深読みの結果
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
午後の授業の終わりを告げる鐘が響き、半助は書を閉じた。
「今日はここまで」
ありがとうございました。と声を揃える一年は組達の声を聞き終えてから教室を出たのだが、ふと足を止め、再び教室に顔を覗かせた。
「庄左ヱ門、ちょっといいか?」
一年は組の学級委員長でもあり、教科の成績が視力テストレベルのは組の頭脳的存在でもある彼にしか頼めないことだった。
元気の良い返事と共に、庄左ヱ門は担任の元へと駆け寄る。
「伊瀬階さんにこれを渡してもらいたいんだが………」
ーーー
朱美は腕を組み、彼を凝視した。
小さな穴から途切れることのない鼻水。
おたまじゃくしのような独特な眉毛。
モチモチとした頬。
つぶらな瞳。
「しんべヱ」
「はい!」
「大切な手紙がベトベトなんだけど」
えへへと何故か照れ笑いする彼に朱美は項垂れた。
「まあいいか………部屋まで届けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
使命を終え、教員長屋の外廊下を満足そうに歩く彼の背中を見つめ、朱美は再びがくりと項垂れた。
「さてと」
気を取り直して朱美は戸を閉めた。
恋人からの文に心踊らせながら、机に鼻水で少し濡れてしまった文を広げた。
今日の午後は三人の補習があるから図 書室で 資 料を 探 してもらう手伝いはい い
手紙の内容は予想通り事務連絡だった。しかも嬉しくない内容の。
今日の放課後は半助と共に火薬関連の書物を探す予定だった。
場所といい、手伝いの内容といい恋人らしいやりとりなど一切発生しないが、それでも半助と共にいられることを密かに楽しみにしていたのだが、予定は立ち消えてしまった。
それも、 やはり 補習という理由で。
「はぁー」
深い深い溜息が出た。
幸せが逃げるというが、もうこの手紙の内容からして幸などやって来ない。
おまけに彼からの手紙も、彼の教え子の鼻水によって字が所々滲んでいた。
「でも、なんだか滲み方が不自然な気が」
腕を組み、滲んだ字を睨みながら、とある疑問が浮かぶ。
「もしかして………暗号?」
まさか。と首を振るも、疑惑は消えない。
あのしんべヱの鼻水ならば、もはや手紙は読めたものではなくなるだろう。
第一、この程度の内容ならばわざわざ手紙にする必要はないはずだ。庄左ヱ門に伝言を頼めば済むはずだ。
この滲みは意図的なもので、忍術学園の事務員として、半助に試されているのではないのだろうか。
「………」
だが、彼がそのようなことをするだろうか。
しかし、あの一年は組の、あのしんべヱに手紙を託したのが引っかかる。
彼ならば必ず手紙を読めないものにしてしまう。
それなのに彼の担任は、彼に手紙を託したのだ。
その異常性からして、この手紙には何かあるから気がつけという半助からのメッセージなのかもしれない。
「いやいやいや………」
考えすぎだ、と朱美は思い直す。
そこで一年は組の特性と、半助の行動を彼女は推測した。
庄左ヱ門に伝言を頼んでも、乱太郎、きり丸、しんべヱが間に入ってくるに違いない。彼らは何かと首を突っ込んでは、トラブルのもとになる。
しかも頼まれた庄左衛門は委員会の用事ができてしまい、乱太郎達に伝言を頼むことになってしまい、奇妙奇天烈な言伝がこちらに届くに決まっている。
それならば文を渡せば間違いはない。
