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カリカリとシャープペンシルがノートの上を走る音と、エアコンの稼働音だけが部屋に響く。
既に日付は変わり、叔父も叔母も就寝しており、家で起きているのは自分だけであった。
いつもなら従兄もこの位の時間は起きているが、彼女の家に行っている。
高三の冬。
朝も昼も夜もやることは勉強だった。
コツン
と、窓に何かが当たった音がして、朱美は手を止めた。
明らかに何かが窓にぶつかった音だ。
夏ならば虫だろうと思えるのだが、今は冬だ。
コツン
再び窓を叩く音。
朱美は眉をひそめ、立ち上がる。
不思議と恐怖心は無かった。
思い切ってカーテンを開けば
「え」
なんとも気の抜けるアヒルの顔がそこにあった。
見覚えがある。
これは…あの世界の物だ。
アヒルさんボートではないか。
しかし何故ここに。
ここは朱美の世界。
そしてここは二階。
何故、浮いているのか。
コツン。
アヒルさんがゆっくり近づき、くちばしが窓にぶつかる音だった。
朱美は窓を開けた。
頬を切るような冷たい風が入り込む。
アヒルさんは音もなく旋回すれば、見えなかった側面が明らかになる。
まるでコックピットのようだった。
座席部は、ガラスなのかそれとも違う材質か…ともかくドームのように透明な物質に覆われていた。
そのドームは音もなく船首側へと折り畳まれる。
乗れということか。
窓枠を乗り越え、ボートへと乗り込めば、再び覆われ、ふわりふわりとゆったりと空を昇っていく。
どこまで行くのか。
大気圏を突破するというのか。
朱美はポカンとしたまま、空を見上げていた。
「え、これ本当に宇宙行っちゃう」
夢だろうか。
机に突っ伏して眠っているのだろうか。
朱美は頬をつねるも、痛いだけで、アヒルさんボートに乗り続けている。
ビル群は小さくなり、あっという間に人工的な蛍の群れとなり、やがてはそれすらも小さくなっていき………地球を見下ろすことになった。
「うそ……」
そう呟いた時、アヒルさんボートは轟音と共に加速する。
加速して加速して、それはそれはとてつもない速さになった。
光になったのではないかと思うほど。
辺りが幾筋の光の線になっても、中にいる朱美には全く影響がなかったが、不安でいっぱいだった。
これからどこへ行くというのだろう。
そして辺りは光に満ちた………。
真っ白な世界に、朱美は目を瞑る。
「……さん!………さん!」
名を呼ばれ続けていることに気が付き、朱美は、自分が目を閉じていたこと、則ち気を失っていたことに気が付く。
瞼を持ち上げれば、懐かしい顔が三つ。
朱美は、これは間違いなく夢なのだと確信する。頬を引っ張っても夢から醒めないのは、夢のなかで頬を引っ張っても目覚めるわけが無いのだから。
「きり丸…乱太郎くん…しんべヱくん……」
天井は無く、果てしない宇宙空間が広がるばかり。依然としてアヒルさんボートの宇宙船にいるらしいと分かる。
三人は目を潤ませて横たわる朱美を見下ろしていたが、朱美が上体を起こせば、わっと泣きついてきた。
「朱美さん!」
「みんな!」
しばし抱き合い、再会の喜びを分かち合った。
きり丸達は、就寝前に学園の水練池の前で寝そべって空を見上げていたところ、駐まっていたアヒルさんボートが光り出して宙に浮かんだのを見た。
興味本位で乗ってみた所、どんどん空へと昇っていき、まばゆい光に包まれたかと思えば、船内にいつの間にか朱美がいたのだという。
朱美は不思議がったが、きり丸は「まあ、いいじゃないっすか」という一言で片付けた。
それよりも、と三人はドームに顔を貼り付けて、見渡す限り果てのない漆黒の世界に夢中だった。
「それより、ここはどこなんですか?」
「きらきらしてて、おいしそう……金平糖みたい!」
「おれは銭に見える!」
かつてあの世界にいた頃、夏の夜に彼らに宇宙を説明したことを思い出す。
「ここが宇宙なんだよ」
アヒルさんボート内には沈黙が支配した。
「うちゅー?」
三人は首を傾げるので朱美はがっくりと肩を落とす。
「教えたはずなんだけど」
教えたはずだ。
似た言葉に、胸がズキリとした。
三人も同じ事を思ったのか、先程とは異なる妙な沈黙が流れた。
「ま、いいや。もう一回説明するから」
どうせ夢なら、この不思議な宇宙旅行を楽しもうと決めた朱美は、仕切り直すように手を叩いた。
そして、青く輝く星を指差す。
「あれが地球。私たちが住んでいる星だよ」
えーー、と三人は驚きの声をあげた。
これが現実だったら朱美だって驚くだろう。画面越しではない、本物の宇宙にいるということなのだから。
「ぼく達はお団子みたいに丸い所に住んでるの?」
「おれ達、真っ直ぐ立ってるのに?」
「青いのは海ですか?下にある海はどうして落ちないんでしょう」
「お願いだから一人ずつ喋って」
手を挙げて三人を制し、一人ずつ話を聞く。
