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「もっと丁寧にふるったらどうです?基本的に雑すぎるんですよ」
「そういう利吉さんこそ時間かけすぎなんですよ」
「ここは手をかけるべき所なんです」
「まあまあ二人とも」
利吉、半助、朱美、という並びで食堂の調理場に立っていた。
「山田先生には伝子さんも含め大変お世話になっていますから」
「伝子さんねぇ」
「朱美さん。ちゃんと生地を練ってください」
「利吉さんはほんっっとうに、いちいちうるさいですね」
「ほらほら喧嘩しない」
1工程ずつ半助を挟んで利吉と朱美が口げんかを始めるので、その都度半助は仲裁役に回らねばならなかった。
「ちなみに抹茶のロールケーキなんて、この時代に作れるのかい?」
「必要な器具は持ってきました」
「抜かりないな」
「土井先生は召し上がったことがあるのですか?」
「あるよ。甘すぎなくて山田先生にちょうどいいと思う」
「チョコプレートとチョコペンを持ってきたんです。何て書こうかなぁ」
今日は朱美の時代では父の日。
その話を半助にすれば、伝蔵のために贈り物をする話になったのだが、何故か利吉も聞きつけ、こうして食堂を借りて三人でロールケーキを作ることになったのだ。
「本当は土井先生とお二人で作りたかったのでしょう?すみませんねお邪魔してしまい」
「はい!」
曇天が続く日のなか、本日は晴天であり、その空のような潔い返事であった。
「その代わり、ロールケーキを持ち帰って親子三人で召し上がって下さいね」
「それは無理です」
「じゃ今すぐ出てって下さい」
「朱美………」
この跳ねっ返りが。
利吉は心の中でぼやく。
半助が諫めなければ言ってやるつもりだった。
「では生地を焼こう」
「え?!土井先生?」
半助は生地を火の付いた竃の中に入れるので利吉は慌てて駆け寄る。
「大丈夫。火が当たらないように工夫してあるから」
「うーん。オーブンが恋しいですね」
「帰りたくなった?」
「まさか」
オーブンという言葉に利吉が首を傾げたので朱美は説明を始めた。
室町時代の感覚で理解しれない部分は半助が補い、未来の調理機器の話をし出したのであった。
感心したように頷く利吉に、得意気な顔を浮かべる朱美。
しかし利吉が何か言ったのだろう。朱美はすぐさまじっとりとした目つきになり言い返せば、二人の間には忽ち暗雲が立ち込める。
それを振り払うように半助が苦笑しながら間を取り持つ……。
そんな光景を食堂の入口の傍で見守るカイゼル髭の男がいた。
「全く。コソコソと余計なことをしおって」
三人のうち二人は長身の男。
どれほど成長しても伝蔵が瞼を閉じれば、利吉は泣き声を上げる赤ん坊の姿に、半助は出会った手負いの忍の姿に戻る。
物見遊山がおじゃんになった事で、利吉は半助を当初は嫌っていた。
しかし、目を輝かせて半助に話を強請ったり、稽古を付けて欲しいとせがんだりするのに時間はかからなかった。
そしてもう一人。
異世界から来たという一人の女性。
出会った頃の全てを諦めた瞳は、今では輝きに満ちていた。
伝子となって彼女と街まで買い物をしたあの時に朱美の孤独に触れて以来、伝蔵は影で彼女を見守っていたが、徐々に学園の者達と打ち解けていき、伝蔵に家に帰れと口喧しくなった。
全く以て逞しいおなごになったものだと、彼女の背中を見て、伝蔵は眩しそうに目を細めた。
彼女が去った次の日。
隣の部屋の戸は開かれ、広々としていた様を見て、胸の中にぽっかりと穴が空いたようだった。
その時の虚しさは今でも鮮明に思い出せる。
半助はこの部屋を通る度に、僅かに気配が揺れていた。
指摘してやろうと思ったが、もう暫くしてからにしてやろうと思ったものだ。
そして利吉も伝蔵の洗濯物を取りに来たとき、幾度か彼女がいた部屋の方へと視線を寄せていたのに気が付かないわけがなかった。
しかし利吉は、彼女が去って日も浅い頃だというのに、世間話の中でさえ彼女のことに触れなかった。
我が子らしいと伝蔵は思い出してはそっと笑う。
そして再びこの世界に彼女が帰ってきた時、利吉は洗濯物を取りに来る度に「全くはた迷惑なお嬢さんだ」とか「老けて戻られましたが、悪い意味で中身は変わっていませんね」と文句を垂れていたのだ。
「どれ。出来上がりを楽しみにしていよう」
依然気配を消したまま、伝蔵は手を後ろに組み、自室へと戻るのであった。
あの三人の会話では帰り支度をした方がいいだろう。
溜まった雑務は彼女に振ってしまう方が、むしろ彼女は喜ぶのだろう。
「いや……この際だ」