半助は授業が終わり、庄左ヱ門に文を渡したのだろうが、何某かの理由で代わりの誰かに頼まざるを得なくなった。
それならば足の速い乱太郎にと渡したのだろうが、保健委員会の呼び出しがあり、手紙はきり丸へ。
きり丸はバイトの約束を思い出し、しんべヱへ。
そして彼は鼻を垂らしながら手紙を自分のところへと持ってきたのだろう。
彼らの行動パターンを把握しきっている半助のことだ。手紙が読めなくなる場合も想定しているだろう。
「でも私なら、手紙か届いたということは『予定が無しになった』と気づくから問題無い、と」
あくまで自分の中の推測に過ぎないが、もしもそうであれば半助から信頼されているということになる。
そう考えると思わず頬が緩んでしまう。
「悲しいけど嬉しいような。でもやっぱり残念だなぁ」
頬杖をついて、滲んだ文字を見つめていくうちに、もしもこれが暗号文であるならば、と朱美は再び考える。
「滲んだ文字は忍者文字だったりとか、頭文字だけ抜き取るとか、それらを繋げて読むとまた別の文になったり………」
今日の午後は三人の補習があるから図 書室で 資 料を 探 してもらう手伝いはい い
「今日のき、三人は…み、とか。そうすると、『君』になる」
独り言を呟きながら朱美は解読をすると………
「き み と し た い」
何気なく声に出して読んだから、意味を含んだ文になっていたことに気が付き、どくりと心臓が音を立てた。
「え」
どくどくと鼓動が速まって周りの音を掻き消している。
まさか。そんな。
でも。
偶然にしては出来すぎている。
しかし、もしも暗号としてこの意味を込めたのならば、恋人の大胆な行為に顔の火照りは治まるどころか熱が増すばかりであった。
ーーー
「はぁ………」
今日も補習。
しかも内容はろくに進まず……。
肩を落としながら夕陽に照らされた廊下を歩く。
まもなく自分の部屋に着くが、その前に彼女の部屋の前を通ることになる。
今日は朱美に図書室で書物を探す手伝いを依頼していた。
これは彼女の事務員としての能力の高さからお願いをしたのは勿論だが………恋人としての下心もあった。
例え甘やかな時を過ごさなくとも、一緒にいたかった。
事務員として働く彼女は、可愛らしさより凛々しさが際立つ。
こちらの話を良く聞いてくれるし、遠慮なく意見も言ってくれるし、助けられることが多い。
そんな彼女と会えることを期待していたが、補習を優先せざるを得なくなったのだ。
せめて、何かで埋め合わせをしたいところだが………。
丁度彼女の部屋の前に来たところで、私は声をかけようと足を止めた。
今は周りに誰もいない。
「朱美。いるかい?」
すると戸が素早く開かれた。
「っ?!」
開かれた戸から飛び出してきたのは、当然、その部屋の持ち主である朱美だった。
迷いなく私に抱きついたかと思えば、私の頬を彼女の細い手が包み、そっと口づけをしてきた。
啄むような軽い口づけから、彼女の舌が侵入してきて腔内を撫で回される。
ここが教員長屋の廊下であるということも忘れ、朱美の熱っぽい息に興奮してしまう。
「朱美っ」
情けないことに、顔が熱くなってくる。
余裕が消えた私に柔らかな笑みを浮かべながら、私の手を引く。
彼女の部屋に招かれ、更に大胆な口づけを交わしてきたのであった。
「君に寂しい思いをさせてしまった……本当にごめん」
装束の乱れを直し終え、私は頭を下げた。
「でも、急に大胆なことをしてきて驚いたよ」
「………」
反応がないので顔を上げれば、目を丸くさせた朱美と目があった。
「え………?」
「え?」
え?
