気に食わない
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一学期のある日の午後。
朱美は半助の手伝いをしていたところ、伝蔵が小さな包みを持って出張から帰ってきた。
二人は筆を置いて、彼を見上げた。
「うまいと評判の団子だ。さっそく食べようじゃないか」
「ありがとうございます」
「私、お茶を淹れてきます」
立ち上がろうとした朱美を、半助は制した。
「いやいや、わたしが淹れてくるよ」
「何を仰いますか。わたしが淹れてきます」
「遠慮しないでいい」
「いえいえ、そういうわけでは」
「もう。そんなに揉めるんなら私が淹れよう」
笑顔で牽制し合う半助と朱美を尻目に伝蔵はお茶を淹れに立った。
お茶を飲みながら団子を食べる長閑な午後。
伝蔵が買ってきた団子は四本だった。
残る一本に、伝蔵は包みごと朱美の前に押しやった。
「伊瀬階くん。あんたが食べなさい」
「いいんですか?」
「あんた甘いもの好きでしょう」
「ではいただきます」
嬉々として朱美は団子の串を摘まむ。
ほの甘いだんごを頬張ろうとした。
そこに引き戸が開いて、伸びてきた一本の腕がひょいと朱美の手から団子の串を攫った。
団子を奪った憎い腕の主を見て朱美は「あ」と声をあげた。
「利吉さん……」
「おや、利吉くん」
「行儀が悪いぞ利吉」
三者三様の出迎えの声を受けながら、利吉は団子を頬張る。
朱美と半助の間に座り、旨そうに団子を平らげ「ごちそうさまでした」と頭を下げた。
なぜそこに座るのか。
「伊瀬階さん。お茶を淹れて頂けますか?」
「ご自分でどうぞ?」
二人の間に妙な緊張感が走る。
「冷たいですね」
「私も忙しいので」
そう言って朱美は急須を利吉に近づけた。
湯吞みは戸棚にしまってある。
四人でお茶を飲むことがあるから、いつも四人分の湯吞みがあるのだ。
利吉のこめかみがヒクつくのを伝蔵は確かに見た。
「なるほど。異世界から来たお嬢さんは良い性格をしていらっしゃる」
「フリーのプロ忍者の利吉さんほどではありません」
再び沈黙。
「団子、食べたかったんですか?」
「はい」
「それで私を恨んでると?」
「えぇ」
両者は満面の笑みだが、その裏は般若の形相を浮かべ互いに睨み合っているに違いないと伝蔵は見抜いていた。
伝蔵は呆れかえり、言葉をかけてやる気も失せていた。黙って机に向かい、黙々と作業を始めた。
半助はというと盛大な溜息を付いて、空いた湯呑みを持って立ち上がる。
「私は乱太郎達の補習がありますので。伊瀬階さん、湯吞みは片付けておくから」
半助の言葉に朱美は立ち上がった。
その勢いたるやバネ仕掛けのからくり人形のようで、利吉は密かに吹き出していた。
「いえ、私がお片付けします!」
「教室に行くついでだから」
「で、でも!」
わたわたと朱美は半助に近寄る。
しかし近寄りすぎたら近寄りすぎたで、慌てるのだ。
「伊瀬階さん、顔真っっ赤ですよ」
利吉の茶々に朱美はギロリと睨む。
「伊瀬階さん、湯呑みの片付けはいいから利吉くんにお茶を淹れてあげてくれないか。仕事帰りに忍術学園に寄ってきたんだ。疲れているはずだよ」
「………」
取り付く島もない半助に朱美は項垂れた。
「じゃあ利吉くん。また今度」
「今度は土井先生も家にいらしてくださいね」
頷いた半助は部屋を出て行った。
願わくば、湯呑みを洗うために食堂へ行く途中まで、半助と歩きたかったのに。
食い下がれない自分の意気地のなさに落ち込む。
振り返れば、朱美に満面の笑みで湯呑みを差し出している利吉がいた。
自分で湯呑みを取り出したのなら、自分で淹れればいいのにと思わずにはいられなかった。
ーーー
半助は教室までの道のりに再び溜息を付く。
毎日のように行う補習授業に対する溜息ではない。
いや、それもあるけれど。
他ならぬ異世界から来た少女のことだった。
朱美は自分に対してどこかぎこちないのだ。
理由は分かっている。
近づけば頬も耳も真っ赤になる彼女は、明らかに自分に対して好意を持っている。
しかし、こうもぎこちないと、果たして本当に好意を持たれているのか疑問に思ってくるのだ。
いや、持たれていても応えるつもりは無いのだけれど。
だが、目の前で利吉と彼女の遠慮の無いやりとりを見せつけられると、もやもやとした言い表せぬ気持ちが湧き出てくるのだ。
…さきほどから逆接ばかり。
誰に対してのものか分からぬ言い訳を並べ立てていることに気づき、独り苦笑してしまう。
どうしたものか。
食堂に寄って、湯呑みを洗う。
湯呑みの片付けを彼女にお願いすれば、こんな気持ちにならなかったかもしれない。
ぎこちない彼女を憂うわりに、半助もまた、彼女に対してぎこちない態度で接しているのだと気が付く。
