鬼の手短編
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もういくつ寝るまで
溶けるような暑さはどこへやら。
あっという間にコートを着なければならない季節になってしまった。
まもなく街中にクリスマスソングが溢れてくるだろう。
子ども達は早くも冬休みとクリスマスとお年玉にソワソワし出している。
そして職員室のとある一角はどんよりとした空気が流れていた。
「どーせ今年も……どーせ今年も独りなんだ」
傍を通る先生達は机に突っ伏している鵺野先生を心底鬱陶しそうに見つめていた。
対するリツコ先生はソワソワしている。
この様子だと彼氏さんとデートなんだろうな。
たぶん泊まりの。
そんな決まりきった事を、五年の先生達が集まる席では尋ねもしないが、こちら三年生担任の先生方が集まる島では和気藹々と予定を語り合っていた。
「うちは子どもと実家に帰る予定なのよ」
「ああ。懐かしいですなぁ。私も娘が小さいときは……」
「子どもってあっという間よねぇ。うちの息子、今年の大晦日は友達の家で過ごすっていうのよ。昔は鼻垂らしながらママ、ママって泣きついて来たくせに」
家庭持ちの先生方は過去を惜しむように、けれども楽しそうに語っていた。
独身組の私と隣の組の先生は専ら聞き手役に回るも、私達にも話が振られた。
「俺はバイクで一人旅を」
隣の山内先生はアウトドア派だ。
独りの休日を楽しみにしている姿は向こうの島の彼とは対照的だった。
「山内先生らしいわね。ご実家のお父さんお母さんにも挨拶するのよ」
「はいはいー」
これは帰る気のない返事だ。
「道明先生は?」
そんな山内先生の答えに苦笑いしながら向かいの席の先生が私に尋ねてきた。
「私は……」
私の番になると、向こうの島の彼のしくしく声がピタリと止んだ。
「年末年始に実家に帰るだけですね」
「あら。ご両親も喜ぶでしょう。ゆっくり過ごせるわね」
特にクリスマスに予定がないことを弄らないから、この学年の島は平和だ。
「え。冬休みの予定無いなら俺とバイクでどっかいきません?」
隣の山内先生が邪気のない笑顔で誘ってくる。
「道明先生、バイク乗れますよね?ツーリング楽しそうって前に言ってたじゃないっすか」
数日前、バイク仲間がいないことをぼやいていた彼を思い出した。
家庭持ちの先生方は、慌てた様子で口をパクパクさせて、山内先生に何か言いたそうだった。
その時、ガタリと音がする。
鵺野先生が立ち上がり、通路と机を挟んで私と向き合う形になった。
空気は乾燥して、キャビネットに触る度に静電気が起きてしまうほどなのに、先生の視線はじっとりとしていた。
「じゃあ、じゃあ私が行こう!娘も妻も私を置いてテーマパークに行く予定なんだよ!」
ベテランの寺田先生が手を挙げた。
何だか分からない空気を打ち破るために咄嗟に手を上げた寺田先生だが、周りの先生からは同情の視線が注がれていた。
「寺田先生!いいんすか?ならどっか奢ってください」
「あ、ああ。いいとも、いいとも!」
周りの先生達は心底ほっとした様子で頷いていた。
「温泉とかどうっすか。あ、先生、バイク乗ったことないっすよね?後ろに乗せますよ」
「君は男2人旅でもいいんだね」
寺田先生はそっと呟いていた。
山内先生は既に男二人旅のプランを練り始めているなか、向かいの先生が「あ」と声を上げた。
「道明先生、そういえば見回りの当番でしょ?暗くなる前に行ってきたら?」
今日は私が見回り当番だ。
向かい側の先生の仰るとおり、暗くなる前に見回りをしておきたい。
この季節はあっという間に暗くなる。
薄闇の校舎は不気味だ。特にこの学校は。
「じゃあ、見回りに行ってきます」
立ち上がってキーボックスからマスターキーを取ろうとしたら、後ろからヒョイと取られてしまう。
鵺野先生だった。
