償いの薬師
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蹄が地を蹴る力強い音と共に、朝靄を一陣の風が払う。
全身に受ける風は生温く纏わりつくようだった。
学園を出て、山を降り、近くの家から馬を校医として貰った給与と引き換えに譲り受けてもらい、こうして手綱を引いている。
幼い頃に習った馬術は、まだ身体に残っていた。
視界から流れていく景色と共に、朱美の記憶は遡る。
鋳造技術の優れたカエンタケ城。
立地により食糧資源が豊富なツキウラタケ城。
隣り合う2つの領土。
戦で消耗せずとも、婚姻により同盟を結ぶことをカエンタケ城は初めは考えていたようだ。
カエンタケ城には男子が、ツキウラタケ城には同い年の女子がいた。その女子の美しさは隣国にも伝わっていたという。
だからこそ、カエンタケ城から婚姻の話が持ちかけられた時、隣の強国に怯えずに済むとツキウラタケ城の家臣達は喜んだ。
しかし、ツキウラタケ城の姫は、カエンタケ城の若君の似顔絵を見て、顰め面を浮かべて首を振るばかりであった。
「嫌。こんな男と契りを交わして跡継ぎを産めというの?」
そして甘ったるい笑みと声と共に
「私は父上母上と離れたくないの」
城の者を絶望に突き落としたのだった。
鞠が欲しい。
絹の衣が欲しい。
欲しいといえば与えられた。
婚姻を断った娘に対し、城主とその妻が浮かべた顔は、一人の親の顔だった。
「そうかそうか」とデレデレと相貌を崩す様に、家臣たちは底知れない失望と怒りを抱いたことだろう。
そこからの転落は、あっという間だった。
婚姻を断ってからほどなく、カエンタケ城からの文に城内は蜂の巣を突いたように騒がしくなった。
領内の様子を報告し合い、指示を出す家臣たちの荒げた声がそこかしこで飛ぶ。
災の原因を作った本人は、密かに作られた床下の通路へと父と母に送り出され、訳も分からぬまま つつじと城を出た。
足早に歩くつつじに引かれ、やがて隣の山を登る途中、城の方向からは煙が上がっていた。
黒い煙が空に登り溶けていく様を見ながら、それでも足を止めずに乳母の つつじ に手を引かれ、北上した。
足が棒になっても、つつじは止まらなかった。
古いお堂で夜を過ごしながら幾日も歩いた中、彼女は様々なものを見た。
老いた者も幼い者も、病や貧しさや戦で命が残酷なまでに平等に落とされる様を。そして家族を失い、悲しみにくれる者、呆然とたたずむ者、怒りに我を忘れる者を。
それらを見て、ようやく愚かな姫は自分の犯した罪を自覚したのだ。
ツキウラタケ領の民はどうしているのだろう。
仕えてきた城の者達は。
父と母は。
その度に途方もない大きな感情に動けなくなり、耐えきれなくなって つつじを見た。
つつじは罪を自覚した姫の目を見て、頷いた後、呪文を唱えた。
「欲しがってはならぬ。与えつづけよ」と。
自分の罪と、父と母の罪を償うには、
与え続けるしかないのだと。
つつじは夜が来るたびに、自分の知識を彼女に分け与えた。
毒になる草、薬になる草、怪我の対処。
城にいた時も聞いた話だったが、自分には関係のない話だと、かつての姫は聞いたふりをして頷いていたのだが、今は違う。
これまで彼女の物は満ち溢れ、親から惜しみない愛を与えられていた。それらを崩され、彼女に残されたものは何もなかった。
その虚を埋めるため、彼女は乳母の話を真剣に聞いた。
知識を満たすことで、少しでも償いたかった。
そして池井穂毛村に落ち着き、いつしか村の医師として身を捧げることとなった。
つつじから得た知識を使い、二人で村の怪我や病を癒やし続けると、村の者達からは感謝と尊敬の意を送られた。
つつじの死後、彼女が遺した手紙には忍術学園のことが記され、彼女はその導きのままには向かうのであった。