描きかけの未来
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朱美は起き上がれなかった。
それは昨晩に飲んだ酒のせいではなかった。
ひたすら襲い来る羞恥と戦っていたのだ。
酔うと昨晩の記憶が無くなる者もいるが、自分は一切忘れてなどいなかった。
できれば忘れたかった。
ビールを口にした瞬間、得も言われぬ高揚感に包まれ、思ったことを口にせねば気が済まなくなったのだ。
飲めば飲むほど、その衝動は抑えがたいものとなっていった。
その時放った言葉も覚えている。
更にその後の、はしたないを越えた、下品な振る舞いも。
放った言葉に偽りは無い。
心の隅の隅に追いやっていた言葉を残らず吐いたのだ。
だからこそ、この瞼を開けて、一日を始めたくなかった。
薄目を開けてカーテンの隙間から空を確認すれば、うっすらと明るかった。4時位だろうか。
隣に眠る半助はまもなく起きてしまうだろう。
おそらく自分が身じろぎをすれば、気が付くはずだ。
しかも、体勢も問題がある。
半助に抱きしめられる形が常だが、今日は朱美が半助の腕にかじりつくように眠っていたようだ。
一刻も早く腕を解きたい。
しかし解いたら起きてしまう。
ともかく目を開けた。
すると、半助の寝顔はすぐ傍にあった。
物珍しさに朱美は見つめてしまう。
視線で彼の輪郭をなぞってみるだけならば、起きることはないだろう。
形のいい瞳は閉じられ、カーテンから漏れる薄明かりが滑らかな肌を照らしていた。
綺麗だなと朱美は思う。
彼の世界へ帰れば、二人きりの時間は殆どないだろう。
今だけ彼を独り占めしても、いいだろう。
最初はきり丸を始め、学園の皆に罪悪感を抱いていたが、次第にそんな思いへと変わっていった。
学園では、半助は一年は組に付きっきりだ。
朱美も食堂の手伝いと事務仕事に追われるだろう。
二人きりで会えるのは夜の少しだけの時間。
けれども、彼と会えない時間も会える時間も愛しいのだ。
忍術学園の皆がいる世界そのものを朱美は愛しているからだった。
「朱美」
起きたのか。
朱美はハッとするも、彼の瞳は閉じられたままだった。
彼の空いている方の腕が、探るように朱美を抱きしめた。
寝言だろうか。
夢のなかでも自分のことを考えてくれることに、幸せで胸がいっぱいになる。
ぎゅっと強く抱きながら彼は幸せそうに口角を上げた。
それは反則だ。
尚も彼の腕を抱きしめているが、鼓動の騒がしさが伝わってはいないか不安になってしまう。
「寒い……」
そう言って両腕で抱きしめようとするので、朱美はチャンスと言わんばかりに、しかし、そっと腕を放した。
両腕で抱きしめられるのだから、身動きできないことには変わりは無い。
とは言え彼を抱きしめていたという証拠が残らない。それで充分だ。
大きめのタオルケットを掛けていたはずだが、どちらかの寝相で足下まで追いやってしまったらしい。
朱美は足指で器用に摘まみ、刷り上げて、手にバトンタッチすれば、肩まで掛けた。
これで寒くないかと彼を確認すればその目は開かれていた。
「おはよう」
驚く朱美が可笑しくてたまらないといった様子の半助に、朱美は無理矢理彼の腕を解き、起き出そうとした。
「おっと」
そうはさせまいと半助は腕の力を強めた。
「まだ早い。こうしていよう」
目覚めたばかりだというのに、彼の声ははっきりしていた。
「ん……」
啄むようなキスをされ、朱美はますます腕から逃れたくなった。
「昨日はあんなに積極的だったのに」
「ほんと、言わないでください」
「覚えてるの?」
「あ」
しらばっくれれば良かった。