「俺も行きますよ、道明先生」
「いいんですか?地獄先生と見回りなら暗い校舎も怖くないですね」
「でしょう?じゃあ、ちゃちゃっと行きましょう!ほらほら!」
鵺野先生に肩を掴まれ、押される。
結構強い力でぐいぐい押してくるから脚がもつれそうになってしまった。
「行ってらっしゃーい」
学年主任の先生は、ひらひらと手を振って私達を見送った。
ーーー
「先生……!」
旧校舎に入ろうとしたところで鵺野先生は突然話を切り出してきた。
「俺も、予定が無いんですよ!」
俺もって。
「もしかしなくても聞いてましたね?」
「アハハハ」
頭を掻きながら悪びれなく笑う鵺野先生。
旧校舎内もあっという間に見回りを終える。
途中、何度か何かがいた気がするが、きっと鵺野先生の霊感が移ったせいだ。霊感って移るものなのか分からないけど。
でも鵺野先生曰く、私は色々と影響を受けやすいようで、彼の霊力が私に注ぎ込まれ、彼の傍にいれば、それまで見えなかった闇の住人達の姿が見えるようになってしまったという。
今も視界の端に白い影が見えた気がする。
「それで?」
「えーっと」
その先の言葉を私は待つ。
けれども鵺野先生は立ち止まって顔を赤らめたまま何も言わない。
「何も無いなら、早めの大掃除とかされてはどうですか?」
「ええ?!」
全く彼は分かりやすい。
大きく見開かれた目が潤み出す。
「えーーっと……」
「もしくは」
日が沈もうとしている。
電気を消した旧校舎の廊下はひんやりとしていて、薄紫色に染まっていた。
「私と……どこか……行きません、か?」
何でもないように誘おうとしたのに、思った以上にぎこちない口調になってしまった。
冷え切った空気の中、頰は熱かった。
「いいんですか?!」
「嫌ですか?」
「いえ!!」
先生の声が廊下に木霊する。
「じゃあこの後、ファミレスで何処に行くか話し合いましょうか」
更に誘えば鵺野先生の目は輝き出す。
「でも先生………」
はっとして鵺野先生は気まずそうに私を見た。
「俺、金欠なので……どこか行くとか、そこまでの贅沢は…」
「そっか……」
地獄先生は何かと出費がかさむのは知っている。
「家でゆっくり過ごすのもいいですよね。ネットで映画を観ながらとか」
「へ?」
またしても鵺野先生の間の抜けた声が廊下に木霊する。
「ホラーでも何でも良いですよ」
「え、あの………家って」
「先生の家にはWi-Fi無いでしょう」
つまり、そういうこと。
「好きなお菓子とかお酒を買って、コタツに入りながら。そういうのもいいですよね」
ぽかんとしていた先生を置いて私は歩き出す。
そうでないと朱に染まった頬と緊張で潤んだ目がバレてしまいそうだから。
そんな時、目の前に現れたのは禍々しい異形のもの。
驚きのあまり悲鳴を上げる隙も無かった。
敵意を剥きだしにこちらを睨んでくるそれに私が立ちすくんでいると、かまいたちが傍を通ったのかと思うほど、鵺野先生が猛スピードで駆けつけ、鬼の手を取り出し、切り裂いてしまった。
怨霊は悲鳴を上げる間もなくこの世から消え去ってしまった。
対話とかすることなく強制成仏を選んだようだが果たして良かったのだろうか。
「大丈夫ですか?!」
封印を解いた彼の目は、血のように妖しく真っ赤に染まっている。
本人には内緒だけれど、そんな鵺野先生はぞくぞくするほどカッコイイ。
「………はい」
「良かった」
微笑む先生に私は釘付けになる。
あっという間に悪霊を闇に葬り、鬼の手を封印すれば彼の目の輝きは元に戻る。
「楽しみにしてますから!」
さきほどの凜々しさとは打って変わって、夏休み前の子どものような笑みを浮かべる先生は、隣を歩きながら「楽しみ楽しみ」と呟いたかと思えば、更に小声で歌い出すから、堪らず笑ってしまう。
「楽しみなのは分かりましたから!落ち着いてください」
目が合えば、ふっと落ち着いた笑みを浮かべてくるのだから反則だ。