悩んでいても仕方がない。
湯吞みは補習授業の間、ここに置かせてもらおう。
半助は教室へと向かうことにした。
ーーー
ある日の放課後。
学園長からのお遣いを頼まれた私は、誰と行くべきか迷っていた。
ヘムヘムはこれから学園長の将棋のお相手だし、小松田くんは事務仕事でやらかしてしまったため吉野先生と共に作業をしている。
私もそれを手伝いたいけれど、いくらお遣いとはいえ学園長命令だから、こちらを優先しなければならない。
悩みながらも、とりあえずは外出届を貰うついでに相談をしようと山田先生と土井先生の部屋を尋ねた。
「なら、土井先生。あなた行ってやりなさいよ」
山田先生は言いながらすらすらと外出届を書く。
「え」
「え?」
私も土井先生も同時に声が出た。
「もちろん、かまいませんよ…」
なら何故「え?」なのだろう。
いや、分かっている。
本当は行きたくないのだ。
なにしろ土井先生は、毎日のように一年は組の補習授業によって放課後も休日も潰れている。今日の放課後は久しぶりに何も無い。
そんな日は溜まった事務仕事をこなしたいに決まっている。
「いえ、そんな!お忙しいのに!お手を煩わせるわけには」
「大丈夫ですよ。私も町へ行く用事がありましたから」
「なら決まりだな」
私の言葉など聞こえないのか、二人は頷き合っていた。
ドクドクと鼓動が速まる。
土井先生のお陰で最近の全身の血の巡りは凄まじく良い。
そんな時、騒がしい足音が近づいてきた。
嫌な予感がする。
足音の主は、やはりこの部屋の前で止まり、戸を乱暴に開けた。
「山田先生!土井先生!大変です!しんべヱが!!」
乱太郎くんだった。
かくして、土井先生とのお出かけ計画は一瞬にして消え去ってしまった。
土井先生は盛大な溜息を付いて乱太郎くんと共に部屋を出た。
どのみち今日の彼は、じっくりと事務仕事に取り組むことはできないらしい。
山田先生も腕を組んで悩み出した。
「さて、では伊瀬階くんの付添は誰に頼むとしようか………私もこの後、乱太郎達の所へ行かねばならんし」
山田先生は、ふと顔を上げた。
すると間もなくこちらに向かってくる足音がしたのだ。
「父上…洗濯物、届けに参りましたよ」
ウンザリした表情の利吉さんが戸を開けた。
「利吉。丁度いいところに」
まさか。
「伊瀬階くんが学園長から遣いを頼まれていてな。すまんが付き添ってやってくれんか」
私は利吉さんを見た。
フリーの売れっ子忍者なのだ。
断るだろう、勿論。
案の定、彼は更にウンザリした顔を浮かべている。正しく苦虫をかみつぶしたような顔だ。
「私だって忙しいのです。そんな雑用に付き合う暇はありません」
そ ん な 雑 用 。
利吉さんの言葉にスイッチが入ってしまう。
「さすがはフリーの売れっ子忍者様。そんな雑用に構っている暇はありませんよね」
「えぇ、そうです。ですからあなたも、こんなところで突っ立っていないで、さっさとお遣いに行ってきてはどうでしょう?」
ゴングが鳴った気がした。
「フリーの売れっ子忍者様こそ、用事が済んだのでしたら、さっさと次の忍務に赴きになられたらいかがでござりましょう?」
「言われずともそうしますよ。何をつっかかっているんですか?そもそも私は学園の者ではありません」
「いーかげんにせんか!」
部屋中に響く山田先生の怒声に、利吉さんも私もビクリとした。
「利吉も利吉だが、伊瀬階くんも伊瀬階くんだ!妙な口喧嘩をやめて、さっさと遣いに行かんか!」
「「は、はい!!」」
山田先生の迫力に、利吉さんも私も全く同じ返事をしてしまった。
こうして、まさかの利吉さんとお遣いに行くことになってしまったのだった。
これはお遣いの帰りに美味しい団子屋さんにでも寄らなければ気が済まない。
ーーー
午後は町で社会実習だった。
トモミ達はそのまま町中で小物を見て回り、自然と団子屋に向かう。
「疲れた時は甘いものに限るわよね」
伸びをしながらユキは団子屋の旗を見つけ、目を輝かせた。
トモミもおシゲも、ユキの提案に賛同し、足を速めた。
店が近づくにつれ、店前の椅子に二人の男女が言い争っているのが見えた。
「奢ってくださいよ!」
「どうして付添で来た私が奢らねばならないのですか?!」
「『兄』でしょう?」
「それは貴女の夢のなかのお話でしょう。現実と混同なさらないでください」
トモミ達は、その男女に見覚えがある。
しかしすぐにピンと来なかったのは、三人の知る普段の彼と彼女からはかけ離れた態度であったからだった。
「あー!いやだいやだ!初めっから貴女のことは苦手でした!ただでさえ忙しいなか意味の分からない調査を頼まれた挙げ句、貴女からも訳の分からない質問をされて……!」
