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他の先生方より背が高くて
髪の毛がハネていて
よく見てみると忍び装束は汚れていて
すれ違うと火薬の匂いがして
瞳は大きくて
鼻筋は通っていて
指は長くて
努力家で勤勉で頑固で
控えめな割に知識欲は旺盛で
時折見せる笑顔は花のようで
まっすぐな瞳は
時折孤独に揺れていて
それでも前を見据え続けていて
あなたを1つずつ知って、1つずつ気づいていくほどに、気が付けば空の青が見えないくらい深い海の底にいるように、引き返せないほどあなたを好きになっていた。
世話になっているのだから役に立ちたい。
孤独を知っているから支えたい。
そんな気持ちのなかで、初めから顔を出していた小さな芽の名前は恋という。
「おはようございます伊瀬階さん」
「土井先生。おはようございます」
食堂のおばちゃんと朝食を作り終え、テーブルを拭いている頃に半助はやって来る。
この時、朱美は布巾に力を込めてテーブルを拭くことで、騒がしくなる胸を誤魔化すのはいつものこと。
「はい、どうぞ」
おばちゃんから朝食を受け取ると半助は朱美が拭いているテーブルに座る。
「すみません。急いで拭き終えますので」
「慌てないでいいですよ。学園の生活は慣れましたか?」
「あ、はい。おかげさまで」
拭き終えても半助が話しかけるので朱美はカウンターを気にしつつも、返事をする。
「良かった。今日の午後もお手伝いをお願いしますね」
「こちらこそ。ご迷惑をおかけしますが」
そう言って頭を下げると、廊下が騒がしくなった。
朝練を終えた忍たま達が食堂にやって来るのだ。
「失礼します」
朱美は急いで厨房側へまわり、おばちゃんと共に朝食を渡す。
この世界に来たばかりの頃に比べれば、表情は格段に柔らかい彼女を、半助は箸を進めながら眺めていた。
彼女のことが気にかかり、彼女が机を拭くこの時間に食堂にやって来ては言葉を交わす。
拭いている机に半助がわざわざ座るのも、彼女と会話を交わすため。
正体を明かせずにいる彼女に寄り添うべく言葉を掛けてやるが、半助が話しかければ彼女の纏う空気は固くなる。
それでも柔くなることもある。
それは、手伝いをしてくれた彼女に半助が「助かりました」と言ったときだった。
異世界から来たという嘘のようで真の境遇の彼女だが、できることは多かった。
元の世界では学生であり、四則演算が難なくできる。だからテストの採点の手伝いも任せられるし、それでいて飲み込みが早い彼女は、事務仕事も効率良くこなした。
始めは手習いを兼ねた問題用紙作りのみだが、徐々に任せる仕事を増やしたのだった。
「本当に助かりました。おかげで明日は家に帰れる」
ついうっかり半助は涙を浮かべてしまった。
なにせ滞納し続けた家賃も払えるし、明日はドブ掃除の当番の日でもあったからだ。
「良かったです……」
堅い蕾が綻んで、花が咲く。
半助はほんの一瞬だけ心に波紋が広がる。
彼女の笑顔を見られて嬉しいのは、彼女の涙を知っているから。
月下のもと命を絶とうとした彼女を見たから。
そう言い聞かせれば、心は静かになる。
そして翌日、家の用事を済ませた帰り道、団子を土産として渡せば彼女は大いに恐縮していて、渡すのが大変だったことを半助は思い出し、くすりと笑ってしまった。
半助はまた思い出す。
麗らかな春の午後、伝蔵と半助の部屋で共に仕事をしていた時だ。
彼女の机を見れば、伝蔵から依頼されたらしい実地学習のための補足プリントを作成していた。
未熟さは残るものの、整った文字を見て半助は声をあげた。
「最近、また字が上達しましたね」
「ありがとうございます」
半助は知っている。
彼女は彼女自身を褒めてもそれほど喜ばないという複雑な性格を。
朱美は明らかに貼り付けた笑みを浮かべている。