職員室までにこの騒がしい高鳴りを収めなくてはならない。
溶けるような暑さはどこへやら。
あっという間にコートを着なければならない季節になってしまった。
まもなく街中にクリスマスソングが溢れてくるだろう。
子ども達は早くも冬休みとクリスマスとお年玉にソワソワし出している。
そして職員室のとある一角はどんよりとした空気が流れていた。
「どーせ今年も……どーせ今年も独りなんだ」
傍を通る先生達は机に突っ伏している鵺野先生を心底鬱陶しそうに見つめていた。
対するリツコ先生はソワソワしている。
この様子だと彼氏さんとデートなんだろうな。
たぶん泊まりの。
そんな決まりきった事を、五年の先生達が集まる席では尋ねもしないが、こちら三年生担任の先生方が集まる島では和気藹々と予定を語り合っていた。
「うちは子どもと実家に帰る予定なのよ」
「ああ。懐かしいですなぁ。私も娘が小さいときは……」
「子どもってあっという間よねぇ。うちの息子、今年の大晦日は友達の家で過ごすっていうのよ。昔は鼻垂らしながらママ、ママって泣きついて来たくせに」
家庭持ちの先生方は過去を惜しむように、けれども楽しそうに語っていた。
独身組の私と隣の組の先生は専ら聞き手役に回るも、私達にも話が振られた。
「俺はバイクで一人旅を」
隣の山内先生はアウトドア派だ。
独りの休日を楽しみにしている姿は向こうの島の彼とは対照的だった。
「山内先生らしいわね。ご実家のお父さんお母さんにも挨拶するのよ」
「はいはいー」
これは帰る気のない返事だ。
「道明先生は?」
そんな山内先生の答えに苦笑いしながら向かいの席の先生が私に尋ねてきた。
「私は……」
私の番になると、向こうの島の彼のしくしく声がピタリと止んだ。
「年末年始に実家に帰るだけですね」
「あら。ご両親も喜ぶでしょう。ゆっくり過ごせるわね」
特にクリスマスに予定がないことを弄らないから、この学年の島は平和だ。
「え。冬休みの予定無いなら俺とバイクでどっかいきません?」
隣の山内先生が邪気のない笑顔で誘ってくる。
「道明先生、バイク乗れますよね?ツーリング楽しそうって前に言ってたじゃないっすか」
数日前、バイク仲間がいないことをぼやいていた彼を思い出した。
家庭持ちの先生方は、慌てた様子で口をパクパクさせて、山内先生に何か言いたそうだった。
その時、ガタリと音がする。
鵺野先生が立ち上がり、通路と机を挟んで私と向き合う形になった。
空気は乾燥して、キャビネットに触る度に静電気が起きてしまうほどなのに、先生の視線はじっとりとしていた。
「じゃあ、じゃあ私が行こう!娘も妻も私を置いてテーマパークに行く予定なんだよ!」
ベテランの寺田先生が手を挙げた。
何だか分からない空気を打ち破るために咄嗟に手を上げた寺田先生だが、周りの先生からは同情の視線が注がれていた。
「寺田先生!いいんすか?ならどっか奢ってください」
「あ、ああ。いいとも、いいとも!」
周りの先生達は心底ほっとした様子で頷いていた。
「温泉とかどうっすか。あ、先生、バイク乗ったことないっすよね?後ろに乗せますよ」
「君は男2人旅でもいいんだね」
寺田先生はそっと呟いていた。
山内先生は既に男二人旅のプランを練り始めているなか、向かいの先生が「あ」と声を上げた。
「道明先生、そういえば見回りの当番でしょ?暗くなる前に行ってきたら?」
今日は私が見回り当番だ。
向かい側の先生の仰るとおり、暗くなる前に見回りをしておきたい。
この季節はあっという間に暗くなる。
薄闇の校舎は不気味だ。特にこの学校は。
「じゃあ、見回りに行ってきます」
立ち上がってキーボックスからマスターキーを取ろうとしたら、後ろからヒョイと取られてしまう。
鵺野先生だった。
「俺も行きますよ、道明先生」
「いいんですか?地獄先生と見回りなら暗い校舎も怖くないですね」