「なるほど。やはり最初から私のことを嫌っていたと……ならば尚更、奢ってください」
「何故そうなるんです?!」
「そんな人の団子代なんか払いたくないからです」
「せめてご自分のは払ってください!」
近づいてみて確信した。
間違いない。
利吉と朱美だった。
「私も利吉さんのこと大嫌いですぅ~」
「土井先生も土井先生だ……なんでこんな人を…」
「え、今何か言いました?!」
「土井先生の事になると気持ち悪いくらい必死になる貴女が嫌だと言ってるんですよ」
「いや、明らかに言ったこと変えてますよね?聞こえましたよ?え?土井先生が何て?」
初めはどちらが支払うのか揉めていたのが、話は徐々にズレて、今では何故か一年は組の教科担当の土井の話題になっていた。
「何でもないと言ってるでしょーが」
「なら思わせぶりなこと言わないでください」
端から見ればどう見ても痴話げんか。
もしも彼女が教科担当の土井とあれだけ顔を近づけたならば、茹で蛸よりも顔が真っ赤になっているに違いない。
「お客さん……あの、そろそろ代金の支払いを」
「「この人が払います!!」」
互いに指差しながらぴたりと揃う言葉に、二人はまた睨み合う。
「あ!」
トモミは通りの先を指差した。
ユキもおシゲもトモミの指先へと視線を移せば「あ」と声を上げた。
二人のやり取りを見つけ苦笑しながら団子屋に歩み寄る土井の姿がそこにあった。
朱美はともかく、利吉も気が付かずに朱美と睨み合っていた。
「ならば私が払おう」
苦笑いしながら懐から銭を出す土井に気が付いた二人は、全く同じタイミングと動きで土井を見た。
「ど、土井先生…!」
「何故、こちらに!?」
突然意中の人物が現れ真っ赤になる彼女と、町中で遭遇したことに驚く利吉。
「君たちは本当に仲がいいなぁ」
「「……」」
土井の言葉に二人は衝撃を受けて、そこだけ切り取られたように時が止まった。
土井はというと、銭を店主に渡そうとしていた。
店主も心底ほっとした様子で銭を受け取ろうとしている。
誰でもいい。早くこの二人が出て行ってくれれば。
そんな気持ちだろう。
しかし、銭を払おうとする土井の手を、利吉の手が制した。
「いえ、土井先生が払う必要はございません。彼女が払います」
「はぁ~?」
「じゃあ、なんだ?土井先生に払わせてもいいというのか君は」
「いいえ~?『お兄様』がお支払いいただくのでしょう?」
にんまりと意地の悪い笑みを浮かべにじり寄る朱美に、利吉は利吉自身の体を抱きしめ、ぶるりと震えた。
「気持ち悪いことを平気で言うな君は。いいか?土井先生に払わせてしまうか、君が払うかだ」
「利吉さんが払います」
土井を前に、利吉と朱美はまたもや睨み合う。
「伊瀬階さんは私とだと絶対に払いたがるのに」
「え、あの…それは……だって」
心なしか土井の声は冷えていた。
顔は笑顔を保ったままなのに、秋の夕暮れに吹く風のように、ひんやりとしていた。
土井の様子が変わったことを察したらしい利吉は、少し慌てた。
「あ、あの、土井先生?」
「利吉くんも、普段は女性には優しいのに」
土井が小銭入れを懐にしまうのを見て、団子屋の店主は諦めたように店の奥へと引っ込んだ。
「まるで恋人のようだ」
土井の言葉に、二人は、いやこの様子を観察していたくノ一のたまご三人組も固まった。
固まる五人をよそに、町は賑やかだった。
「「は?」」
その沈黙を利吉と朱美は同時に破ったのだった。
「ほら、ぴったり。恋人というより、むしろ、長年連れ添った夫婦のようだね」
「「はぁ?!」」
またまた二人の声は揃う。
土井は更ににこやかになった。
「乱太郎達のいざこざが早めに解決したから、町へ来てみれば…どうやらお邪魔だったようだ」
「え、あの……」
「土井、先生……?」
「それじゃあ、私は帰るとするよ」
土井は椅子に置かれていた包みをひょいと掴み、踵を返し、去って行く。
その包みはおそらく学園長に頼まれたものだろう。
「それじゃあ、ごゆっくり」
土井の足は速かった。
二人がポカンとしている間にも、土井の姿は遠くなる。
「待っ……」
「お待ちください!土井先生!誤解です!!誤解です!」
利吉は風のように走り出し、土井に追いつこうとする。
出遅れた朱美も、急いで店の奥の店主に銭を渡し、土井に追いつこうとする。
「土井先生!待ってください!」
あーあ。
三人は呆れるしかなかった。
「お団子…どうしましゅ?」
おシゲは二人を見た。
「食べたいけど」
「あっちの方が…気になる!」
三人は頷いた。
すたすたと忍術学園を目指す土井に、顔面蒼白で追いかける利吉。かなり遅れて、息を切らせて走る朱美の背中を見守りながら、三人は走ったのだった。