あの時のように、いっぺんに話を聞ける人はいないのだ。
胸が再び軋むも、聞かないフリをする。
「丸くても、すごーく大きな丸だから地面は真っ直ぐに見えるの。海が溢れないのは引力のお陰」
「いんりょく?」
三人は頭を傾げた。
どんな言葉遊びが来るのか朱美は構えていた。
「ムキムキの」
「筋力」
「学園長に逆らうのか!」
「権力」
「お芋は?」
「ほくほく」
三人分のボケを一通り突っ込めば「おー」と、嬉しそうに手を叩く三人。
朱美は咳払いして、話を進めた。
「地球の真ん中に引っ張られる力があるの。それが引力。だから海も人も、宇宙に落っこちないの」
「へえー」
分かったような分かってないような返事に、朱美は不安になるも、話を続けることにした。
「で、あれが太陽」
「すっげー!燃えてる」
「地球を含め、この辺の惑星は太陽の周りをぐるぐる回ってるの。実は地球はちょっと傾いていて、それでいて地球自身も回っている。これによって太陽が当たる角度が時期によって異なってくるから、季節があるんだよ」
彼らに説明をすればするほど、日々の勉強の意味を考えてしまう。
人に説明できるための知識と、それを分かりやすく、面白く説明するための技術。
朱美にはどちらも足りてないような気がした。
今は試験のために知識を蓄えるだけの勉強をしている。これまで学んできた知識は間違いなく役に立つものなのに、役に立たせるための応用力が無いことに気づいた。
一年は組といると、いろいろと考えてしまう。
「そっかぁ。だから春はお花見。夏はかき氷、秋は月見団子、冬はお汁粉なんだね」
「うん、まあ、そういう理解でいいや」
アヒルさんボートは次第に地球から離れていく。
火星を見ては、朱美は先日みたい映画を思い出した。火星に取り残された宇宙飛行士の物語だ。
たった一人。生命体すらいないこの宇宙に取り残されるなんて朱美には耐えられなかった。
木星を見ては、その大きさに四人は息を飲んだ。
「これが木星……太陽系で一番大きな惑星」
「すごい……」
寂しさも、悩みも、その巨大さを前にすれば吹きとんだ。
自分は、数多ある銀河のその一つの銀河のなかの太陽系のうちの一つのの惑星に住む、いや生息している一つの生命体に過ぎない。
果てしない規模に、ただただ圧倒されるのだ。
土星、天王星、海王星まで行けば、アヒルさんボートは再び中心へと向かう。
「地球まで私たちを送り届けてもらえるのかな」
「まさか太陽まで行って私たち諸共燃え尽きちゃう事なんて……ないといいけど」
「やめてくださいよ、不吉なこと言うの」
アヒルさんボートはあっという間に地球まで辿り着けば、無事に下降し始める。
「良かった!帰れる!」
ドームガラスにへばりついて、ぴょんぴょん跳ねる乱太郎は、ハッとして朱美を振り返り、手を差し出した。
「朱美さん!」
きり丸もしんべヱも彼と同じく手を差し出した。
「一緒に帰りましょう!」
朱美は顔をくしゃくしゃにさせて頷いた。
近づく地球、日本…近畿地方……山に囲まれた広大な敷地……。
「うん!」
水練池が見えてきたところに、黒装束を着た者が一人、こちらを見上げていた。
誰だろうと目をこらしているうちに、光に包まれた。
目を開けば、英語のノートの上に突っ伏したまま眠ってしまっていたことに気が付く。
「やば……寝てた」
のっそりと頭を起こし、思い切り伸びをした。
エアコンの音が響くのみの午前2時。
ぽろりと目尻からは涙が零れたことに驚き、朱美は手の甲で拭う。
手の甲から伝わる、頬の冷たさに朱美は寝ながら泣いていたのだと気づく。
そして、とても懐かしい気持ちが胸の中を満たしていた。
きっと彼らの夢を見ていたのだ。
「ん?」
朱美は服に違和感を感じた。
腹の辺りが、パリパリしている。
この感触に覚えがある。
大量の鼻水が付着してしまったときに起きる現象だ。
「え…怖」
ーーー
「こらこら、お前達、起きなさい!風邪を引くぞ」
半助に揺さぶられ、乱太郎達は目を覚ました。寝苦しさのあまり水練池の周りを散歩をしていたら、そのまま横になって寝てしまったらしい。
「もう朝ごはん?」
「土井先生…おはようございます……」
「まだ朝じゃない。はやく部屋に戻って寝なさい」
寝ぼけ眼を擦る教え子達に溜息を付きながら、半助は空を見上げた。
「そうだ土井先生!ぼく達、すごい夢を見たんすよ!」
「そうそう!………なんだっけ」
「………なんだっけ?」
「わたしに聞くな!」
そろそろ部屋に戻らないと拳骨をくらいそうだから、三人はいそいそと部屋へと戻った。
きり丸はそっと振り返り、半助を見た。
こんな時間なのに、半助は寝巻きではなく黒装束だった。
今まで忍務だったのだろう。
彼は空を見上げたままだった。
きり丸もなんとなく足を止めて空を見上げた。
きらりと一つの星が瞬いたの見て、きり丸は、明日のアルバイトはたくさん稼げますようにと、そっと願った。