しかし時既に遅しだ。
「すごく可愛かったよ」
事もなげに言う彼が憎々しい。
「半助さんはそんなに照れてなかったのが悔しい」
いっそ開き直って昨晩の感想を言えば、半助に頭を撫でられる。
「そんな事無いさ……」
彼の語尾があくび交じりになった。
半助の少し潤んだ瞳に、朱美の心臓は早鐘のように打ち始める。
「さすがに疲れたから、もう少し寝ていたい」
改めて昨晩の事がまざまざと思い出される。
眠りの淵に滑り落ちる寸前に聞こえた彼の声。彼の手が躰に触れたかと思えば現金にも飛び起き、彼へと抱きついたのだ。
眠りの底から全力で這い上がり、覚醒したのだった。
湧き上がる羞恥に、朱美は許されるなら布団に足をバタつかせたかった。
「そう言われると私は眠くなくなってしまうんですけど。起きたいので離してください」
「それはできかねるな」
目をつぶりながらクスクスと笑う半助。その腕の力は弱まることなく朱美を抱きしめたままだ。
半助の笑いが収まれば、部屋は再び静まり返る。
いや、朱美の鼓動だけが騒がしかった。
半助の吞気な寝顔に腹が立つ。
朱美は、半助の脇に手を差し込み、容赦なくくすぐる。
「っ!!」
半助は目にもとまらぬ早さで朱美の腕を掴んだかと思えば、体を反転させ、覆いかぶさった。
片手で朱美の腕を頭上へとまとめてしまう。
「やったな……」
ニヤリと笑う半助に、朱美は睨み付ける。
唇の柔らかさと温度を確かめるような、ねっとりとした口付けを半助は行う。
繋いだ唇の隙間から零れる彼の声に、どうしても朱美は疼いてしまう。
「疲れているのでしょう?早く寝てください」
「どうしようかな……」
掠れた声と熱っぽい視線、これからいたぶってやろうという意地の悪い笑み。
「毎回これで遅刻しそうになるから、止めたいんですけど…そろそろ学習しましょうよ…」
「そう言いつつ君だって嫌がらないじゃないか」
「……だって」
「だって?」
「……それ、は」
口を衝いた言葉だが、その先は絶対に言いたくない。
半助もその先の言葉は何となく分かっているのか、紡がれることを楽しみに待っていた。
「言わないと……こうだ!」
半助の空いた手が朱美の脇腹をくすぐる。
「や、やめ!っあはは!やだっ、はんっす、け…さん!」
身を捩って逃れようとしても、彼の手は引っ付いたままだった。
「言わないとこのままだぞ?」
「さいっ……ていっ!やめ…やめて…っ、あはっ、言う、言い、ます、から!」
朱美は涙を浮かべ首を振る。
言う意志を伝えても、言わないと本当に止めるつもりはないようだ。
「半、助……さん、が……好き……だから…」
ようやく解放され、朱美は胸を上下させ、頬を染めたまま睨み付けた。
その怒り様は、おそらく夕食に練り物が出そうなほどだった。
「ごめん」
「許しません」
朱美の視線は冷ややかなままだった。
初めて見る朱美の表情に、これはマズイと半助は内心焦った。
更には溜息をつかれてしまう。
「私からやったことですし、別にいいですけど……やりすぎです」
自分の落ち度も語るのが彼女らしい。
彼女は半助を完全に責めないのだ。
怒っていることをもっと伝えて、何か要求してきてもいいのに。
この世界では、この身以外与えられるものは無いのだけれど。
半助が体をずらせば、彼女はゆっくりと上体を起こす。そのまま立ち上がるのかと思えば………動かない。
「ああ!もう!」
そう言って顔を真っ赤にさせて半助の隣に突っ伏す。
「朱美……?」
半助が名を呼べば、彼女は頭を上げて、恨みがましそうに見つめてきた。
「早く……してください」
ああ、もう…。
彼女とは異なる調子で半助は呟いたのだった。