「疑っているでしょう」
「いえ……」
「本当ですよ。こう見えても私は厳しくて、なかなか褒めないんですよ?」
「恐縮です」
戯けて言ってみせても、彼女は笑わず、視線は机から動かない。
沈黙が再び降りる。
「あの」
しかし、その沈黙を破ったのは朱美だった。
「一年生なのに、こんな過酷な授業もやられるんですね」
彼女はプリントを作りながら思っていたらしい。
裏裏山での飛行の術の練習だ。
縄を繫げた細い糸を括った矢を射て、谷を渡るものだ。
生徒が弓を射ることにも、縄を渡ることにも彼女は驚愕していた。
この間も、目隠しをした生徒達を裏裏山まで連れて行き、そこから地図と耆著を頼りに忍術学園まで帰ってくるという授業にも驚いていた。
「やはり一流の忍の道って険しいものなのですね」
こんな時の彼女は、目を輝かせ、饒舌になる。
「山田先生も土井先生もこの術ができるのですか」
「ああ。もちろん」
「……すごい。創作の中の忍者は火や水を出したりするけど、本物の忍者は卓越した身体能力を持っているんですね」
ついつい色々と教えたくなる。
半助はこの間の実地学習の話をしようと口を開きかけた時、
「すみません。手、止まっていました」
と彼女は表情を引き締め、黙々と筆を進めたから、半助も言葉を飲み込んだ。
ここで話をしてしまっても良かったのだが、真剣な彼女の表情を見れば、そんな気は起こらなかった。
彼女の生真面目さに半助はそっと笑うのだった。
「おばちゃん、ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさま」
半助は朝食を食べ終え、食器を戻せばおばちゃんが笑顔で受け取る。
朱美はといえば、次々とくる生徒達に朝食を渡していた。
チラリと半助に送られた視線。
ほんの少しだけ驚いて目を開いたが、すぐに視線をそらし、生徒達に朝の挨拶を交わす。
今日も一日が始まる。
彼女にとって良い一日であるように。
半助はそう願って食堂を後にした。
髪の毛がハネていて
よく見てみると忍び装束は汚れていて
すれ違うと火薬の匂いがして
瞳は大きくて
鼻筋は通っていて
指は長くて
努力家で勤勉で頑固で
控えめな割に知識欲は旺盛で
時折見せる笑顔は花のようで
まっすぐな瞳は
時折孤独に揺れていて
それでも前を見据え続けていて
あなたを1つずつ知って、1つずつ気づいていくほどに、気が付けば空の青が見えないくらい深い海の底にいるように、引き返せないほどあなたを好きになっていた。
世話になっているのだから役に立ちたい。
孤独を知っているから支えたい。
そんな気持ちのなかで、初めから顔を出していた小さな芽の名前は恋という。
「おはようございます伊瀬階さん」
「土井先生。おはようございます」
食堂のおばちゃんと朝食を作り終え、テーブルを拭いている頃に半助はやって来る。
この時、朱美は布巾に力を込めてテーブルを拭くことで、騒がしくなる胸を誤魔化すのはいつものこと。
「はい、どうぞ」
おばちゃんから朝食を受け取ると半助は朱美が拭いているテーブルに座る。
「すみません。急いで拭き終えますので」
「慌てないでいいですよ。学園の生活は慣れましたか?」
「あ、はい。おかげさまで」
拭き終えても半助が話しかけるので朱美はカウンターを気にしつつも、返事をする。
「良かった。今日の午後もお手伝いをお願いしますね」
「こちらこそ。ご迷惑をおかけしますが」
そう言って頭を下げると、廊下が騒がしくなった。
朝練を終えた忍たま達が食堂にやって来るのだ。
「失礼します」
朱美は急いで厨房側へまわり、おばちゃんと共に朝食を渡す。
この世界に来たばかりの頃に比べれば、表情は格段に柔らかい彼女を、半助は箸を進めながら眺めていた。
彼女のことが気にかかり、彼女が机を拭くこの時間に食堂にやって来ては言葉を交わす。
