なのが気に食わないのだ。
そこまで思うと、乱太郎達や何故か伝子さんが私の頭の中にやってきて好き勝手に囃し立ててくる。
「大人げなーい」だの「やあねぇ、男の嫉妬は見苦しいわぁ」だの、やいのやいのと言ってくるのだ。
うるさい、おまえらは真面目に授業を受けんか。
山田先生。気味が悪いので突然伝子さんになって出てこないでください。
と言えば、変装を解いた山田先生の拳骨が飛んでくる。ちなみに具体的な痛みまできちんと思い出せる。
話を元に戻そう。
先日、コーヒーショップで会って以来、やつ…いや、彼とは会っていないし、その後、朱美に対してどのような距離感で関係を築いているのか分からない。
分からないからこそ不安だが、これ以上、朱美の生活を覗くのはマナー違反だし、そもそも知る必要などない。
昨晩も、その前も、互いの境界が不鮮明になった頃に彼女から告げられる思いを知れば、もうそれだけでいい。
いや、告げられなくても知る必要などない。
と言いつつも執着してしまうのは、愛故なのか。
それとも、私がいない朱美の未来に、彼女の隣に立っているのかもしれないという、あくまで私の中での仮定の話に怯えているのかもしれない。
ああ。話が元に戻っていなかった。
その後、抱き潰すという表現が相応しいほど、彼女を自分の好き勝手に扱ってしまったのだ。
最後の方はもう思い出したくも無い。
ひたすら恥ずかしいことを言ったり言わせたりしていたのだ。
背を向けて眠ろうとしている朱美は、絶対に引いている。
起きたら何て声をかけようか。
まずは謝ろう。
躰は大丈夫だろうか。
ついでを言えば、その背中を抱きしめてもいいだろうか。
気怠い躰を起こせば、彼女の躰がびくりと跳ねた。
ソレが一瞬だけ見えてしまった。
「朱美」
呼びかけても彼女は寝ている。
否、寝たふりをしている。
私の見間違いでなければ、
彼女はスマートフォンで写真を見ていた。
私の見間違いでなければ、
その写真は昨晩のもので、私がだらしなく机に突っ伏して寝ているものだ。
やはり、あの時、彼女は私を撮っていたのだ。
それを今見返しているという訳か。
それも私の目の前で。
起きた私に驚いてすぐに電源ボタンを押して、狸寝入りをしているのだ。彼女は。
こんな事をするのだから、彼女は呆れても引いてもいないのだろう。
全く。
さっきまでの私の不安を返してほしい。
「朱美……起きてるんだろう?」
安心して彼女を背中から抱きすくめる。
柔らかで温かくて、良い匂いがする。
安心したからか、躰の緊張は解け、瞼が重くなってきた。
「写真じゃなくて、本物がここにいるんだから……」
私を見て。
目を閉じながら呟けば、彼女が大きく息を吸うのが分かる。
衣擦れの音で彼女がこちらを向いたのが分かるが、まさか口付けまでされるとは思わなかった。
幸福感に頬が緩む。
彼女の温もりを確かめながらまどろむなんて、なんて贅沢なのだろう。
私は今きっと締まりのない表情をしているに違いない。
カシャリ
そんな音が遠いところで聞こえた。
起きたら撮ったものを消すように言っておかねばならない。