半助も彼女も連れて行こう。
その方が、家内も喜ぶ。
伝蔵は一人ほくそ笑むのであった。
「そういう利吉さんこそ時間かけすぎなんですよ」
「ここは手をかけるべき所なんです」
「まあまあ二人とも」
利吉、半助、朱美、という並びで食堂の調理場に立っていた。
「山田先生には伝子さんも含め大変お世話になっていますから」
「伝子さんねぇ」
「朱美さん。ちゃんと生地を練ってください」
「利吉さんはほんっっとうに、いちいちうるさいですね」
「ほらほら喧嘩しない」
1工程ずつ半助を挟んで利吉と朱美が口げんかを始めるので、その都度半助は仲裁役に回らねばならなかった。
「ちなみに抹茶のロールケーキなんて、この時代に作れるのかい?」
「必要な器具は持ってきました」
「抜かりないな」
「土井先生は召し上がったことがあるのですか?」
「あるよ。甘すぎなくて山田先生にちょうどいいと思う」
「チョコプレートとチョコペンを持ってきたんです。何て書こうかなぁ」
今日は朱美の時代では父の日。
その話を半助にすれば、伝蔵のために贈り物をする話になったのだが、何故か利吉も聞きつけ、こうして食堂を借りて三人でロールケーキを作ることになったのだ。
「本当は土井先生とお二人で作りたかったのでしょう?すみませんねお邪魔してしまい」
「はい!」
曇天が続く日のなか、本日は晴天であり、その空のような潔い返事であった。
「その代わり、ロールケーキを持ち帰って親子三人で召し上がって下さいね」
「それは無理です」
「じゃ今すぐ出てって下さい」
「朱美………」
この跳ねっ返りが。
利吉は心の中でぼやく。
半助が諫めなければ言ってやるつもりだった。
「では生地を焼こう」
「え?!土井先生?」
半助は生地を火の付いた竃の中に入れるので利吉は慌てて駆け寄る。
「大丈夫。火が当たらないように工夫してあるから」
「うーん。オーブンが恋しいですね」
「帰りたくなった?」
「まさか」
オーブンという言葉に利吉が首を傾げたので朱美は説明を始めた。
室町時代の感覚で理解しれない部分は半助が補い、未来の調理機器の話をし出したのであった。
感心したように頷く利吉に、得意気な顔を浮かべる朱美。
しかし利吉が何か言ったのだろう。朱美はすぐさまじっとりとした目つきになり言い返せば、二人の間には忽ち暗雲が立ち込める。
それを振り払うように半助が苦笑しながら間を取り持つ……。
そんな光景を食堂の入口の傍で見守るカイゼル髭の男がいた。
「全く。コソコソと余計なことをしおって」
三人のうち二人は長身の男。
どれほど成長しても伝蔵が瞼を閉じれば、利吉は泣き声を上げる赤ん坊の姿に、半助は出会った手負いの忍の姿に戻る。
物見遊山がおじゃんになった事で、利吉は半助を当初は嫌っていた。
しかし、目を輝かせて半助に話を強請ったり、稽古を付けて欲しいとせがんだりするのに時間はかからなかった。
そしてもう一人。
異世界から来たという一人の女性。
出会った頃の全てを諦めた瞳は、今では輝きに満ちていた。
伝子となって彼女と街まで買い物をしたあの時に朱美の孤独に触れて以来、伝蔵は影で彼女を見守っていたが、徐々に学園の者達と打ち解けていき、伝蔵に家に帰れと口喧しくなった。
全く以て逞しいおなごになったものだと、彼女の背中を見て、伝蔵は眩しそうに目を細めた。
彼女が去った次の日。
隣の部屋の戸は開かれ、広々としていた様を見て、胸の中にぽっかりと穴が空いたようだった。
その時の虚しさは今でも鮮明に思い出せる。
半助はこの部屋を通る度に、僅かに気配が揺れていた。
指摘してやろうと思ったが、もう暫くしてからにしてやろうと思ったものだ。
そして利吉も伝蔵の洗濯物を取りに来たとき、幾度か彼女がいた部屋の方へと視線を寄せていたのに気が付かないわけがなかった。
しかし利吉は、彼女が去って日も浅い頃だというのに、世間話の中でさえ彼女のことに触れなかった。
我が子らしいと伝蔵は思い出してはそっと笑う。
そして再びこの世界に彼女が帰ってきた時、利吉は洗濯物を取りに来る度に「全くはた迷惑なお嬢さんだ」とか「老けて戻られましたが、悪い意味で中身は変わっていませんね」と文句を垂れていたのだ。
「どれ。出来上がりを楽しみにしていよう」
依然気配を消したまま、伝蔵は手を後ろに組み、自室へと戻るのであった。
あの三人の会話では帰り支度をした方がいいだろう。
溜まった雑務は彼女に振ってしまう方が、むしろ彼女は喜ぶのだろう。
「いや……この際だ」
半助も彼女も連れて行こう。
その方が、家内も喜ぶ。
伝蔵は一人ほくそ笑むのであった。