拭いている机に半助がわざわざ座るのも、彼女と会話を交わすため。
正体を明かせずにいる彼女に寄り添うべく言葉を掛けてやるが、半助が話しかければ彼女の纏う空気は固くなる。
それでも柔くなることもある。
それは、手伝いをしてくれた彼女に半助が「助かりました」と言ったときだった。
異世界から来たという嘘のようで真の境遇の彼女だが、できることは多かった。
元の世界では学生であり、四則演算が難なくできる。だからテストの採点の手伝いも任せられるし、それでいて飲み込みが早い彼女は、事務仕事も効率良くこなした。
始めは手習いを兼ねた問題用紙作りのみだが、徐々に任せる仕事を増やしたのだった。
「本当に助かりました。おかげで明日は家に帰れる」
ついうっかり半助は涙を浮かべてしまった。
なにせ滞納し続けた家賃も払えるし、明日はドブ掃除の当番の日でもあったからだ。
「良かったです……」
堅い蕾が綻んで、花が咲く。
半助はほんの一瞬だけ心に波紋が広がる。
彼女の笑顔を見られて嬉しいのは、彼女の涙を知っているから。
月下のもと命を絶とうとした彼女を見たから。
そう言い聞かせれば、心は静かになる。
そして翌日、家の用事を済ませた帰り道、団子を土産として渡せば彼女は大いに恐縮していて、渡すのが大変だったことを半助は思い出し、くすりと笑ってしまった。
半助はまた思い出す。
麗らかな春の午後、伝蔵と半助の部屋で共に仕事をしていた時だ。
彼女の机を見れば、伝蔵から依頼されたらしい実地学習のための補足プリントを作成していた。
未熟さは残るものの、整った文字を見て半助は声をあげた。
「最近、また字が上達しましたね」
「ありがとうございます」
半助は知っている。
彼女は彼女自身を褒めてもそれほど喜ばないという複雑な性格を。
朱美は明らかに貼り付けた笑みを浮かべている。
「疑っているでしょう」
「いえ……」
「本当ですよ。こう見えても私は厳しくて、なかなか褒めないんですよ?」
「恐縮です」
戯けて言ってみせても、彼女は笑わず、視線は机から動かない。
沈黙が再び降りる。
「あの」
しかし、その沈黙を破ったのは朱美だった。
「一年生なのに、こんな過酷な授業もやられるんですね」
彼女はプリントを作りながら思っていたらしい。
裏裏山での飛行の術の練習だ。
縄を繫げた細い糸を括った矢を射て、谷を渡るものだ。
生徒が弓を射ることにも、縄を渡ることにも彼女は驚愕していた。
この間も、目隠しをした生徒達を裏裏山まで連れて行き、そこから地図と耆著を頼りに忍術学園まで帰ってくるという授業にも驚いていた。
「やはり一流の忍の道って険しいものなのですね」
こんな時の彼女は、目を輝かせ、饒舌になる。
「山田先生も土井先生もこの術ができるのですか」
「ああ。もちろん」
「……すごい。創作の中の忍者は火や水を出したりするけど、本物の忍者は卓越した身体能力を持っているんですね」
ついつい色々と教えたくなる。
半助はこの間の実地学習の話をしようと口を開きかけた時、
「すみません。手、止まっていました」
と彼女は表情を引き締め、黙々と筆を進めたから、半助も言葉を飲み込んだ。
ここで話をしてしまっても良かったのだが、真剣な彼女の表情を見れば、そんな気は起こらなかった。
彼女の生真面目さに半助はそっと笑うのだった。
「おばちゃん、ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさま」
半助は朝食を食べ終え、食器を戻せばおばちゃんが笑顔で受け取る。
朱美はといえば、次々とくる生徒達に朝食を渡していた。
チラリと半助に送られた視線。
ほんの少しだけ驚いて目を開いたが、すぐに視線をそらし、生徒達に朝の挨拶を交わす。
今日も一日が始まる。
彼女にとって良い一日であるように。
半助はそう願って食堂を後にした。