私達の疑問符だらけの沈黙を嗤うように、遠くの烏の声がやけに響く。
「え。だって、半助さんが…………」
「私が?」
金魚のように口をぱくぱくさせながら、彼女は机の上に置かれていた紙と私と視線を行き来させた。
その紙は見覚えがある。
なにせそれは私が書いた文なのだから。
しかし、字が所々滲んでいるのが気になったが、その理由はおおよそ予想がつく。
「あんな暗号してくるから………むしろ半助さんが寂しいのかなって………だから」
彼女の言葉がいまいち理解できない。
一段落分の認識の違いがあるように思えてならなかったが、それが何なのか検討つかないのが悔しい。
おそらく私の手紙が認識の齟齬の原因なのだろうが、彼女の先程の行動や言葉に結び付くとは思えないのだ。
「えーっと……」
彼女が言った「暗号」とは何か。
私の手紙の何から暗号と勘違いしてしまったのか。
「どんな暗号が隠されていたのか、教えてくれるかい?」
率直に疑問をぶつければ、夕陽のように真っ赤になって、床に崩れ落ちた彼女がいた。
そして、暗号の内容と、朱美が暗号と認識してしまった理由を聞いた私は、一年は組達の想定内の行動と、彼女の想定外の深読みにただただ笑うしかなかった。
ーーー
厠を終え、後は寝るだけだった。
手燭を片手に乱太郎はきり丸としんべヱと自室に戻る。
外廊下から空を見上げれば、穏やかな小さな月が見えた。
「明日の朝ご飯なーにっかなー」
「今から考えてるのかよ」
「しんべヱらしいといえばらしいかもね」
周りを気にして控えめに笑いながら、乱太郎は自室の戸に手をかけてそっと開いた。
まだ開ききらないうちに、隙間から見えた光景に乱太郎は反射的に戸を閉めた。
動揺のあまり手燭に息がかかり、火は消える。
無表情のまま固まる乱太郎を不思議に思ったきり丸としんべヱは、顔を見合わせ首を傾げた。
「どうしたんだよ乱太郎」
「もう一回厠に行きたくなったの?」
よくよく彼を見れば、彼の額やこめかみには汗が滲んでいたことにきり丸は気がつく。
彼は本当に腹の具合が悪いのかもしれないと思いつつも、それならば急いで厠に戻ることだろう。
乱太郎が黙ったままの原因が、部屋の中にあるのではないかときり丸は思い始めた。
戸に手をかけたまま、眉間にシワを寄せて固まっているのだ。そうに違いない。
きり丸は乱太郎を後ろに押しやり、自分が戸を開けることにした。
音も立てずに開ければ、
「うわ」
思わず勢いよく戸を閉めてしまった。
「何?何?どうしたのきり丸?ねぇ、乱太郎も何で黙ってるの?」
不思議そうに二人を交互に見つめるしんべヱに、きり丸は顔を引きつらせて答えた。
「すっげぇキレてる朱美さんが正座してた」
きり丸の言葉に乱太郎も静かに頷いた。
「え………………何で?」
「知らねぇよ!」
目と目の間が離れたしんべヱの声は心なしか低かった。
「なんで朱美さんがわたし達の部屋にいるの?」
「俺に聞くなよ」
「朱美さんはなんで怒ってるの?」
三人は額を突き合わせ、先程よりも声を潜めて話してしまう。
寝るどころではなくなってしまった。
「乱太郎、きり丸、しんべヱ」
障子戸の向こうから彼女の声がする。
平坦で、闇よりも暗く静かな声だった。
三人は水をかぶったように汗で濡れていた。
彼女はそれきり黙ってしまったが、三人が戸を開けて入ってきてくれるのを待っているのだろう。
彼女が何故ここにいるのか、その原因が分からぬままだが、戸のすぐ向こうには危険が待ち受けていることには間違いない。
「………」
危険を顧みず、いや、危険だからこそ、その好奇心に負けてしまったのだろう。
きり丸は戸を手にかけて、音を立てずに横に引く。
引けば、彼女は目の前に立っていた。
「「「わあああああ!!!」」」
気がつけば口から悲鳴が流れ出ていた。
同級生を起こしてしまうのも構わず、けたたましい足音を鳴らしながらきり丸達は駆け出したのだった。
その後ろから、長い髪をたなびかせて三人に走り迫る朱美の顔を見てしまった平太は、寝間着を濡らしてしまったし、兵太夫と伝七は、当分、生首フィギュアを暗い倉庫内で見かけても怖がらなくなったという。