「でしょう?じゃあ、ちゃちゃっと行きましょう!ほらほら!」
鵺野先生に肩を掴まれ、押される。
結構強い力でぐいぐい押してくるから脚がもつれそうになってしまった。
「行ってらっしゃーい」
学年主任の先生は、ひらひらと手を振って私達を見送った。
ーーー
「先生……!」
旧校舎に入ろうとしたところで鵺野先生は突然話を切り出してきた。
「俺も、予定が無いんですよ!」
俺もって。
「もしかしなくても聞いてましたね?」
「アハハハ」
頭を掻きながら悪びれなく笑う鵺野先生。
旧校舎内もあっという間に見回りを終える。
途中、何度か何かがいた気がするが、きっと鵺野先生の霊感が移ったせいだ。霊感って移るものなのか分からないけど。
でも鵺野先生曰く、私は色々と影響を受けやすいようで、彼の霊力が私に注ぎ込まれ、彼の傍にいれば、それまで見えなかった闇の住人達の姿が見えるようになってしまったという。
今も視界の端に白い影が見えた気がする。
「それで?」
「えーっと」
その先の言葉を私は待つ。
けれども鵺野先生は立ち止まって顔を赤らめたまま何も言わない。
「何も無いなら、早めの大掃除とかされてはどうですか?」
「ええ?!」
全く彼は分かりやすい。
大きく見開かれた目が潤み出す。
「えーーっと……」
「もしくは」
日が沈もうとしている。
電気を消した旧校舎の廊下はひんやりとしていて、薄紫色に染まっていた。
「私と……どこか……行きません、か?」
何でもないように誘おうとしたのに、思った以上にぎこちない口調になってしまった。
冷え切った空気の中、頰は熱かった。
「いいんですか?!」
「嫌ですか?」
「いえ!!」
先生の声が廊下に木霊する。
「じゃあこの後、ファミレスで何処に行くか話し合いましょうか」
更に誘えば鵺野先生の目は輝き出す。
「でも先生………」
はっとして鵺野先生は気まずそうに私を見た。
「俺、金欠なので……どこか行くとか、そこまでの贅沢は…」
「そっか……」
地獄先生は何かと出費がかさむのは知っている。
「家でゆっくり過ごすのもいいですよね。ネットで映画を観ながらとか」
「へ?」
またしても鵺野先生の間の抜けた声が廊下に木霊する。
「ホラーでも何でも良いですよ」
「え、あの………家って」
「先生の家にはWi-Fi無いでしょう」
つまり、そういうこと。
「好きなお菓子とかお酒を買って、コタツに入りながら。そういうのもいいですよね」
ぽかんとしていた先生を置いて私は歩き出す。
そうでないと朱に染まった頬と緊張で潤んだ目がバレてしまいそうだから。
そんな時、目の前に現れたのは禍々しい異形のもの。
驚きのあまり悲鳴を上げる隙も無かった。
敵意を剥きだしにこちらを睨んでくるそれに私が立ちすくんでいると、かまいたちが傍を通ったのかと思うほど、鵺野先生が猛スピードで駆けつけ、鬼の手を取り出し、切り裂いてしまった。
怨霊は悲鳴を上げる間もなくこの世から消え去ってしまった。
対話とかすることなく強制成仏を選んだようだが果たして良かったのだろうか。
「大丈夫ですか?!」
封印を解いた彼の目は、血のように妖しく真っ赤に染まっている。
本人には内緒だけれど、そんな鵺野先生はぞくぞくするほどカッコイイ。
「………はい」
「良かった」
微笑む先生に私は釘付けになる。
あっという間に悪霊を闇に葬り、鬼の手を封印すれば彼の目の輝きは元に戻る。
「楽しみにしてますから!」
さきほどの凜々しさとは打って変わって、夏休み前の子どものような笑みを浮かべる先生は、隣を歩きながら「楽しみ楽しみ」と呟いたかと思えば、更に小声で歌い出すから、堪らず笑ってしまう。
「楽しみなのは分かりましたから!落ち着いてください」
目が合えば、ふっと落ち着いた笑みを浮かべてくるのだから反則だ。
職員室までにこの騒がしい高鳴りを収めなくてはならない。